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2話「出会ってしまった2人」

 指で方向を示してやると、一輝は地面を這いながらその場から必死に逃げ去る。その背中を見送り、自ら魔法少女と名乗った彼女は、目前の敵へと再び視線を向ける。


 軍服をモチーフにしたような衣装を身にまとう彼女は、帽子をかぶり、年齢には不相応な険しい表情をしている。その手には、槍が握られていた。


 一方、手を斬られた痛みに荒い息をする彼は、人と同じ構造をしているが、外観が明らかに人ではなかった。それは、特撮に出てくる怪人のような造形をしている。

 異形の者。人ならざる化物。本来ならばこの世界に存在しないはずの外部より来たりしウイルス。


 魔法少女達は、彼らを一括に『魔族』と呼んだ。


「貴様らを倒すための力を集めていたが……まぁいい。だいぶ力は集まった」


 腕を斬られたにも関わらず、彼は冷静さを取り戻し余裕の笑みを浮かべた。それほど多くの力を集めたらしい。何人もの人間を犠牲に手に入れた力なのだろう。

 ここで人が消えるという噂の原因は、彼と見て間違いない。


「……ふぅ」


 彼を見て、魔法少女はため息をついた。彼女の口元の霧が微かに揺れる。呆れるように、諦めたように、彼女はもう目の前の彼に興味がないと言わんばかりの表情をしている。

 その態度が実に気に入らなかったようで、魔族の彼は軽く舌打ちをする。威嚇のように霧を固めたような珠を手に作り、それを近くの地面に放つ。爆発に寄る風で彼女たちの間に漂う霧が流れるように揺れた。

 今爆発したところは地面がえぐれているのだが、魔法少女はそこを見向きすらしない。


「貴方のような雑魚が知ってるはずもないものね。これまでもそうだったし、聞くだけ無駄か」

「なんだと……?」


 今の威嚇攻撃には触れることすらしないことに、彼女の眼中に自分がいないことを悟った。敵を目前として、彼女はまるで別の事を考えている。

 それがなんとも彼を苛立たせた。


「せいぜい強がってろ。貴様はここで死ぬ」


 パチンと斬られていない腕で指を鳴らすと、魔法少女を囲むように大量の魔族が現れた。その数はざっと数えて10を超えている。

 予め彼らはそこにいたのだ。そして、魔法少女と対峙するこの瞬間のためにずっと身を潜めていた。

 敵の数が増えるのを目の当たりにすれば、動揺するだろうと考えていた魔族は、彼女を見て驚愕した。

 動揺どころか、さっきとまるで変わっていない。警戒した素振りも無ければ武器を構えるようなこともしない。唯一変わったことは、突如に現れた彼らを、まるで湧き出た虫けらのように見るその眼くらいである。


「なめるのも、大概にしろよ!」


 彼の合図で、彼女を中心とする魔族たちが一気に飛びかかる。


 その時、初めて彼女の意識がこちらに向いた。刹那感じる尋常じゃない殺気。周りにいる虫を、敵と認識した瞬間だった。


 合図を出した彼は、彼女の殺気に当てられて身動きが取れない。それは飛びかかった魔族も動揺だったが、すでに彼女に向かっている彼らは手遅れだった。

 彼女に飛びかかった全員が一気に吹き飛び絶命する。その何が起こったか理解できない光景に唖然とする魔族を置いて、彼女は長い髪を巻起こった風になびかせている。

 一番遠くで固まりながらその全体を見ていた彼にも、何が起こったか分からない。


 彼女は何もしていないように見えた。一瞬彼女の姿がぶれたかと思うと、飛びかかった同族が消し飛んだのだ。

 コンマ数秒のレベルで、10を超える仲間は全滅した。彼は納得せざるを得ない。自分を雑魚と言い放った彼女の実力を。

 一歩、彼との距離を詰める彼女は視線を向ける。

 彼女の周りには何も残っていない。それは比喩などではなく、本当に何もないのだ。彼女に倒されたはずの魔族の死体でさえ。


「もう終わり?」


 もう一歩、彼女が踏み出した時に、彼は反射的に後ろに下がってしまった。

 彼女が何をしたかは分からなかった彼だが、これだけはなんとなく分かる。おそらく、目の前にいる魔法少女はこの距離でも自分を殺すことが出来る。それがいつくるか分からない恐怖は、彼をどんどん追い詰める。


「ぜ、全員出ろ!!」


 恐怖に耐えきれず、彼がそう叫ぶと、さっきの2倍ほどの数の敵が現れる。おそらくは、ようやく全員を倒し終わった後に出す、魔法少女を絶望させるために取っておいた魔族なのだろうが、残念なことに彼女は先ほどの数を苦戦することなく葬ってしまったのだ。

 出し惜しみをしている場合ではないことくらい彼にも分かった。


「そう、これで全員ね」


 全員を出させるためにわざと攻撃を焦らしたのかは定かではない。

 あたりを確認する彼女は、再び武器を構える。そして、今にも動き出そうとした時だった。


「おっまたせーーー!」


 上空より、声が聞こえたかと思うと大量の光の珠のようなモノが魔族目掛けて降り注ぐ。乱雑に降り注ぐ今の攻撃で5分の1の魔族は消滅した。

 トッと軽い足取りで着地する彼女は、同じく魔法少女のようだ。

 セーラー服をモチーフにしたようなフリフリした衣装を身にまとう彼女は、手に錫杖を握る。腰まである長めのポニーテールが着地による風になびいた。


「遅い」

「ごめんごめん。一応ここに誰も近づいてきてないかチェックしてたんだよ。逃げ去る人は1人いたけど、それ以外は大丈夫そう。それにしても、今回も多いね。魔族も毎回毎回大量投入しすぎじゃない?」


 駆けつけた魔法少女も周りの数には目もくれず、呑気に会話をし始める。


「無駄話はいい。すぐに片付けるわよ」

「はいはい。相変わらず戦闘中はお硬いことで」


 トンッと彼女が手に持つ錫杖で地面を軽く突く。錫杖の先に付いている輪が音を立てた。それを合図のように、彼女の周りに大量の光の珠が浮かび上がっている。浮かび上がるそれは、彼女の魔力の塊だ。それはどんどん増えていき、頃合いを見て彼女がもう一度錫杖で地面を突いた。


 ドドドドドドドドドドドドドドド!


 彼女の周りに浮かび上がっていた光の珠が敵目掛けて発射される。それも、休むことなく攻撃は続けられた。発射したら次が作られ発射される。このサイクルと素早く繰り返し、まるで全方向に広がる光の珠のマシンガンのようだ。

 彼女は錫杖を握ったまま一歩も動かない。いや、動く必要がない。常に発射され続けるこの光の珠の間をすり抜け彼女の元へと辿り着く敵でも居ない限り、彼女は動かなくても良いのだ。ましてや、敵が数ばかりの雑魚なら尚更だ。

 辛うじて避けても、その次の攻撃に当たってしまう。


「ナデシコは、あそこのリーダー格っぽいのお願い。ヒナもすぐ終わりそうだし」

「分かったわ」


 ナデシコと呼ばれた魔法少女が、ヒナと名乗った魔法少女の攻撃の間をすり抜けるように彼との間合いを詰めた。

 ヒナの攻撃の間合いの外に出た彼女は、怯えるように重心を後ろに逸らす敵に目を向ける。


「く、来るな……来るなぁぁあああ!!!」


 彼は出来る限り、集めた霧の塊を彼女に向かって投げる。だが、その攻撃は彼女にかすりもしない。まるで、自分の意志で彼女のいない所に投げているようだった。


「危なっ!」


 避けた霧の弾丸が後ろにいるヒナに当たりかけたが、当たってはいない事は彼女の声で分かったので、大丈夫と彼女は後ろを振り向きもしない。

 投げても投げても当たらず、それどころか少しずつ距離を詰めてくる彼女に、とうとう彼は攻撃の手を止め、逃げるように背中を見せた。


「あっけないわね」


 彼が後ろを向いた瞬間には、彼の頭は胴体と切り離されていた。そのすぐ隣には、ナデシコの姿。突如切り離され、前進の余力を残した体は数歩前へと歩き、糸が切れた人形のように倒れた。

 ほぼ真上へと飛ばされた頭は、ナデシコの足元にサッカーボールのように落ちてくる。


「ふん」


 それを鼻で笑った彼女は、転がってきたそれに槍を突き刺した。刺された所から砂へと代わり消えていく。

 世界の異物たる彼らは、この世界で死すら認めてもらえない。死ぬと、この世界から一切の痕跡が消えてなくなる。それはすなわち、完全なる消滅を意味していた。

 気が付くと、体の方ももう消えていた。

 相手が死んだことで、辺りをうっすら覆っていた霧はもうどこにもなかった。

 晴れやかな視界で、ナデシコは手でストレートの髪を払いながらヒナに問う。


「こっちは終わり。そっちは?」

「終わったよー。ふぃー、お疲れー」


 ひと作業終えたサラリーマンのように、彼女は伸びをした。ついでに欠伸も出てくる。もう日は落ち、暗いとはいえまだ寝るような時間ではない。が、深夜に出撃する事も少なくない彼女たちからすれば、寝れるときには早く寝たいのだ。


「最後まで気を抜かない事」


 唐突にかけられた言葉に、ヒナはビクリとする。それは、ナデシコから発せられた言葉ではない。ヒナは悪戯がバレた子供のようにキョロキョロと声の発信源を探した。長めのポニーテールは彼女の頭の動きについて行けずに波を打つように動いていた。

 足音がして、2人が街の方を向くと、暗闇からすっと彼女は現れた。

 巫女服をモチーフにしたようなマントの着いた衣装に身にまとう彼女は、彼女たち同様魔法少女だ。

 落ち着いた態度で一睨みされ、ヒナはあわわわと慌てふためく。


「で、でもでもフブキちゃん先輩。もう全員倒したんだよ?」


 ヒナはもっともらしい弁解するが、フブキには通用しない。

 フブキと呼ばれた彼女は、金髪の頭を左右に降る。セミロングの癖毛な彼女の髪は、首を振った程度じゃなびきもしない。


「戦闘直後が一番油断しやすい。敵もそこを突いてくる可能性があることを忘れない」


 キッともう一回睨むと、ヒナは言い訳する気力もなくなり、縮こまる。それから、フブキに背中を見せ、ふて腐れたような態度でそこら辺の小石をゆるく蹴った。


「はいはーい。先輩の助言は偉大ですよーっと」


 ヒナは怒られた事が面白くないようにプーっと頬を膨らませた。彼女の言うことが正しいだけに、何も言い返せない。


「よろしい。それじゃ、帰」


 とフブキが最後まで言葉を言い終える前に辺りを警戒し始めた。それを追いかけるように2人も警戒を始める。

 その時初めて聞こえてきたパチパチという音。これは、拍手の音だ。鳴り止まない出処の分からない拍手は不気味で、暗闇そのものから聞こえてくるような錯覚を覚える。

 元々が静かなところなだけに、車が通る音も鳥が鳴く声も羽ばたく音もなく、今は拍手の音しか聞こえない。


「あそこっ!」


 ふと見上げた所、すぐ近くのビルの上に人が立っているのをナデシコが発見する。

 発見された事に気付いたそいつは、拍手を止め真っ直ぐ3人の魔法少女を見据えた。


「驚いたぞ。数では圧倒的に劣っていたというのに」


 低く透き通るような、どこか魅力のある声が闇夜の街に木霊する。

 魔法少女達は、これまでの敵とは明らかに違う雰囲気を感じ取った。さっきのや奴とは全く違う余裕、冷静な態度。それが一時的に得た力からくるものではない事が容易にわかった。


「なーんか、明らかにヤバそうな奴だ……ねっ!!」

 ヒナが瞬時にそのビルのそいつ目掛けて直線的な連射を繰り出した。ビルの上は爆発し、砂煙が舞う。その爆風を受け、彼女たちの髪の毛が後ろへと流れる。

「ヒナっ! 敵の素性も能力もわからないのに迂闊に攻撃しない!」


 突発的な行動を叱咤するフブキだが、ヒナは悪びれた様子もなく答える。


「いやぁ、あんなヤバそうな奴には先手の速攻が有効でしょ。それこそ、こっちの能力が割れる前に」

「それはそうかもしれないけど」


 ヒナの言うことも一理あり、言葉に詰まるフブキ。今の攻撃で倒せたのならそれはそれでいい事だ。

 だが。


「やれやれ、せっかちだな。折角褒めているというのに」

「なっ!?」

「っ!?」

「……!!?」


 ビルの方向とは真逆。彼女たちの後方10メートル先に彼はいた。信じられない出来事に、3人から驚きの声しか出てこない。

 ヒナの攻撃から、彼女たちの後ろに回るまでの時間が早すぎる。まだビルの上では砂埃が舞っているというのに。

 近くまで来たことで、彼の姿がある程度見えるようになった。月明かりに照らされる彼の姿は、白髪にほんのり光る赤い眼。黒いコートに身を纏い、身長は180前後といった所か。仁王立ちで堂々とそこに立っている。


「どういう事? 幻術を見せる類の魔術? それとも幻影を投影する系の魔術か?」


 敵の能力について、分析しようとするヒナだが、まるでその見当がつかない。確かめるために、もう一度敵に向かって攻撃を加えようとするヒナをナデシコが制する。


「ナデシコ?」

「闇雲に撃っても魔力を消費するだけだわ。それに、少し……あいつに聞きたいことがあるの。フブキ先輩、いいですか」

「……あぁ」


 いつもと違って、少し興奮気味のナデシコに不安を感じたフブキだったが、少しでも分析の時間を稼げるのならそれでいいと了承した。

 ナデシコが彼に向かって数歩歩く。それを緊張した趣でヒナとフブキは見ていた。


「素直に答えてくれると嬉しいわ」

「ほう、何かな?」


 正面から突然このようなことを言われて、正直戸惑った彼だが、特に支障もなさそうなので、彼女の余興に付き合う。赤く光る目を細くし、彼女を見据えた。

 ナデシコは、浮つく気持ちを落ち着かせるように2回ほど深呼吸をして、その口を開いた。



「貴方は、魔王?」



 その質問に、彼は心底驚いた顔をする。


「そんな質問をされたのは初めてだな」

「どうなの?」


 答えを急かすナデシコは、彼を睨む。だが、彼は困った顔でそれに答えた。白い髪がゆっくりと左右に揺れる。



「いや、生憎私は魔王ではない。次期魔王といったところかな」



 その答えに、ヒナもフブキも驚愕する。通りで、今までの敵とは圧倒的に違うわけだと納得する。彼女たちが今まで出会って来た敵の中で一番の大物だった。

 次期魔王の答えに、ガッカリするものかと思っていたナデシコは、むしろ口元がつり上がっていた。それに不信感を抱いた彼は逆に尋ねる。


「どうした? 何がおかしい?」

「次期魔王は貴方1人?」

「そうだが、それが何だと言うのだ」


 それに答えること無く、彼女は人差し指を立てて問う。


「最後にもう一つだけ、質問……いえ、確認いいかしら」

「……言ってみろ」


 彼女の態度は明らかにおかしかった。魔王かと問いておきながら、まるで違うと言って欲しかったような。


「12年前も、貴方は次期魔王だった?」


 これまた妙な質問に、彼は戸惑いを隠せない。だが、嘘を突く必要もないので素直に答える。


「あぁ、その通りだ」


 刹那。

 彼の頭があった所を槍が通過する。急接近したナデシコが突いたものだが、避けなければ今頃彼の頭は団子のように串刺しになっていたことだろう。


「ついに見つけたッ!!」


 冷酷な表情をしていた彼女は、今ばかりは狂気の笑顔に満ちた顔をしている。嬉しくて憎くて、たまらないという表情。


「探していたのか? この私を?」


 繰り出される彼女の攻撃をなんなく避けながらナデシコに問う。何故、彼女が自分を探していたのかが皆目見当もつかない。


「そうよ! 会いたかったわ! 殺したくて殺してくてたまらなかった! 忘れたとは言わせないわ!」


 1秒も次期魔王から目を離さない彼女からは、その見た目から想像できる年齢には不相応なほどの異常なまでの殺気を感じた。

 だが、次期魔王はやはり彼女との因縁が分からずにいる。だから言うのだ。平気な顔で、冷静に。吐き捨てるように。


「忘れた。私は貴様なんぞ知らん」

「そう」


 次期魔王の返答に、怒りを露骨にする彼女。


「な、ナデシコ! ヒナも加勢するよ!」


 と、ヒナが加勢するために錫杖を地面に打ち、大量の光の珠を作り出した。それを発射しようとしたその時だった。


「邪魔をするなぁ!!」

「え?」


 またたく間にその光の珠を全て撃ち落としたナデシコが、ヒナの首元に槍を突きつけていた。それも刹那の出来事。


「ぅ……あ」

「邪魔をしないで。あいつは私の獲物よ。私1人で殺るわ」


 いつもとはまるで違う彼女に戸惑い怯えるヒナ。隣で見ていたフブキも冷や汗をたらりと流した。

 今の彼女は明らかに冷静ではない。おそらく何を言っても無駄だろう。そう判断したフブキは、ヒナの服を掴み無言で数歩後ろに下がる。

 それは、この戦いには干渉しないという合図だった。

 邪魔が入らないことを確認した彼女は、再び次期魔王へと向き合う。


「やっぱり、これじゃダメね」


 次期魔王の纏うオーラ、雰囲気、今さっきの戦闘で感じた彼の実力。自分の中で彼の強さを認めた彼女は、何を思ったか手に持つ槍を地面へと突き刺した。

 その行動に誰もが驚いた。味方のヒナやフブキはもちろん、敵である次期魔王でさえ。


「本番の始まりよ」


 彼女が腰に手を回すと、ずっとそこにぶら下げていた革の鞘から刀を2本取り出す。

 全く同じ形をした刀が2本。黒く禍々しい造形をした刀からは、畏怖さえ感じる。


「ナデシコ……な、なんなのその刀……」


 この戦いに干渉しない2人だが、これは聞かずにはいられなかった。何故なら、彼女たちでさえ、ナデシコが刀を持つ姿は初めて見るからだ。

 腰についているものは、衣装の一部だとばかり思っていた。通常、1人の魔法少女には1つの武器しか与えられない。


初魄漆桶しょはくしっつう


 彼女が刀の名を口にする。だが、これだけの威圧感を放つ武器を、彼女たちは名前どころか存在すら知らなかった。

 だが、ただ1人。次期魔王だけは彼女たちとはまったく違うベクトルで驚き、その刀を見て驚愕していた。それは、知らないものを見て驚いているというよりも、信じられないものを見るような目だ。


「何故……」


 彼が震える声を絞り出す。さっきまでの余裕で冷静な顔はどこにもなかった。


「お前がその刀を持っている……?」


 そう言うと彼は、腰に指していた2本の刀を抜いた。


「なっ」

「え? あれ? どゆこと?」

「……っ!?」


 一同が目を見開く。その視線の先には次期魔王の刀。次期魔王の手にはナデシコと同じ初魄漆桶が握られていた。

 色も形も瓜二つ。細部のどこまでもが同じだった。


「どういう事……?」


 ナデシコでさえ戸惑いの色を隠せない。過去数えるほどしか使っていないこの刀を、次期魔王が真似するとは考えられない。また、彼の表情から彼自身でさえも予想だにしなかった事が伺える。アレは決して演技などではない。


「言え! その刀は何だっ!」


 ここに来て、今まで冷静な口調だった次期魔王が声を荒らげる。

 しかし、ナデシコはそれに答える様子もなく、小さくため息を吐いた。


「正直不愉快よ……貴方とまったく瓜二つの刀を握ってるなんて……でも」


 そこから、ナデシコは一気に距離を詰め、次期魔王に斬りかかった。


「お前を殺せるならどうだっていい! 些細なことだわ!」


 始まるナデシコの猛攻撃。槍から刀になったことでリーチはなくなったが、その分近距離における攻撃の密度が桁違いだ。さっきと同じ速さで動いているはずなのに、何倍ものスピードに感じる。

 だが、やはり次期魔王はそれを武器でさばくこと無く避けるのだ。避けながら、彼女の初魄漆桶を観察する。


(贋作か何かか……? いや、それにしては完成度が高い。ここまで精密に造ろうとしたら何度も私と剣を交えなければ不可能だ……しかし、そう何度も私と刀を交えた敵などい

ない……贋作を作る能力を持つ者によるものか?)

「随分と余裕で避けてくれるじゃない」


 突如彼女のスピードが跳ね上がった。急なスピードアップに呑気に刀の観察をしていた次期魔王は攻撃に当たりそうになり、初めて武器で防ぐ。そこからは武器と武器のぶつかり合いだった。

 斬っては防がれ、防いでは斬って。素早く移動しながらも攻撃の手は休まらない。


「す、凄い……ヒナには正直もう何がなんだか……」

「次期魔王と互角にやりやっている……流石は、歴代最強と呼ばれただけの実力だね、ナデシコは」


 2人の戦いを冷静に観察するフブキ。だが、フブキの目から見ても、次期魔王の方にはまだ余裕がある。今はまだ互角だが、どうにも次期魔王は本気でやっているようには見えない。

 激しい火花を散らして、2人は同時に後方に跳び、距離をとった。


「驚いたぞ。正直ここまでやるとは思っていなかった」

「余裕ね……」


 次期魔王に対して少し息が上がっているナデシコ。彼の攻撃もかすったりしていたので、その衣装の端々がぼろぼろになっている。ふと、彼女の被っていた帽子が地面に落ちた。

 ここで初めて、彼女の頭の先から首元までの全体像が見えた。


「……っ!!?」


 それを見て、今までで一番驚いた表情をする次期魔王。目をコレでもかというくらい見開いている。

 それは、自分と同じ名前、同じ形の彼女の刀を見た時よりも動揺している。


「まさか……そんなバカな」


 思わず一歩後ろに後退してしまう。赤い眼をわなわなと震わせるその姿は、信じられないものを見ているようだ。

 その直後、彼は武器をしまった。


「なっ」


 その行動に、その場にいる誰もが戸惑う。


「今日はこのくらいにしておこう……」

「逃げる気? そうはさせないわ!」


 一歩、次期魔王に向かって踏み出そうとした瞬間、彼女は次期魔王の蹴りをもろに喰らっていた。突進を含んだ蹴りは、彼女を後ろへと吹き飛ばす。ビルの壁へと辺り、そこに瓦礫の山が出来た。

 ヒナとフブキは、その様子をただ見ているだけしか出来なかった。



「見逃してやると言っているんだ。なに、いずれ巡り合う。最後だ、せめてここに我が名を残そう。私は、エフィナ・ヘダルク・ベルゼクラデュレス」



 ナデシコが瓦礫から這い上がってくる頃には、すでに次期魔王の……エフィナの姿はなかった。彼を追わなかった2人を責めるつもりは毛頭ない。ただ、さっきの攻撃がもし、武器によるものであったなら自分は死んでいたかもしれないと思うと悔しくて仕方がなかった。

 瓦礫の崩れる音を最後に、騒々しかったこの場所は再び静寂を取り戻した。夜の冷たい空気がやけに肺に染みた。

 興奮状態で火照った体を大気が冷やしてくれる。彼女は、やっと出会えた宿敵をみすみす逃してしまったショックにより、しばらくその場を動くことが出来なかった。






「お呼びですか、エフィナ様」


 どこか分からぬ暗闇で、次期魔王は誰かと会っていた。もちろん、その相手は人の姿をしていない。


「よく来てくれた。実はお前に依頼したいことがあるのだ」


 エフィナは、ポケットより一枚の写真を取り出し、それを目の前の彼に渡した。

 彼は困惑しながらも、その写真を受け取る。


「……こいつは?」

「詳しいことは話せぬが、要はこいつの暗殺を依頼したい」

「……ただの人間ではありませんか」


 写真に映っている人物を見て首を傾げる。こいつを殺すことにどんな意味があるのだろうと考えるも、さっぱり分からない。


「ご存知かと思われますが、私は戦闘には不向きです。正直、魔法少女との戦闘になればひとたまりもありません。何故私に?」


 彼は戦闘には向いていないタイプだった。それに、暗殺が得意というわけでもない。だから何故自分に依頼の白羽の矢が立ったのかまるで理解できないのだ。


「私が、お前が適任だと思った。それだけの理由では不満か?」

「いえ、そのようなことは」


 エフィナの威圧的な態度に思わず縮こまってしまう彼。もちろん、エフィナも彼が魔法少女に勝てないことは重々承知している。


「ただの人間を殺すだけだ。如何にお前が戦闘に不向きとはいえ、それくらいできるだろう。それに、こいつが通っている学校には魔法少女はいない。だから、学校にいる間に襲うのがいいだろう」

「え、しかし、それでは……それに、どうしてそう断言出来るのですか……?」


 当然のように疑問を口にする彼。しかし、エフィナは質問に答えず、ただジッっと彼の目を見続けた。

 そして繰り返すのだ。


「コイツの通う学校に、魔法少女はいない。襲うなら、学校にいる時がいいだろう」


 彼に言い聞かせるように、エフィナはゆっくり語りかける。

 すると、彼はコクリと首を縦に振った。


「わかりました。私にお任せ下さい」

「期待している」


 要件は済んだとばかりに、コートを翻してその場を去ろうとするエフィナを彼は呼び止めた。


「あの、一応このターゲットの名前を聞いてもよろしいでしょうか」


 それを聞いて、エフィナは数秒間思考した後、問題ないと判断し、その名を口にした。



「織田一輝だ」

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