7話「ロリっ子生徒会長」
「おはよう」
3箇所同時爆発という騒動があった次の日、優花は欠伸混じりの眠たそうな挨拶をしてきた。
待ち合わせの時間には間に合っているのだが、どうにもふわふわとしている。長いツインテールが左右に揺れる。
原因は分かりきっているのだが、一輝は聞かざるを得ない。
「眠そうだけど、もしかして、魔法少女関連?」
学校の方角へと歩きだし、優花も眠たそうにクリクリの目を擦りながら着いてくる。
そう聞くと、彼女は曖昧に頷いた。昨日の今日なのでそう聞かれるのは仕方のないことだが、優花からするとあまり一輝には魔法少女の世界に踏み込んでほしくなかった。
まぁ、その優花の寝不足の原因のとなる事件を起こした張本人が一輝なわけだが。
「朝のニュース見た? 3箇所が同時に爆破されるってやつ」
「見た見た。本当に妙だよな」
一輝自身、朝のニュースを見てたまげた。それは、事情を知る一輝でなくとも驚くことだ。
「3箇所同時に爆発があったはずなのに、爆発の痕がないなんて」
そう、ニュースで取り上げられていたのは爆発じゃない。正確には、爆発があったはずの場所に被害がないことだ。
ニュースキャスターが実に興味深そうに話していたのを覚えている。何かしらの悪戯なのではないかとか、国が対テロ対策で裏で糸を引いて行った実験なのではないか、はたまた、宇宙人の仕業ではないかなど、真面目なものからふざけたものまで様々な憶測が飛び交っていた。
ネットでも、議論が交わされていると、朝食の食パンをかじりながらルミも言っていた。
一輝には、これが魔法少女の仕業であることは分かっている。だが、何をどうやったのかが分からない。
「あれも魔族の仕業だったの」
「へぇー、魔族が絡んでるだけあって、不思議な事が起こるもんだ」
さらりと、優花が口を滑らせるのではないかと期待した。あえて爆発痕がなくなったのを魔族のせいだと言えば、事情を知っているであろう彼女が訂正してくると思ったからだ。
だが、彼女は口を滑らせるどころか、上の空だ。おそらく、今まったく別な事を考えている。完全に、一輝との話は二の次といったところだった。
「優花?」
「…………」
「もしもし、優花さん?」
「………………あっ、ごめん。何の話だっけ?」
一輝の呼びかけに、今気付いたと言わんばかりに目を見開く。どうやら、寝不足だけが原因のようではないようだ。
今も、視線は明後日の方を向き、意識ここにあらず。ここまでぼーっとしている優花も珍しかった。
(昨日、何かあったのか……?)
優花と闘わせた魔族……エスクロには大した情報は握らせていない。それこそ、おちょくるような悪ふざけな情報を与えたのだ。
しかし、優花の様子から昨日に何かあったであろうことは容易に想像できた。それも、次期魔王に関わるような事だ。
(まさか、俺が与えてもいない情報が彼女に漏れたのでは……?)
思考した結果、そういう結論に至った。可能性で言えば確率は低いが、ないとは言い切れない話だ。
エスクロが、一輝が与えた情報以外の情報を彼女に与えたのだとしたら、優花に脅されたか、自らの身を守るために次期魔王を売ったか、あるいは、誰かが影で暗躍しているか。
そもそも、仮に情報を与えたのだとしたらどんな情報なのだろうか、どこで入手したのか、誰かが与えたものだろうか、苦し紛れの嘘なのだろうか。
考え出せばキリがなかった。
(いや、待て。あのフブキという魔法少女から何かしらの俺に関する情報を聞かされているはずだ。それが原因か?)
昨日対峙した魔法少女フブキ。彼女は戦いの中でこちらの能力の弱点などにも気付いた。その事を優花に話していてもなんら不思議ではない。いや、むしろ話しているはずなのだ。
一輝が気付いていないだけで、彼女がもっと他の事に気付いていたもおかしくはない。
ちらりと優花に目を向ける。当の彼女はさっきよりは意識がはっきりしているようだが、やはり考え事をしているようだ。
彼女に聞いて確かめる、というのが一番なのだが、それが出来ないのが歯痒かった。仮に「どうしたの?」と聞いたところで、彼女は「何でもない」と答えるに違いない。長年の付き合いがあるのだ。それくらい分かる。
会話の弾まないまま、2人は学校付近までやってきた。
ふと、一輝が学校の方向に視線を向けると、校門に沿うように生徒が数人立っているのが見えた。
「あちゃー、今日は生徒会サマの身だしなみチェックの日か〜」
どこから湧いたのか、気が付くと一輝と優花の間にヒナタが立っていた。唐突な出現に、一輝はおろか、考え事にふけっていた優花でさえ驚く。その反応を楽しむように、ヒナタは向日葵のような明るい表情で笑うのだ。
その笑顔を見ると、今は人間としての日常を過ごしているのだと気付かされる。だから、次期魔王としての思考を巡らせるのをやめた。
優花も似たような事を思ったのか、考え事を止めたように見えた。
「おはよーおはよー。いやぁ、生徒会も毎回毎回お勤めご苦労様だよねー」
一輝たちが通う学校では、時々生徒会が抜き打ちで服装チェックを朝に行う。なんでも、何代も前の生徒会長が決めたことらしい。
「おはようヒナタちゃん。その、いいの?」
「うん? 何が?」
「そのまま通過して」
優花の言葉を聞いて、一輝はヒナタの制服を見る。それは、普通の制服とは違い、若干の改造が施されているのだ。強いて言うなら、普通ならないフリフリがスカートなどに装着されている。また、リボンも校則のとは違い、大きく可愛らしいモノをつけていた。
すっかり見慣れていたが、どう見ても校則違反だな、と一輝は呆れたようにため息を吐いた。
「大丈夫大丈夫。こういうのは、堂々としてればバレないもんだよ。ほら、2人ともGoGo!」
「こらーっ! 夕陽丘ヒナター! また貴方ねー!」
即バレだった。
「うっそ! 何故バレた!?」
なぜバレないと思った。
これだけ派手に改造していれば、誰だって気がつく。生徒会じゃなくとも校則違反を注意してしまいそうなレベルだ。
生徒会の人の反応を見るに、どうやら常習犯のようだ。
「最近、貴方の服装を真似た生徒が増えて困ってるのよ!」
生徒会の人間はプンスカと怒鳴っている。どうやら、あの制服は思ったよりも有名らしい。それも、真似されるということは、それだけ可愛く見えるということなのだろう。
「生徒会長も何か言ってやって下さい!」
生徒会の一人が、その場に会長を呼びつける。一輝は、初めて生徒会長を間近で見た。今まで集会などで前に立っているのは見たことがあるが、正直顔までは覚えていなかったのだ。
だから、顔を見たのも初めてと言っても差し支えない。
その生徒会長がヒナタの前に現れる。ちょこんとした背丈は、とても高校生とは思えないほど小さい。同じクラスの天音も小さいが、それよりもはるかに小さい。
影でロリっ子生徒会長と呼ばれているのを聞いたことがあるが、なるほど、間近で見ればその名の由来も納得だった。
彼女が前に立つと、ヒナタは固まってしまう。
「こ、コレハコレハ、美雪ちゃん生徒会長サマ。ごごご無沙汰しております」
ダラダラと冷や汗をかきながら、その眼はどこか違う方向を見ている。
低い所からの視線に、彼女は蛇に睨まれた蛙のように動けない。笑顔を作っているが、どこかぎこちない。
「先輩を……ちゃん付けで呼ぶものじゃないよ」
「ちょっと、生徒会長! そんなことより、服装指導してくださいよ!」
「そんなこと……?」
ギロリと睨まれる先が、ヒナタからその隣の生徒会役員へと移される。どうやら、ロリっ子生徒会長様は、年下に可愛い子扱いをされるのが屈辱のようだ。
その失態に、生徒会の人はしまったと露骨に表情に表した。
そして、その隙を突くように、気が付くとヒナタは2人の前から消えていた。
「これは逃走ではない! 戦略的撤退であるー!」
こちらを振り向きながら、大声を出して校舎へと向かって走っていった。
彼女の赤いポニーテールが元気に揺れていた。
「って! 名前もクラスもバレてるんだから逃げても無駄よ! 待ち伏せしてでも捕まえるわよ!」
「へっへーん! だったら、授業が始まる直前まで教室には戻らないもーん!」
そう言って、彼女は普通に登校する生徒達の中に消えていった。
確かに、生徒会役員も生徒だ。授業が始まるのにいつまでも教室で待ち伏せするわけにはいかないだろう。ましてや生徒会の一員だ。授業に遅れるのはあまり好ましくないはずだ。
何故今まで彼女の制服が許されていたのだろうと思っていたら、こういうカラクリがあったとは……と半分感心する一輝。
どうやら、ヒナタにもあの制服は譲れないらしい。
「もーっ! 生徒会長ももっとビシっと言ってくださいよー。また逃げられちゃったじゃないですか!」
「まぁ、パンツ見えそうなくらいスカート短いだとか、ブラ見えそうなくらい胸元開いてるとか、そんな感じの派手なみっともない着崩しをしてないだけマシなんじゃない? 可愛い方だと思うよ? 色んな意味で」
生徒会長の言葉にぐぬぬとなる役員。どうやら、あの制服が可愛いとは思っているようだ。
「で、でも! そうやって1人を特別扱いしたら他の生徒に示しがつきません!」
「……ごもっとも」
役員の言葉に、うむうむと頷く生徒会長。
近くで見ていた一輝達もそう思う。
「生徒会も苦労してるな」
「ヒナタちゃんがアレだし、生徒会長も特に咎める気がないみたいだしね、あの様子だと」
一輝と優花は、一連の流れを一通り見てはぁっと肩を落とした。
「そこの男子生徒くん」
「え、俺ですか?」
突然ロリっ子生徒会長に呼ばれて、ドキッとなる一輝。特に違反らしい違反はないと思うのだが。
さりげなく身だしなみをチェックする。
「君からもほどほどにするようにと、彼女に言っておいて欲しいかな」
「はぁ……」
どうやら用事は一輝の違反についてではなく、ヒナタのことらしい。ヒナタと知り合いであることを知られているのに驚きだったが、さっきの校門前でのやりとりを見ていたのだろうと勝手に納得する。
事を伝えると、生徒会長は持ち場へと戻っていった。ヒナタを注意した役員も、もう既に別の生徒を注意している。
「私達も教室行こ?」
「あぁ」
優花に促され、その場を離れる一輝。
だが、妙な違和感のようなモノを覚えた。
それは、生徒会長と初めて話した気がしないのだ。会うのは初めてなはずなのに、どこかで言葉を交わしている気がしてならない。無論、集会の時に見ただとか、そういうものではない。
(まさか……)
そうして、彼に浮かぶ可能性は一つだった。
「え? ロリっ子生徒会長はどんな人かって?」
教室に入り、一輝は学級委員長である千加の元を尋ねた。
クラス代表である彼女なら、多少生徒会長との繋がりがあると思ったのだ。
「あぁ、さっきちょっと話してな。どんな人なのかなーって思って」
「……やっぱり織田、そういう趣味が」
この間の魔法少女発言と言い、やはり織田にはそういう趣味があるのかと蔑みの視線を向けられる。
突っ込むのにも疲れて、一輝は軽く流した。
「んー、そうねー」
メガネを上げ、腕を組んで考える。しばし考えて、彼女は口を開いた。
「真面目な人よ。それでもって生徒会長としても優秀。見た目のロリさに反して、冷静で大人っぽい印象かしら。いや、所々幼いんだけどね」
それと……と追加で説明を加える。
「身長のことや、見た目のロリっぽさについては禁句みたいね」
「だよなぁ、小さいよなぁ」
一輝は千加の言葉に頷く。
そう、彼女は小さい。ロリっ子生徒会長という名前がピッタリなほどに。
だが、一輝が脳内に浮かんだ人物は、もう少し背があった気がするのだ。それこそ、ロリと呼ぶにはいささか大きい気がする。
(勘違いか……?)
一輝は首をひねる。テンションも、頭に浮かんだ人物からするとやや幼いというか高い気もする。
「姉妹とかいるのかな」
ふと、有り得そうな考えを口にする。
「はぁ? いくらなんでも私も、んなこと知らないわよ。っていうか、何が知りたいのよ、貴方は」
ジトっとした視線を向けられ、それを流すように視線を逸らす一輝。確かに、第三者が聞いても首を傾げることだろう。
「いやー、なんでもないわ。うん、とりあえず有難う」
「いったいなんなのよ。GG5」
「GG5?」
またも繰り出された千加の意味不明な言葉にハテナマークを浮かべる一輝。すると、近くで聞いていたのであろう天音がそっと耳打ちしてくれた。
「昔の流行語で、意味は『ガチギレ5秒前』だよっ」
「なんかごめん泉!」
意味を聞いて全力で謝った。意図が読めない質問の繰り返しは、人を苛立たせるのだと学んだ。
そして、ここまで千加の使う流行語に対処出来る、一輝の後ろでぴょこぴょこツーサイドアップを揺らす夏川天音という人物が不思議に思えた。彼女は一体なんなんだ。
いつまでもここにいても仕方がなかったので、一輝は自分の机へと戻っていった。
そして、チャイムが鳴ると同時に、いつまで経っても教室に姿を表さなかったヒナタがスライディングするように教室に入ってくるのだった。
あっという間に放課後になった。
今日の授業も退屈そのもので、教師が謎の呪文を口にする。ただそれの繰り返しだった。
次期魔王としての行動に専念したいところだが、優花の魔法少女無力化が成功した時に、一緒の学年にはいられませんでは話にならないので、とりあえず出席だけはしなくてはならないのだ。
学生の辛いところである。
「ってあれ、こんな所に神社なんてあったけ?」
ふと、優花の買い物に付き合った帰り道に、一輝は神社へと続く階段を目にした。看板にデカデカと「神城神社」と書かれ、ご丁寧に矢印まで書いてくれている。
一輝自身、この街には長く住んでいるが、だからといってこの街に全てを把握しているわけではない。
だから、意識すると本当にこんな所に神社なんてあっただろうかと思うのだ。
「何言ってるの。この神社ずっと昔からこの街にある神社だよ」
「マジか」
「ほら、夏とかに祭りやってるじゃん」
そう言われるが、一輝には心当たりがない。
それもそのはずで、2週間前から優花と付き合い出す前は、一輝は祭りにはあまり行ったことがないのだ。
行ったとしても、家の近くの小さい祭りくらいだ。家から離れたところの祭りは、一輝には預かり知らぬことである。
ちなみに、今年は優花と(何故かヒナタも)一緒に祭りに行ったので、初めて女子と祭りに行った事になる。
「んー、なら行ってみるか」
「えっ」
「純粋に気になる」
そういうと、一輝はずんずんと階段を上がっていく。優花も、しぶしぶながらその後ろを着いていくのだ。
随分と長い階段であった。階段を囲うように生える木々の隙間から漏れる光が2人を照らす。ずっと日陰が続くので、涼しい気候がより涼しかった。運動することに寄って上がった体温をひんやりとした空気が冷やしてくれる。
登りきったその先には、立派な神社があった。日本古来の建物の作り、茶色く変色した材木はその建物の歴史を物語り、また神々しさや趣を感じさせる。
そして、神社の定番というべきか。箒を片手に掃除をしている巫女さんの姿が目に入った。
「……ん?」
その巫女さんに、一輝は見覚えがあった。見え覚えがあるもなにも、今朝見たばかりなのだ。忘れるはずもない。
「あれ? 君は今朝の……」
一輝の視線に気付いたのか、彼女は掃除をする手を休め、こちらを見る。
首を傾げる幼女……いや、ロリっ子生徒会長が、そこには立っていた。
次回更新は、12月27日(土)です。