6話「王の能力」
エフィナの能力は、時間加速の魔術だ。
「光の観測者」。
それがこの能力の名だ。
己に流れる時間を加速させることで、超高速移動を可能にし、他者との絶対的な時間感覚の違いは、彼に攻撃を当てることすら叶わない。
次期魔王に相応しい、まさに王の魔術。
この能力で、今までの魔法少女も圧倒してきた。
そんな彼の前にいる魔法少女フブキは、今現在彼女は武器らしい武器を握っていない。
(体内に収納しているのか……敵を前に余裕だな)
昼間に見た。彼女たちは武器を体内に収納することが出来るのだ。
だが、彼の目的は彼女たちの魔装戎具を破壊した時、彼女たちが魔法少女としてどうなるかを確認することだ。
彼女の武器を破壊する前に彼女を殺してしまっては意味がない。
(ならば、引きずり出してやるまでだ)
次期魔王エフィナは、目にも止まらぬスピードで魔法少女フブキに突進する。彼女の頬を薄く斬るように、彼は漆黒の二本刀『初魄漆桶』を抜き飛びかかった。
彼女は、そのスピードに対応できないように微動だにしない。そんな彼女の隣を通り抜けた時、その漆黒の二本刀に確かな手応えを感じた。
キンッ! という音とともに。
彼の剣は、彼女に当たってはいなかった。彼女が何か武器で弾いた形跡もない。
彼女の目の前で、何か透明なものに当たったように、火花が散っただけだった。その現象に、エフィナは困惑する。
同じように、フブキに突進するように斬りかかる。が、何度やっても結果は同じ。剣は彼女に届かず、彼女の目の前で火花を散らすだけ。
彼の加速した視界にも、彼女が何かしているようには見えなかった。
「どうなっている、とでもいいたそうな顔だな」
巫女装束のような衣装のフブキは、その場を一歩も動かない。ただ、エフィナが過ぎる時に吹く風に彼女のマントが揺れるだけである。
最初の一撃も、フブキは動けなかったのではなく、動かなかっただけだったと気付く。
エフィナは思考する。だが、彼女の魔法がわからないのだ。
3人中、彼女だけその魔法を目の当たりにしていない。1回目も2回目も、彼女は静観しているだけだった。
準備不足を後悔するように、エフィナは歯を食いしばる。
「私の魔法は単純だ。だから、見ただけじゃ分からない」
フブキは、その金髪の髪をなびかせながら余裕の表情を浮かべた。
その表情を見て確信した。彼女は強い。間違いなくいくつもの死線をくぐり抜けてきた強者だ。
「知りたいのなら教えるぞ? 知った所でどうにかできるものではないし」
すると、彼女はその手に武器を握った。
「……?」
彼女が握る武器は、どう見ても盾だ。武器と言うには、敵を殺すようなものには見えない。その盾は、彼女の胴なら余裕で隠せるくらいの大きさだしゃがんで小さくなれば、その体は盾に全て余裕で収まってしまう。
(ふん、盾ならなんの違和感もなくその魔装戎具を破壊することが出来るな)
そんな彼女の武器を見て、エフィナは笑った。盾ならどんなに攻撃しても違和感はない。今日の目的は彼女を殺すことではないのだから。攻撃も防がれていい。
また彼は加速し、その盾を破壊するために突いた。渾身の力を込めて。
その刀の先が盾に当たった瞬間、その盾を僅かに斜めにそらされる。その剣が盾を貫くことはなく、盾の表面をなぞるように虚しく空を突いた。
そして突きを流された彼は、突進した勢いのまま無防備になる。そこでエフィナは見た。
彼女の左腰に一本の刀が携えられているのを。
盾やマントのせいで彼女の全身に死角ができ、今の今まで、その武器の存在に気付かなかった。
フブキはその刀を右手で素早く抜き、彼に斬りかかった。
「ぐっ!!」
突然の武器、突然の攻撃に反応が遅れたエフィナは、その攻撃を喰らってしまう。肩から斜めに斬られてしまった。なんとか体を逸らした分、深くはなかった。
吹き出る血。
浅かったとはいえ、彼は初めて敵から攻撃を喰らった。それは、王の魔術を持つ彼からすると経験したことのないものだった。
流れ出る血を触る。温かい液体が、服を濡らしていく。
その時、ふと父親の言葉が頭をよぎった。『生き残った奴らは強い』と。それが満更デタラメばかりではないことを思い知る。
加速したエフィナを斬ったのは、彼女が初めてだった。
能力を発動したエフィナには周りの動きがゆっくりとスローモーションに見える。だが、彼は普通に動けるわけじゃない。加速した自分の時間が普通の時間の抵抗を受けるように、その体はまるで水の中にいるような抵抗を受けるのだ。
自分から繰り出した攻撃を急に変化させることは体に大きな負担がかかるし、相手の攻撃が見えていても、体勢によっては避けられないこともある。
また、全身を加速している彼のスピードが、放たれる剣先のスピードより速いとは限らないのだ。
今の攻撃がまさにそれだった。
彼女の攻撃は見えていた。だが、体に掛かる負荷のせいで思うように回避できなかったうえに、剣のスピードが完全に避けきれない程度に速かったのだ。
「よかった。安心したよ」
エフィナを斬ったフブキは、斬った刀の先を眺めながら語る。
「お前の魔術はどう見ても加速系だった。問題は、私達の攻撃は一切、加速したお前の前には通じないのではないか……というところだったのだが、どうやらそうでもないらしい」
剣に着いた血を払うために、彼女は剣を空を斬るように振ってから、一歩一歩とエフィナに近づく。
右手に剣、左手に盾とこれが彼女の本来のスタイルらしい。それを見誤った彼は危うく死ぬところだった。
「今のようなまぐれがそう何度も起きるか!」
エフィナは加速する。彼女の動きは止まっているように遅い。彼女に向けて剣を振り下ろした時、既にそこには盾があった。
剣が盾に弾かれる。が、彼はすぐに二撃目を振り下ろしている。
彼は何度も何度もその盾を斬った。それを受けているフブキからすると鳴り止むことのない斬撃の音が耳を支配してるはずだ。
しかし、これだけの攻撃を加えているにもかかわらず、彼女の盾はまるで壊れる気配がない。それどころか、時々盾の死角から彼女の攻撃が飛んでくるのだ。それがまたエフィナに当たりそうになる。
彼はギリギリのところで回避していた。如何にスローで見えていても、死角から突然現れる攻撃には反応が遅れてしまうのだ。
ひたすら攻撃を繰り返す。時々、彼女自身を攻撃するのだが、また透明な何かに弾かれるのだ。
「うっ」
すっと彼の視界がスローから突然元のスピードに戻る。
その一瞬の隙を突かれたように、また彼はフブキの攻撃を喰らってしまった。今度は腹に一撃刺さる。とっさに後ろに飛び退いた分威力は軽減出来たが、それでも刺さったことに変わりはない。
「どうやらその加速能力、連続使用は5分が限界ってところらしい」
フブキが盾をゆっくりと下ろす。エフィナは腹の傷を抑えるように跪く。少しフブキを見上げることになるのだが、そんな屈辱的な体勢のことよりも、エフィナは今の自分の状態に一番驚いている。
(連続使用時間が、5分……だと)
それは、エフィナでさえ知らなかった事実。そもそも、彼は5分以上加速した状態で敵と戦ったことがないのだ。
大体は加速してすぐに決着がつく。だが、今回は違った。
彼女は……フブキは強かった。彼が能力の限界に至るまでに始末できないほどに。
また、彼が自分の能力の解析を怠ったことに寄るものも大きい。
「次期魔王……お前はここで終われ。ナデシコのためにもな」
刀を構え、エフィナへと近づいていくフブキ。
もし彼が、初めから殺す気でフブキに戦いを挑んでいたのなら、もっと違う結果になっていただろう。経験の差の前に、能力の差が大きい。それに、彼はまだ『とっておき』を出していない。
だが、まだ彼女の能力がはっきりとしない今、迂闊に奥の手を出せずにいた。そもそも溜めに時間の掛かる技だ。加速できない今はアレは隙が大きすぎる。
故に、エフィナはもう一つの手段に出た。
戦闘では、決して無理だと思っていた方法だが、今なら行けるかもしれないと思った。フブキが油断している今なら。
まっすぐと、エフィナを見ながら距離を詰めてくる今がチャンスなのだ。
彼は、その淡く光る赤い瞳で、彼女の瞳を見る。何も知らない彼女は、その次期魔王の瞳をまっすぐ見つめながら歩いてくるのだ。
「……っ!!?」
その時、バチッっという音と共に、急にフブキが目をくらませた。
突然の出来事に困惑するフブキは、頭を抑えながらフラフラと覚束ない足取りをしている。
だが、困惑しているのはフブキだけではない。
(まさか……防いだのかっ! 俺の催眠術を)
およそ15秒ほど、相手の瞳を見続ければ発動するエフィナの催眠術。魔王直属の部下でさえその発動にすら気付かなかった技を、彼女は防いだのだ。
ただし、彼女の反応からそれが意図して防いだものではないことがうかがえた。おそらく、彼女の能力に関するものなのだろう。
(些か分が悪いな……今日は引くか)
そうして、彼女が目を眩ませている間に、エフィナは姿を消した。
結局魔装戎具を破壊することは出来なかったが、それよりも彼女の能力がなんなのかを知るほうが優先だと思った。
魔法少女フブキの意識がハッキリする頃には、目の前には次期魔王はいなかった。
(なんだったんだ、今のは……)
フラフラとする頭を抑えながら、彼女は星空が見える空を見上げる。
一段落ついたように、夜の冷えた風が吹いた。彼女のマントが緩やかに揺れる。月が優しく彼女を照らした。
「さっきから動かなくなってどうしちゃったのかなぁ」
「諦めちゃった? 諦めちゃったのかぁ?」
「でも仕方ないねぇ。これだけの数に囲まれて」
「本物が分からないんだからねぇ」
「ケケケケケケケ」
燃える廃工場で、魔法少女ナデシコはエスクロの大群に囲まれていた。彼の能力は己の分身を複数作れることだ。
その中から本物を見つけ出し、本物を半殺しにして情報を聞き出さねばならない。
ナデシコは、そんな彼らの中心で先程から微動だにしない。目を閉じて、何かに集中しているようだ。
何故、彼女が敵に囲まれた状況でそんな事が出来るのか。それは、どういう訳か、彼らは自分からは攻撃してこないのだ。
まるで、誰かに攻撃することを禁じられているように、彼らはナデシコがどんなに無防備にしていても危害を加えてこない。持っている木製の鈍器はもはや飾りだ。
あまりに攻撃してこないので、ナデシコからすると何かありそうで気味が悪いのだが、彼女からすると好都合だった。
精神を集中させ、すぅっと息を吸う。
(そろそろか……)
ゆっくりと目を開き、周りの敵の状態を把握する。
そして、呟くのだ。
「シャルヴェレ……ッ!」
その言葉が彼らに届くとほぼ同時だった。
屋根にへばりつくもの。上の階から見下ろすもの。壁に這いつくばるもの。地面に這うもの。その全てのエスクロが、ほんの一瞬で撃沈した。
「う……げ、何が起こって……」
彼らからしても意味が分からなかった。彼女が何かを呟いたかと思うと、自分は地面に伏せていたのだから。
皆、それぞれどこかしらに鈍痛が走る。
「実は私、くじ運は悪いほうなの」
槍をなぎ払い。近くにいたエスクロの首を3つほどハネる。
その体は力なく倒れ、砂となって消えるが、まだ周りには分身が残っている。
「よかった。今のは本物じゃないみたいね」
今度は心臓を貫く。そして脳天を突く。首をハネる。そうして、彼女は地面に転がっているエスクロの大群を片っ端から始末していった。
「そろそろ、本物を殺してしまいそうだわ。なにせ、くじ運が悪いから」
「ひ、ひぃぃいいいいっ!!」
「は、話が違うじゃないかぁ!!」
「次期魔王様の情報さえ握っていれば、あいつはボクたちを殺さないんじゃなかったのかぁ!」
「いや、そもそも、なぜこんな曖昧な情報を信じてしまったんだぁ!!」
逃げまとうエスクロを、彼女は追いかけその背中から一突きする。
それを見た残りのエスクロ達が引きつった顔をする。
「わ、分かった! 教えるぅ!」
「だから殺さないでくれぇ!」
その言葉を聞いて、一瞬ピタリと止まるナデシコだが、彼女は再び手を動かし目の前の1体を殺した。
「これだけ分身がいたんじゃ、どんな嘘でも平気で吐けるものね」
残るエスクロに視線を向けると、彼らは心底怯え震え上がる。これまで、情報欲しさに抑えられていたナデシコの殺気に当てられ、金縛りにでもあったようだ。
1人のエスクロが木製の鈍器で地面をドスンと叩くと、辺りの分身達は景色に溶け込むように消えていった。
全ての分身が消え、残るはナデシコの目の前にいたエスクロのみとなった。どうやら、それが本体だったらしい。本物であることを明かすのがもう少し遅ければ、今頃首をはねられていただろう。
「貴方が本体である証拠は?」
「な、ない……だが、本当なんだ。だから殺さないでくれぇ」
「ふーん」
気が付くと、エスクロの首元には槍の切っ先が向けられていた。
それを開ききった瞳で凝視するエスクロ。その死に怯えた表情を見て、ナデシコは彼が本物であることを確信した。
これが演技であるなら大したものである。
「情報を話したら見逃してくれるかぁ?」
「話す気がないのなら、殺すしかないわね」
「わ、わかった話す……本当は『次期魔王様の好物はカレーだ』というふざけた情報を預かっていたんだぁ」
首元に食い込む槍。
「ま、待ってくれ!! 俺が握っている次期魔王様の本物の情報について話す。だから待ってくれぇ」
命欲しさの嘘かもしれない。そう思ったが、それなら先に嘘の情報を話せばよかったのだ。わざわざふざけた情報を預かっていることを言う必要はない。
だから、若干の期待を持って聞くのだ。彼の首元から僅かに槍を離す。
「はぁ……はぁ……っ。う、噂に聞いたことがある。次期魔王様は、現在人間としてこの世界で過ごしていられると」
その情報を聞くやいなや、ナデシコは目の色を変えて彼に問い詰めた。
「人間として!? 名前は!? 居場所は!?」
「し、知らないぃ。そういう噂を耳に挟んだことがあるだけで、詳しいことはわからないんだぁ……ほ、ホントだ」
数発、エスクロに蹴りを入れた。
「こうすれば思い出すかしら」
「ほ、ホントに……し、知らないんだ……」
その表情から、本当にこれ以上は知りそうにもなかった。おそらく、さらに数発傷めつけた所でナデシコの欲しい情報は得られないだろう。
そう確信した彼女は、彼の首から完全に槍を離した。
すると、己の身を守るためにエスクロはそさくさとその場から離れる。
「ぼ、ボクから聞いたって言うんじゃないぞ! 次期魔王様に知られると今度はこっちで命が危ないぃ」
去り際にそう告げるエスクロ。それにナデシコは笑顔で答える。
「安心なさい。貴方の心配するような事態にはならないわ。だって」
次の瞬間、背中を向けて走るエスクロの胸を槍が貫通する。何が起こったか理解できないエスクロは、苦しそうにただ自分の胸から突き出る槍に視線を送るだけだ。
「誰も話したら見逃すなんて言ってないもの」
ついさっきまで離れた所にいたナデシコが、今はエスクロのすぐ後ろで槍を握っている。
乱暴にその槍を振り回し、突き刺さっていたエスクロを放り投げる。力の入らない彼は、人形のように地面を転がる。木製の鈍器も音を立てて飛んでいった。
そんな彼を見下すような視線を外さないまま、彼女は彼の元まで歩き、とどめを刺した。
蛙が引き潰れたような断末魔の直後、彼の体は砂のようになって消える。
そして、彼の消えた痕を見ながら、彼の言葉を反復するように繰り返すのだ。
「次期魔王が……人間として……」
今までさんざん出会う魔族に次期魔王がどこにいるかを聞いていたナデシコからするとショックでならない。
灯台下暗しとはこのことだった。
あの魔族が噂に聞いたと言っていた事を思い出す。次期魔王が人間として過ごしている事は、一部の魔族しか知らない事だったのかもしれなかった。
どの魔族に聞いても知らなかったはずだ。彼女は軽く舌打ちをする。
もしかすると、気付かぬうちにヤツと同じ空気を吸っているのかもしれないのだ。そう考えるだけで吐き気がした。
(認めない……必ず見つけ出してやる)
辺りで燃える炎が、彼女の怒りに呼応するかのように燃え盛る。新たな情報という酸素を得た彼女の怒りは、燃え尽きることを知らない。
「いやはや、なかなか決着がつきませんねぇ」
燃え盛る建物に囲まれながら、オンブルは退屈そうな言葉を吐いた。
「ヒナ的には、あんまりしつこいのは嫌いかな」
余裕そうな態度をするヒナだが、その顔には明らかな疲労の表情が出ている。ずっと、同じように攻撃しているのだが、黒い何かがそれを遮ってしまう。それの繰り返しなのだ。
完全な消耗戦だった。
(ヒナとは相性の悪い敵だったなぁ……あんな奴ナデシコなら一発なのに)
それから、フブキちゃん先輩も、と心の中の言葉に付け加える。
戦いには必ず有利不利が存在する。普段3人で行動している彼女たちは自然と自分との相性のいい敵を選択して戦ってきたのだが、今回ばかりはここにはヒナしかいない。
自分しかいないのなら、この不利な状況で闘わねばならない。
フブキなら何というだろう。ナデシコならどう戦うだろう。とヒナは考える。
だが、答えらしい答えが浮かばない。
「あぁあああ!! ごちゃごちゃ考えるのは性に合わない! フブキちゃん先輩、ごめんなさい!」
そう全力でここにいないフブキに謝罪すると、ヒナはあたりに無茶苦茶に攻撃した。
「ついにヤケをおこしましたか」
それを、哀れだと言わんばかりに笑う。
ヒナの攻撃が燃え盛る建物に当たり、また燃えている地面をえぐる。
彼に当たりそうになる攻撃は、相変わらず黒い何かが防ぐのだ。
(ん?)
そこでヒナは違和感を感じた。さっきと何かが違う。
強いて言うなら、黒い何かが出てくる所がさっきとは違うのだ。ついさっきまでは同じような所から出現していたそれが、今は違う所から現れる。
「はっはーん」
そこでヒナはニヤリと笑った。その顔は、普段の悪戯っ子のようなヒナタの笑みそのものだ。
急に口角を上げたヒナを不審に思ったオンブルは、ニヤニヤしながら当たりを確認するヒナに問う。
「どうしました? 急にニヤけだして」
「いやいやー。ヒナ、お前の能力分かっちゃった」
にんまりするヒナの言葉を、彼は黙って聞く。
「ズバリ、お前の能力は影だ」
そう言って、再び彼に攻撃すると、黒いそれが守ってくれる。それは、炎に照らされた影から飛び出てきていると今しっかり確認した。
自分の能力が割れた事は、オンブルにとってそれほど衝撃的な事ではない。むしろ、能力がわかったからなんだというのだという考えだ。
周囲が炎で包まれている以上、ここは必ず影が出来る。だから、彼女にはどうすることもできない。
「街の平和は、この、魔法少女ヒナが守るっ」
さっき辺りを手当たり次第に攻撃した者のセリフとは思えない。ヒナは、カツンと錫杖を鳴らすと、再び光の珠を大量に作り出した。
またそれか。結局は何も出来ないのだな、とオンブルは鼻で笑った。
再び錫杖を鳴らすと、その光の珠はオンブルを襲う。かのように見えた。オンブルの予想はハズレ、その光の珠はオンブルの上空やその周囲で互いに触れ合い爆発し、一向にオンブルには命中しない。
ドドドドドドドドド!! と鳴り止まない爆発音は、すぐ近くでクライマックスの花火でも上がっているようだ。
「……?」
それをただ呆然と見上げるオンブルだが、その意図にすぐ気付いた。
「しまった!」
が、気がつくのが遅かった。既にオンブルはヒナの何かしらの攻撃を喰らっていた。何かしら、というのは、彼にはヒナの攻撃が見えなかったのだ。
一度攻撃を受けたが最後、彼の周りで爆発していた光の珠は倒れ込んだ彼を襲う。彼は地面とヒナの攻撃との挟み撃ちにあい、まもなく絶命した。
砂煙が晴れる頃には、もう彼は砂になりそこにはいない。
まさに、跡形もなく消え去っていた。
「あらゆる角度から爆発して光を出せば、出来る影も出来ないもんね」
ヒナは勝ち誇ったように笑い、天に向かってブイサインを突き出す。
「大勝利ーっ!」
フリフリとしたセーラー服のような衣装を炎に照らしながら、彼女は勝利の余韻に酔う。なにせ、魔族の壮大な計画を阻止したのだ。嬉しくないわけがない。
長い赤髪のポニーテールを上機嫌に揺らしながら、彼女はその場を後にした。
「フブキ先輩」
他の事件現場に向かおうとしたとき、ナデシコはこれまた他の事件現場に向かっているフブキと出会った。
「ナデシコか。そっちは片付いたようだな」
マントを風になびかせる彼女は、端からナデシコが敗北することなど考えていない。
「えぇ、フブキ先輩も片付いたようで」
「……まぁ」
フブキは曖昧に答える。彼女は勝ったわけではなく、取り逃がしたのだ。ただ、それをナデシコに言うのははばかられた。
なにせ相手はあの次期魔王だったのだ。何故自分を狙ったかは不明だったが、余計な事は言わないほうが良さそうだった。
次期魔王を狙う時のナデシコは尋常ではない。次期魔王が絡むと彼女は冷静ではなくなる。だから、フブキからすると、なるべく次期魔王と接触してほしくなかった。
冷静さを欠いた戦いほど、怖いものはないからだ。
だから、フブキは黙っておく。今回の戦いで得た情報は、不自然ではないタイミングで伝えるつもりだ。
言葉を濁していると、遠くからヒナが近寄ってくるのが分かる。それを話題を変えるチャンスとばかりにナデシコの意識をヒナに向けた。
「ヒナも無事なようだ。さて、やることをやってさっさと帰るとしよう」
その場から逃げるように跳んだフブキは思考する。今回の事件の意味を。魔族が一体何を企んだのかを。
フブキは、魔族がこれまでとは違った目的で行動しているのを感じ取っていた。
次回更新は12月13日(土)です。