唐突な竜
長月義弘、20歳。大学受験を終わらせたら楽になるかと思いきや、大量のレポートに溺れて栄養ドリンク漬けの日々を送る普通の大学生。特にこれといって趣味の無いつまらない男だ。
最近の楽しみと言えば、一人暮らしをきっかけにして始まった自炊作業。米の炊き方一つ取っても、研ぎ方とか、研いでから水に漬けておく時間とか、水の温度とか、ちょっとした違いが味を左右してなかなか奥が深い。
それまではコンビニ弁当とカップ麺、ファストフードの三種類によって構成される味気ないことこの上ない浪人生活を送っていた反動か、ただの白米がやたら美味く感じる。もう冷たくなったコンビニおにぎりでは満足できない。
今日も七面倒くさい実験のデータをまとめ終えて帰路に着き、今日の夕飯をどうしようか考えながら歩いていた。
人参。玉葱。じゃが芋といった保存の効く野菜は常備している。他、現在の特記戦力としてもう一つ。
特売セールで3個100円とかいう信じられない価格で売られていたアボカド。買い込んだ分がまだ残っている。八百屋のおばさんに感謝しながらそろそろ食べきらないといけない時期だ。
冷凍庫を圧迫している業務サイズの冷凍挽肉。そろそろ使い切って、冷凍庫のスペースを空けたい。あの安さは魅力的だったが、やはり業務用のものを使い切るのは一人暮らしではきつい。貧乏大学生が所有する冷蔵庫は、あの挽肉に場所を取られて長らく冷凍庫が使用不能になっていた。
ぱっと思いつくのは、ハンバーグwithアボカドソース。だがうちにミキサーはない……! それでも出来ないことは無いが、やはりソースを作るのにはミキサーが欲しい。
アボカドをくり抜いて、ハンバーグの種を詰めて焼くとかどうだろう。玉葱多めで、潰したアボカドも混ぜる。溢れ出る肉汁が染み込んだアボカド。チーズで閉じて……なんか似たようなの一昨日作ったな。人参、玉葱、ニンニク、挽肉を混ぜて、くり抜いたアボカドに入れて焼き、溶き卵で閉じた俺流アボカドエッグ。熱の通る加減がずれていて、ぶっちゃけ失敗作だった。次はもっと人参を細かく切ろうと思ったんだった。
さて、どうしようか……。家が近い。そろそろ今日の献立を決めなくては。
パスタ。カレー。無難に多種類の食材を入れられるところだが……。なんか違う。
「そうだ、丼ものにしよう」
濃い味付けの挽肉。濃厚だが口あたりの良いアボカド。単品ずつでもそれぞれ悪くない組み合わせだ。
玉葱と挽肉からなるパートと、アボカドとトマトからなるパートの二分構造。挽肉部から滴るタレがご飯に染み込み、丼の底を通してアボカド・トマト部を食べるときにも絡み合う。
うん。なんかいけそうだ。
――と、そう思った瞬間、けたたましいクラクションの音を聞いた。
「え……?」
横を見れば、トラックが迫っていた。
ただのトラックだと分かっている一方で、なんだかものすごく大きなものに見えた。
風圧が叩きつけられる。ライトが眩い。
死ぬ直前には走馬灯が見えると言うけど、そんなものを見る暇も無く、眩しくて、眩しくて。
全身の感覚が遠くなる。地面に立っている実感が無い。
ただどうしようもなく眩しい、と。全身と包み込む光だけを感じながら――。
◆
瞬間、俺の前には竜がいた。
これまで培ってきた常識が、あれほど大きなものが生物であるはずが無いと叫ぶ。だから最初は、巨大な青い岩に見えた。それが立ち上がっても、首を伸ばしても、腹から首、頭へと至る流麗な曲線を、生物の一部だとは認識できなかった。
瞳は二つの宝玉。これだけの距離があっても分かるほど輝かしい青を湛えている。荘厳な寺院を前にしている気分だった。なんだか分からないが、心が動かされる。これが美しいと言うことなのか。
竜だ、と頭の片隅で考えながら、理解がそれに追いつかない。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




