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1話「都市伝説の魔法少女」

 騒がしい鳴き声をあげていたセミの声がだんだんと少なくなってきた9月中旬。今日も来真らいま市は平凡だった。


 道を歩く人の中にも、薄手の上着を羽織っている者も見受けられる。これから、季節は秋へと変わっていくのだ。

 街は今日も忙しく、朝から人がその足音を大地に染み込ませている。地面には役目を終えたセミの死骸が転がり、人々はそれに気付くも興味がないように平然と過ぎ去ってしまう。

 これだけの人がいるのに、他人とは目すら合わない。皆、下を向いて歩いている。予定を確認している人、腕時計を観た人、携帯をいじっている人、理由はそれぞれだが、人が下を向きながら歩く時代。

 電線には鳥が留まり、空にはまだ入道雲が漂っている。だが、これらには目もくれない。かつて、人は空に輝く星を頼りに進んだというのに。


 そんな空を、公園のベンチに座り眺める少年が1人。

 街からやや離れた所にあるこの公園からは、空が大きく見える。今だ空を漂う夏の風物詩を彼はまじまじと見ていた。


「入道雲は相変わらずいいなぁ。あの肉厚感もさることながら、光の加減でくっきり明暗が出来るところも素晴らしいし、より立体感が増し、空において圧倒的存在感を醸し出す所が最高だ」


 誰に言うわけでもなく、彼は口を開いた。うっとりとした目で、雲を見ている。そこから、また彼はひたすら雲を見つめる作業に戻った。

 もう眺めてどれくらい時間が経っただろうか。ずっと上方向を見ているため少し首が痛いが、下を向くことすらもったいない。彼は目を離さず空を見るのだ。


 過ぎる時間も忘れて、ひたすら雲の観察をする彼の名は織田一輝おだかずき


 雲を眺める表情から、優しい印象を抱かせる彼の服装は学生服だ。背格好から高校生であることは、誰が見ても明らかだった。

 また、その隣に置くのは薄っぺらい羽根のように軽い鞄。勉学に関してはあまり真面目ではないようだ。

 そんな彼は、ちらりと目だけで公園の入り口を観た。あれだけ雲に固執していた彼が、どうにもそわそわと落ち着かない雰囲気で視線を向ける。

 しかし、視界に入るのは登校している学生や、公園をランニングしている年寄りくらいだ。彼の望む者の姿はいまだ視界に入らない。ちなみに今、公園から鳩が飛び立つのが見えた。

 彼の視線が、その鳩を追うようについに公園の中央に設置してある時計に向けられた。その針が、彼が20分も公園で雲を眺めていたことを知らせてくれる。彼の表情に焦りが浮かんできた。


「そろそろまずいんじゃないか?」


 公園の入り口を見て、そう呟く。いかにも軽そうな鞄を手に取り、公園の入り口へ向かって歩き始めた。本当は、もっと雲を見ていたかったけれど、一度魅入ってしまうと何分でもそこにいてしまうので、今日はこれくらいにしておいた。

 ここまで来て言うまでもないが、彼は雲が大好きだ。


 そんな一輝に向かって、走ってくる少女が1人。パタパタと可愛らしく走っているように見えるが、アレは全力疾走だ。顔は疲労の表情が隠れもせず浮かび上がり、呼吸は酸素を必死に取り込もうと非常に荒い。

 紫色のツインテールを揺らすどころか、後方になびかせながら駆ける彼女は、ようやく一輝の元へとたどり着いた。何かを言おうとしているが、呼吸が荒すぎて言葉が出ていない。


「落ち着くまで待ってやるから……」


 そんなに慌てるなよ、と彼女をなだめる。

 肩で息をしていた彼女が、だんだんと肩の上下が落ち着いてくる。それに伴い、言葉もはっきりしてきた。


「ご、ごめん……一輝……ね、寝坊した……」


 まぁ、そうだろうなと一輝は素直にそう思う。

 彼女は、ボサボサになった髪の毛を手をクシのようにして整えた。


「昔から優花はちょこちょこ寝坊するよな」


 優花。そう呼ばれた彼女はにへへと誤魔化すように笑った。

 明斬優花あぎりゆうか。それが彼女の名前であり、一輝の彼女である。ガールフレンドである。


 小学校からの付き合いという、数年間に渡る良好な関係をぶち壊す覚悟でアタックした結果、あっさりオーケーされたのだ。

 今年の夏から付き合い始め、現時点でめでたく2週間を迎えている。しかし、小学校の頃から今と同じような関係であったので、一緒に登下校というのはもはや日常の一部だ。

 だからお互い、一緒に登校する程度のことでは付き合っているという実感が沸かないでいる。


「さて、んじゃ行きますか」

「えぇー、少し休ませてよぉ。これでも家から全速力出して走ってきたんだから」


 服装やツインテールを軽く整え終わり、身なりはそれなりに綺麗になっている。

 呼吸は落ち着いても体の疲労感はそう簡単に抜けない。正直に言うと、彼女はもう歩きたくなかった。

 だが、時間がそれを許してくれないことを彼女は分かっている。優花のせいで15分以上もいつもより遅れているのだ。一輝ももちろん、そのワガママは却下する。


「ゆっくり歩いてあげるから」

「んー。一輝ぃ、手を繋ごう」


 すっと自分に向かって伸ばされる手に、一輝はドキリとする。小学校からの付き合いである2人は、付き合って2週間経過する2人は、手を繋いだ記憶など数えるほどしか無い。更に言うなら、正式に付き合い始めてから手を繋いだことはないのだ。

 付き合ったということよりも、これまでの関係が濃すぎて、どうにも気恥ずかしかったのだ。


「俺に引っ張らせる気か……?」

「当たりー」


 照れ隠しから、少しぶっきらぼうに答える一輝に、優花は笑って答えた。その優花の頬がほんのり赤くなっていることに、気づかない一輝ではない。

 きっとこれは、奥手な一輝に対する優花なりの配慮なのだろう。男としては少々みっともないが、手を繋ぐ理由を彼女の方から提示してくれたのだ。


「小学生じゃないんだから、誰もからかわないって」

「それもそうだな」


 優花に釣られて、一輝も笑う。そうなのだ。何も恥ずかしがることはない。人が息をするように、風に飛ばされた花びらがいつかは地面に落ちるように、恋人同士が手を繋ぐことは、何一つおかしいところのない自然な事なのだ。

 覚悟を決めたように、そっと、差し伸べられた手に一輝が手を伸ばす。


「おっはよー! 優花に一輝ーっ!!」


 バッ! 物凄い勢いで伸ばされた一輝の手は元の位置へと戻る。ついでに言うと、優花も同じようなタイミングで手を引っ込めていた。


「おぉ、おはよう夕陽丘」

「おはようヒナタちゃん」


 ぎこちない動きで挨拶をする2人に、クラスメイトである夕陽丘ゆうひがおかヒナタは頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 赤色の髪のポニーテールが可愛く傾く。


「んー? もしかして、ヒナタ何か邪魔した?」 


 タイミングに悪意はない。ただ、2人を見かけて寄ってきただけなのだ。一輝とヒナタは中学生からの付き合いで、こうして一緒に登下校をするくらいには仲がいい。優花は、一輝が知り合う以前からヒナタの事を知っていたようで、そこからの繋がりだ。

 ちなみに、ヒナタは一輝と優花が付き合っていることも知っている。2人の仲を祝ってくれた人物でもある。


「いや、大丈夫だ」

「ふーん。ならよかった。てっきりヒナタは、2人がこれから熱ーーーいキスでもする所だったのかと思って焦ったよ」


 ぶちゅぅーっと自分の体を抱きながら唇を突き出す。彼女のポニーテールがその動きに重なるように左右に揺れる。恋人同士を前にからかうと、愉快そうに彼女は笑った。2人の顔が真っ赤になっているからだ。実にからかいがいがあると思った。


「まーまー、イチャラブもいいけど、せっかく会ったんだし、一緒に学校に行こうよ。ヒナタは遅刻しそうで1人寂しかった所なのです。ね、いいよねカズキュン」

「誰がカズキュンか」


 一輝がそう返す頃には、ヒナタは既にステップを踏みながら前を歩いていた。やれやれと遊園地ではしゃぐ子供を見る親のような気持ちになりながら、一輝はヒナタの後ろを着いていく。それに肩を並べるように、優花も一緒に歩きだした。

 いつもより遅い時間のため、自分たちと同じ制服を着ている人が少ない。


「ところで、一輝は一体いつになったら優花と手を繋ぐの? 付き合ってもう2週間なんでしょ?」


 突然の話題に一輝が吹き出す。


「え、あ、え……賞味期限がなんだって?」

「むっちゃ動揺してますがな」


 一輝の反応に、ヒナタは呆れたように息を吐いた。先日、優花から聞いた話で、高校生が付き合って2週間でまだ手も繋いでいないことが信じられなかったのだが、今の反応でまんざらデタラメばかりではないことが判明した。

 ゲームを買って2週間でまだ最初のボスにも行っていないようなものだ、とヒナタは具体例を出すが、どうやら2人にはあまり伝わらなかったようだ。


「信じられないぞ。歳はいくつだね? ん?」

「ぐぬぬ」


 一輝はぐうの音も出ない。誤魔化すように視線を反らしたりするが、その先にヒナタに回り込まれ、視線でさえ逃げ場をなくす。


「幼稚園児でももっと無意味に手を繋ぐよ。最近の小学生なんて、もはやキスなんて挨拶だよ、挨拶!」

「そうだヒナタ! 最近何かおもしろ事なかったか!?」

「へ? 面白いこと?」


 話題に耐えきれず、一輝は強制的に話をすり替える。あまりに露骨だが、ヒナタは既に手を繋ぐ話はどこへやら、最近の面白いことを探し始めていた。そのふくよかな胸の前で腕を組んで沈黙している。

 なお、優花は少し不機嫌そうに一輝をジトっとした視線を向けたが、一輝は気付かない振りをする。


「そうだ。面白い事ではないけど、面白い噂なら聞いたよ」


 ピーンと人差し指を立てる。

 面白い噂? とそれを聞いた2人は声を重ねて聞き返した。



「そうそう。カズキュンは、魔法少女って聞いたことがある?」



「魔法少女? 突然アニメの話か?」


 唐突な単語に一輝は質問の意味が理解できない。優花も、そのくりくりとした目を見開いて急な話題に唖然としているように見える。


「ノンノンノン。そうじゃなくて、実在するらしいんだよ、魔法少女が」

「優花、早く行かないと遅刻するぞ」

「そうね」

「ちょーっと待ったぁー!! かずきゅんから話題振ってきたんだから、最後まで聞いてよぉお願いだから」


 泣きながら縋りつかれたので、仕方なく聞いてあげることにした。ヒナタも言ったが、自分から話を振っておいてそれを最後まで聞かないのは、なかなかに鬼畜である。


「で、実際にいるって、魔法少女が?」

「っていう噂。見たって人もいるみたいだし。それに、この街には昔からそういう都市伝説がちょこちょこ飛び交ってたみたいだよ?」

「ホントかよ」

「あっ! それはどっちに言ってるのかな! 噂の内容!? それとも、ヒナタの発言に対して!?」


 プンスカと怒るヒナタがだ、内容が内容なだけに、一輝の発言も仕方がないと思われる。優花も、一輝同様、疑いの目を向けていた。


「学校でもこの噂知ってる人いると思うよ」

「そんなに有名な噂なのか?」

「いや、ヒナタの希望的観測が7割。まぁ、わりと有名な部類なんじゃないかな? 噂してるの聞いたことあるし」


 ふーん、と一輝は話半分に相槌を打つ。正直、一輝はこういう噂だの都市伝説だのはあまり信用しない方だ。この噂だって初めて聞いた。

 しかし、UMAや宇宙人より魔法少女をチョイスしたのには、なかなか斬新さがあってよいのではないかと思う。


「ま、学校に着いたら適当に誰かに聞いてみるか。な、優花」

「え、あ、うん」


 少しぎこちない反応の優花に、少し疑問を抱くも、そんな考えは学校のチャイムの音で周囲の音共々一気にかき消された。

 今学校の校門の前付近にいた3人は、丁度チャイムが大きく聞こえるポジションだった。


「「「ち、遅刻だーーーー!!」」」


 そう叫ぶと、3人は駆け込むように教室へとダッシュした。




 キーンコーンカーンコーン。


 1時間目の授業を終えるチャイムの音が教室に響き、教師が黒板に書いた呪文を適当に消して帰る。それと同時にトイレに行く者、食堂へ向かう者、寝始める者とクラスメイトがそれぞれの行動にではじめた。

 そんな中、一輝はグッタリとした様子で机の上に伸びる。結局、走ったかいあって教師よりわずかに教室に到着した。遅刻は免れたが、朝から全力疾走したせいでどうにも授業に身が入らなかった。

 いや、一輝の場合はどんな理由であれ授業に身は入らないのだが。


「あっはっはっはっは! いやー、危なかったねぇかずきゅーん」


 ヒナタが爆笑しながら近づいてくる。一輝的には何も面白くなかったのだが、ヒナタ的には青春の1ページのようで気に入ったようだ。

 もうカズキュン呼ばわりに突っ込むのは、止めても無駄なので諦めたようである。


「まったく、気を付けなさいよね、あなた達」


 そこに、青いショートヘアーの少女が呆れた様子で入ってきた。


「おーおー、これはこれは委員長様」


 突然話に介入してきた少女に、ヒナタはひれ伏す素振りでははぁーと頭を下げた。

 クイっとメガネを上げる彼女は、今日も実に大人びた雰囲気をしている。


 泉千加いずみちか。一輝のクラスの学級委員長だ。


「色々あってな……明日から気をつける」


 その色々はそこで面白おかしくテンションを上げているヒナタのせいでもあるのだが、半分は自分の彼女のせいなので強く出ることが出来なかった。そもそも、一輝はこの委員長が少し苦手だ。


「気をつけて遅刻しないようにするのが、あたり前野のクラッカーよ」


 真面目なのだが、こうして時々訳の分からない事を言う所とかが、特に苦手だ。青い髪の毛をさらりと流す彼女を見てそう思う。そもそも真面目系とはあまり反りの合わない一輝だが、彼女はなんとなくという曖昧な気持ちも含めて苦手だった。


「あたり前野のクラッカー?」

「あれ? もしかして伝わらないかしら?」

「泉さん、それ確かだいぶ昔の流行語じゃなかった?」


 首を傾げるヒナタに、驚愕する千加。その間からひょっこり現れた小柄な少女が千加のギャグにツッコミを入れる。茶髪で肩までのツーサイドアップの彼女は、ハハッと少し愛想笑いのような笑みを浮かべていた。


 夏川天音なつかわあまね。一輝の隣の席であり、基本物静かな印象だ。千加と仲がいいらしく、よく一緒に行動しているのを見かける。


「使わない?」

「「使わない使わない」」


 千加が不思議そうな顔で尋ねるが、天音とヒナタが口を揃えて否定した。2人の結ばれた髪の毛が左右に激しく左右にフラれる。


「またまた、冗談はよしおさん」

「それもそれも。泉さんって、時々ものすごく古いネタ使ってくるよね」


 天音が呆れてその小柄な体から力が抜けたように脱力して傾く。

 それが分かるのもどうなのだろうと、横目で見ていた一輝は思ったが、話がややこしくなりそうだったので、突っ込むのはやめた。


「ヒナタ的には、そういう千加ちゃんも大好きだけどね。言ってる言葉は時々わからないけど」


 分からなくても、そういうミステリアスな所が好きと受け入れられるヒナタは器の大きい人間なのかもしれない。

 ヒナタの包容力は半端ない。彼女が人を嫌いだとかそういうことを言ったのを聞いたことがないくらいだ。もはや人間が好きとか言いそうである。


「なぁ、2人は魔法少女がこの街にはいるって噂聞いたことあるか?」


 ふと、今朝ヒナタが言った結構有名な噂なんじゃないかなというのが気になった。


「え、何、織田ってそういう趣味?」


 半歩下がって若干引いた様子の千加。


「魔法少女は衣装とか可愛いもんね。大丈夫、私は否定しないよ織田くん」


 あくまで笑顔のままフォローを入れてくれる天音。


「違うやい!!」


 あらぬ方向に誤解され始めたので、一輝は強く否定する。

 そういう人もいるかもしれないが、一輝はそういう人ではなかった。


「噂だよ噂。都市伝説的なアレ」


 アニメの話ではない事を入念に説明し、かつ自分にそういう趣味がないこともしっかりと弁解した。また、どうしてこういう話題を振ったのかも。


「あー、それなら私聞いたことあるかも」


 天音が茶髪のツーサイドアップをぴょこぴょこと揺らしながら、ゆるふわな声で答える。どうやら、まんざら嘘ばかりではなさそうだった。ただ、ヒナタのドヤ顔が少しうざかったので、そちらの方向はあえて見ないようにする。

 一方で、千加は「聞いたことないわね。都市伝説なんてくだらないわ」と短い髪の毛を手で払い、まったく知らない興味がないアピールである。キツメの目付きがより一層きつくなっている。都市伝説がくだらないに関しては、一輝も少しながら共感する。


「でも、宇宙人でもおばけでもなくて、魔法少女なんて言われたら、逆に本当なんじゃないかって思うよ。だって、じゃなきゃそんな噂自体出てこないでしょう?」


 天音が楽しげに話をふくらませる。火のないところにはなんとやら、どうやらそう考えているようだ。


「火がなくても煙なんて立つものよ」


 そんな天音の話を、千加はバッサリ切り捨てる。どうにも根拠のない者は信じたくないようだ。頑固である。

 ただ、と千加は考える素振りをするように、顎に手を当て言葉を紡ぐ。その時、メガネを少しくいっと上に上げた。


「都市伝説……じゃないけど、神隠しの噂は最近よく耳にするわね」

「神隠し?」


 一瞬、ヒナタの目が鋭くなったように感じた一輝だったが、次の瞬間にはいつものヒナタがキョトンとした表情で首をかしげていたので、気のせいであると思った。

 千加の言葉に、天音も聞いたことないと首を横に振っていた。

 どうして、彼女はここまで他人とズレているのだろうと一輝は少し残念なモノを見るような視線を送る。が、それに気付かない彼女は、その噂の続きを話し始めた。


「商店街の裏を少し行くと、大きめの湖があるでしょ? あの付近で最近人がいなくなるっていう噂。なんでも、急に霧が出てきたりするんだって。警察も、まったく手がかりをつかめていないらしいわ」


 いかにもな噂話が出てきて、一同は静まり返る。ホラーな話をするには、少々時期がズレているかもしれない。

 というより、魔法少女よりよっぽど千加の言うくだらない都市伝説のような気がしてならないが、きっとそこには突っ込んではいけないのだろうと一輝は口にするのはやめた。


「噂話は好きですが、ヒナタ、ホラーな話は嫌いです」


 そそっと一輝を盾にするように千加から隠れるヒナタ。これはもうこれ以上聞きたくないのサインなのだろう。動揺しているせいか、口調も変だ。

 一輝が少し振り向くと、赤い髪の毛が視界をちょろちょろと動く。


「私も怖い話はちょっと」


 天音も遠慮しがちに少し後ろに下がっている。

 そんな2人に千加がどこが怖いのよ、と言おうとした所で、チャイムが鳴り、次の授業の教師が無造作に教室に入ってきた。

 それを合図にクラスメイト達は席につき、おおよそ授業に必要そうなものを取り出した。

 教師の合図により、千加が号令をかけ、また授業が始まる。





「……寂しい」


 放課後、一輝は商店街をうろついていた。

 太陽は傾き、空はあかね色に染まりつつある。夕方だからだろう、他の学校の生徒や会社上がりのスーツを着ている社会人達が溢れかえっている。

 そんな人たちの隙間を歩くように、一輝はトボトボと歩いていた。

 本来ならば、今頃優花と放課後デートをしているはずだったのだ。だが、当の優花が突然急用が入ったと言ってデートのキャンセルだけ伝えると脱兎のごとくその場から消えてしまったのだ。


 だから、一輝の隣に紫髪のツインテールの少女の姿はない。

 あまりに突然で一輝が言葉を挟む余裕すらなかった。当然、予定が元々入っていた一輝に、一緒に帰る約束をしている人物がいるはずもなく、声をかけようにも既に一緒に帰れそうな人は見当たらなかったので、こうして1人で買い物でもしようと商店街に来ているわけである。


「突然何の用なんだろうなぁ……」


 と思考と巡らすも、答えなど出てきはしない。そうなると出てくるのはため息である。

 ちらほらとカップルらしき組み合わせが見え、本来ならば自分もそのカップルの一組だったはずなのにと思うと余計に悲しくなった。


「帰ろう」


 買い物には来たが、どうにも気が乗らない。特に急いで買わなければならない物もないし、今日はもう部屋でゴロゴロと過ごした方が良さそうだった。

 そんな時、ふと今日の昼休みに聞いた噂を思い出した。


「確か、商店街の裏をちょっと行った所にある湖だったか……」


 夕方とはいえ、暗くなるにはもう少し時間があるし、特にやることがない一輝は興味本位でその湖に行ってみることにした。

 その噂が広がっているなら、今頃その場所は野次馬などが集まっているかもしれないなと思いつつも、一度動き出した興味を止めることが出来なかった。

 さっきよりは軽い足取りで進む一輝は、あっという間にその湖まで辿り着く。一輝が早いわけではなく、それだけ近くにあるのだ。

 湖はそれほど大きいものではなく、端から端が見える程度の距離であり、貸出出来るボートで少し遊べるくらいの広さだ。

 周りは木も生えているかと思えば、道路も見えるし、ビルらしい建物がいくつも並んでいる。元々は森の中にあった湖なのだろうが、今となっては埋め立ても出来ない周りの変化に取り残された街の湖だ。


「特に変わった様子はないよな……」


 来たはいいものの、特に変わった様子はなかった。いるかもしれないと思った野次馬もいないし、警察の立ち入り禁止のテープもない。

 所詮は噂話かと呆れ、ここまで足を運んだことをバカバカしく思って帰ろうと踵を返そうとした時、違和感を覚えた。


「なんだ……これ」


 一輝の周りが、さっきまでなかった霧に包まれているのだ。

 唐突な変化に、一輝は対応できない。ただ固まってその光景を見ているだけだ。動けない。正確には、どう動いたらいいのか分からない。

 濃い霧は、一輝がさっきまでどの方向を見ていたのかも分からなくさせる。進む先は湖かもしれないと思うと迂闊に前に進めなかった。


「今日の獲物はお前か……」


 どこからか声が聞こえる。霧のせいもありどの方向から聞こえてくるかわからないが、不気味な声は確実に自分の方へと近づいている。


「何も怖がることはない……お前は何も感じる間もなく……」


 キョロキョロと辺りを見渡す一輝。



「死ぬのだから」



 耳元で声がした。


「うわぁぁぁぁあああああっっ!!!!」


 一輝は精一杯後ろ目掛けて振り払った。

 しかし、手は虚しく空を斬る。いや、霧を斬る。

 その手には何の手応えもない。


 次の瞬間にボトリと落ちる手。

 響き渡る悲鳴。


 僅かに晴れた霧の隙間から、一輝はその瞬間を見ていた。


「がぁぁあああああ!! 貴様、よくも俺の手を!!」


 そこに落ちているのは、明らかに人間のものではない手。

 そして、悲鳴を上げるはどこからどう見ても人ならざる者。


「お、お前は……?」


 腰を抜かして尻もちをつく一輝は、自分の目の前に立っている少女に尋ねた。他でもない、あの人ならざる者の手を斬り落としたのは突如として現れた彼女だ。

 ストレートな髪をなびかせる彼女は、情けなく尻を地につけている一輝を一瞥すると、短く、簡潔に答える。その小さく開いた口からはこう聞こえた。



「魔法少女」



 と。

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