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子供じゃないわ

 会話はできた。


 だが、そう何時間もチェルシーを引き留めておく話術なんて俺には無い。適当に相槌を打つのが限界。自分から話を広げるなんてできない。下手に割り込むと逆効果になりそう。

 というかこれ、一方的にチェルシーが話してるのを聞いてるだけで、会話とは呼べないものなのでは……。


 そんなわけで、一通りの説明が終わればそこで休憩も終わる。



 一つ目の村に入る。

 村というか、廃墟だった。壊れかかったまま放置された建物の数々。蔦で覆われた漆喰。

 どこへ進めばいいのか分かり辛い。道なりに歩いて行こうにも、瓦礫で道が塞がっている。

 乗り越える。迂回する。戻る。

 瓦礫で塞がった道の横で、穴の開いた建物を通って進む。幸い、蜘蛛の巣も無ければ埃も少なかった。


 こんな有様でも、ある程度の人数が村に残っているのだろう。よく見れば土は踏み固められている。道を塞ぐ道端に花が供えてあったりもした。魔王軍に街が攻撃された、というのはずっと昔の話かと思っていたけれど、案外最近のことなのかもしれない。


 踏み固められた土が正しい道の目印になっていることに気付くと、自信をもって歩けるようになった。


 それでも、行き止まりに辿り着くことも多々ある。

 いかにも陰気な感じのする民家。足跡が残っているということは、そこに人が住んでいるのだろう。けれど漆喰の壁は音を通さず、本当に向こう側に人がいるのかは伺い知れない。


 どこの民家もそんな具合。静かで、生活感が薄い。道を行った先に、家だけがあるのを確認して引き返す度、なんとなく心が重くなる。



 そうしてまた民家。後戻りをしようとした俺に、チェルシーが声をかけてきた。


「ねえナガツキ。人の歩いた跡を辿っていく方針は分かるんだけど、どうして道を聞かないの? 誰か住んでるんだったら、聞いてみればいいんじゃないかしら」


 痛いところを突いてくる。それは俺も考えた。


 けど、あの雰囲気だ。出てくるのはきっとくたびれた老人か頑固オヤジ。復興の際に中央に行かずに、あえてここに残った変わり者。

 そんな人と面と向かって会話するのはできれば避けたい。ちょっと足が疲れるくらいなら、対面しないで済ませることを選ぶ。

 それに、こうして時間をくっていれば、チェルシーが諦めて一泊することにしてくれるだろうという打算もある。


 だが理由の一つ目は言いたくないし、二つ目は言えない。困った。


「聞いてみましょ」


 断る理由は思いつかなかった。まあ、チェルシーが話してくれるならいいか。



                 ◆



 結果、その家に泊まることになった。


 チェルシーのノックに反応して出てきたのは、青年だった。ゆるほわ食堂に赴任するところだと言うと、家の中に招かれた。まだ宿を取ってないなら泊めてやる。夕食も食べていくといい、とまで言われた。


 この村の人は、ゆるほわ食堂に食材を届けにいく業者に食料の一部を売ってもらって生活している。ゆるほわ食堂が無ければ、ここに残って生活するのは難しかっただろう、とえらく感謝された。たまにキブリ東のゆるほわ食堂が炊き出しに来ることもあるという。


 青年は手芸職人だそうで、主に革小物を作っているそうだ。作ったものを買い取ってもらって、代わりに食べ物を買う。

 材料の皮は、ゆるほわ食堂が狩った獣から肉を取った残りを提供されていると言っていた。異世界だし、食材を狩るのは分からなくもない。おっさんもドラゴン狩ってた。

 しかし……ゆるくない。たびたび店を閉めて狩りに出るキブリ東店長のメリーさんとはいったいどんな人物なのだろう。名前から小柄な女性を想像していたが、そのイメージが覆された。



「しかし意外だな。チェルシーはもっと今日中に進むことにこだわるかと思ってた」


 塩気の強いベーコンとライ麦のパン。雑味の気になるスープ。味より保存性を取ったラインナップだ。正直、ゆるほわ食堂の食事に比べると物足りない。もっと言うと、あまり美味しくない。

 しかし残すのも悪いかと思って、口の中に詰め込んでスープで流していく。


「私、そこまで狭量じゃないわ」

「昼はあんなにいっても聞かなかったのに」


 チェルシーはいつも、料理をごく少量ずつ口に運ぶ。食事中のいつ声をかけても、すぐに口の中のものを飲み込んで答えてくる。それから、会話が続くことを考えてか、食事の手を止める。


 ゆるほわ食堂で食べたときもそうだった。料理より目の前の相手を優先している。それはマナーとしては間違っていないのだろうけど、もったいないと思う。もっと味わって食べればいいのに。

 ゆるほわ食堂の食事と今のちょっと残念な食事で、表情が同じなのは人としてどうなのだろう。ほとんど同じトーンで「美味しいわ」と。


「あのときは、そのままのペースでいけば一日で着けそうだったからよ。大人が歩いて一日、そう言われてた。私のせいでそれが送れるのは嫌だから」


 それに、俺なんかが食事以上に優先されるのは、居心地が悪い。

 たとえ年下でも、異性からじっと見つめられると逃げ出したくなる。ちょっとした会話で一々視線を合わせてこないで欲しい。


「そんなに大人ぶることないだろ。自分のペースで歩けばいい」

「私を何歳だと思ってるの? もうパブリックスクールを卒業する年よ」


 こちらに向けられた視線が鋭くなった。目に力が入っている。


 うん。ごめん。パブリックスクールって言われても分かんないです。中学?


「……18歳」


「嘘だろ」

「嘘じゃない!」


「本当ですか?」


 あ、ほら青年さんも疑ってる。流石にサバを読み過ぎだ。


「私は子供じゃないわ!」


 チェルシーが立ち上がった。

 声を荒げて抗議する。目尻が釣り上がり、唇は震えている。

 彼女なりに、最大限の怒りを表しているのだろう。


「守ってもらわなくても、誰かにやってもらわなくても、自分でできる」


 けれどいくら怒っていても、チェルシーのあどれない顔には綺麗・可愛いといった言葉の方が合っていた。


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