11話「遮雲断霧《しゃうんだんむ》」
ヴァスコとナデシコ達の戦いを木の影隠れて見ていた一輝。
会話はよく聞こえなかったのだが、突如一輝の方目掛けて斬撃が飛んできた。ヴァスコが放ったものであることはすぐに理解できた。
彼が、自分を次期魔王と判断して撃ってきたのか、はたまた邪魔な一般人として撃ってきたのかは分からなかったが、どちらにせよこの攻撃に対応せねばならなかった。
(どうする? 優花たちもいるんだ。ここであの姿になるのはマズイ。かといってあの攻撃はこの姿では受けきれない)
そんな事を考えていると、目の前に魔法少女姿の優花が現れた。抱きつくように飛んできた彼女が視界いっぱいに広がるのと、彼女の悲鳴が耳に届いたのは同時だった。
「優花ぁぁあ!!」
突然のことで理解が遅れたが、優花は一輝をかばったのだ。かばって、受けなくてもいい負傷をした。
「優花! おい! 優花大丈夫か!!?」
倒れる彼女を必死にゆすり、安否を確かめる一輝。ヴァスコに対する怒りより、彼女が心配だった。
「よかった一輝は無事だ……」
魔法少女の姿でありながら、一輝のよく知る優花の表情でにっこりと笑った。それが、一輝の心を酷く痛めた。
「ナンセンスだな。人をかばって負傷など」
遠くから、ヴァスコの呆れた声が聞こえる。
「だが、思わぬ収穫だ」
「うわっ!!」
次の瞬間に聞こえたのは、ヒナの悲鳴だった。
(しまった! ナデシコに気を取られて相手の動きを見逃していた!)
フブキは不意を疲れたことを後悔する。おそらく、ヒナもナデシコが心配で敵の警戒をおろそかにしていたのだろう。
フブキは、一輝にここに近づかないように釘を刺しておかなかった失態を恥じた。
「安心しろ、殺してはいない」
身構えるフブキに、ヴァスコは悠長に答える。
よく見ると、ヒナも倒れてはいるが、二の腕を僅かに斬られたような外傷しか見当たらない。そのことに、少し安堵の息を漏らすフブキ。
「そろそろか」
「ぐっ!!」
ヴァスコが横目でナデシコに視線を向けると、それに呼応するようにナデシコが苦しそうな声を上げる。
「おい、優花どうした!」
「うっ!!」
続いて、ヒナも似たような悲鳴を上げる。
「か、体が動かない……麻痺してるみたいに」
「う……あ、あれ?」
ナデシコもヒナも、地面に磔にでもあっているようにその場から立たなかった。いや、立てなかった。
「魔法少女2人を無力化したんだ。そこの人間は放置してても問題なさそうだな」
そんな2人の状況を見て満足そうにヴァスコは頷いた。
「おい、2人に何をした」
「センスねぇな。そんなの聞いて素直に答えると思うか? っと言いてぇところだが、2人が気になって戦いに集中出来ないと言われても困るからな。だから、大サービスで教えておいてやる」
カランビットを、フブキに見せ付けるように目の高さまで持ち上げた。その刃の先から、液体が落ちていくのに気付く。
ぽたりぽたりと地面に染み込むそれが、ただの水や血とは到底考えられなかった。
「毒だ」
ヴァスコは言い放つ。
「俺の能力の名は『メドプワーゾン』。毒の能力だ。今こいつらが動けないのは麻痺毒を打ち込んだからだ。この状態で殺したりはしねぇ。順番に、お前から始末し、麻痺毒を喰らったお前たちは動けないまま死ぬのを待っているがいい。その麻痺が解けた時、俺と勝負し殺されるのだ」
それはさながら蜘蛛の巣に引っかかった虫のように。彼は、順番に食す機会を伺っている。
(くっ、今すぐこの場を離れて、次期魔王としてこの場に乱入したいが、入れ替わりで現れるのは不自然過ぎる)
一輝は唇を噛み締めた。今の自分にできることは、優花が殺されないかを見張っていることだけ。最悪の場合は、疑われるの覚悟で次期魔王としてこの場に入れ替わりで乱入するつもりだが、それはあくまで最終手段だ。
だから、一輝は黙って戦いを見守るしかなかった。
「さて、フブキといったか……最初はお前だ」
「……ご指名頂き光栄だね」
仲間がやれらたというわりには、さっきまでの焦りや怒りのような表情はない。
実に落ち着いた態度で、ヴァスコと向き合っている。
「ふむ、実にいいセンスだ。こういう時に怒りに任せて行動する者ほど早死する」
ヴァスコは、そんな冷静なフブキを評価した。かつて彼が戦ってきた者の中には、仲間を殺されて自暴自棄になり、命を投げ捨てる覚悟で突っ込んでくる者もいた。
だが、フブキはそういうタイプではなかった。
「いくぞ」
ヴァスコは、地面を蹴り、フブキの懐へと潜る。
ガキン! と盾を殴る音。またその音が続く。
ヴァスコの変幻自在の攻撃を、彼女はまたたく間にその盾で防いでいた。そして、時折、右手で握る刀で斬りかかる。ヴァスコはそれを避けて殴り掛かる。
繰り返し、攻撃が当たらないまま時間だけが過ぎる。
不意を突かれた攻撃も、フブキに当たること無く目の前で何かに当たったように弾け飛ぶのだ。
「ふむ」
フブキの剣と、ヴァスコのカランビットが火花を散らしたところで、お互い距離を取った。あれだけ動いているのに、双方息を切らしていない。
「お前の周りを妙な壁が守っているようだな」
ヴァスコが不意打ちで放った斬撃は、彼女に当たること無く弾かれた。彼女は盾で防いではいない。
「生半可な戦い方じゃ傷1つ負わせられないってか」
ニヤリと口角を上げたヴァスコは、そっと膝をつかないように2本の手を地面につけた。
その光景は、まるで四足歩行の動物のようで。はたから見るとふざけているようにしか見えない。
「……土下座のつもりか?」
「ナンセンス。これが俺の本当の戦い方だ」
その低姿勢のまま、ヴァスコは地面を勢い良く蹴った。手を地面に付けず、かつ、さきほどの姿勢を崩さずに、地面を這うように迫るヴァスコ。
その動きはさながら、地面をうねって動く蛇のようで。
対応のし辛い動きに、フブキが戸惑っているうちに、2人の距離は一気に縮められてしまった。
すかさず攻撃に移る。一撃目は、盾で防がれた。だが、二撃目は、盾を避けてフブキを狙う。
「くっ!」
その攻撃は、いつものように何かに弾かれることはなかった。フブキの巫女服のような衣装に切れ目が入る。その瞬間を、一輝は見逃さなかった。
低姿勢のまま攻撃を続けるヴァスコ。
「ここまで極端に低い所から攻撃されるのは初めてか?」
「そうね」
フブキに余裕な態度はあまり見られない。どこかやりづらそうにひたすら防御に回っていた。
「人は極端に低いところからの攻撃が苦手だ。何故なら、人は足で立ち、足で移動するからだ。足で攻撃しようにも距離が近ければ力も入らず、まして俺は武器を持っている。攻撃しても機動力をそがれるのが見えている。また、上半身で攻撃をしようと思えば自然と足が動く」
足を集中的に攻撃するヴァスコ。フブキは、所々かすりながらもなんとか防いでいた。
「どうやら、お前のあの妙な防御壁は膝より上からしかないようだな」
だったら俺とは最悪な相性だ! そう叫んだヴァスコは、跳ねて飛び上がり、上から拳を振り下ろした。必要に足へのダメージを蓄積されたフブキは、その攻撃の重さの耐えきれず、片膝を付く。
片膝をついて小さくなった彼女を、まるでボールでも蹴るように、ヴァスコは蹴り飛ばした。
その様子を見ていたヒナもナデシコも、一輝も驚きを隠せなかった。
(あのフブキちゃん先輩があんなに苦戦するなんて)
動かない体を必死に起こし、辛うじてその戦いを目にしていたヒナが驚愕する。あの先輩が、あそこまで押されているのを今まで見たことがないのだ。それはナデシコも同様だった。
パラパラと木のクズが落ちる音が鳴り、フブキはゆっくりと立ち上がった。
今の攻撃では致命的なダメージは負っていないようだ。だが、確実に弱ってはいる。
「いいセンスだ。とっさに自分の背中に壁を造ったな。流石は、防御の魔法といった所か」
「…………」
「今までの攻防を見ていれば、お前の魔法が防御の類であることはわかる。だが残念だったな。お前の防御範囲外からの攻撃が得意な俺が相手だ」
またしても低姿勢を取るヴァスコ。
フブキは、呆然としたように立ち尽くす。傍から見れば戦意を喪失しているようにも見える。
だが、例え戦意喪失だとしてもヴァスコは攻撃を辞めるつもりはない。立ち上がったのなら、それはまだ戦闘続行の合図だ。
また地面を這うように突進する。
フブキとの距離が2メートルを切ったところで、フブキは手に持つ盾を迫りくる敵に向かって、投げた。
「!?」
あまりの常軌を逸した行為に、ヴァスコに一瞬の戸惑いが生まれる。だが、彼はそれをいとも簡単に弾いた。
弾かれた盾は木へと刺さり、そのまま自重によって地面へと音を立てて落ちる。
武器を投げた事を、彼女の戦意喪失による悪あがきだと思ったヴァスコは反応に遅れる。フブキは、盾を弾いた手とは反対の彼の手を、蹴ってきた。
払った手と払われた手。一瞬無防備となった彼の胴に、フブキの斬撃が容赦なく振り下ろされた。
「ちぃ!」
慌てて回避するも、彼はその斬撃をもろに喰らってしまう。距離を取ろうと後ろに飛び退くも、彼女の追撃がそれを許してくれない。
空へと飛び上がったヴァスコを、彼女は地面へと叩きつける。
地面へと転がるヴァスコに向かって、彼女は今度は剣を投げた。それは彼に当たること無く地面へと刺さる。それを好機とばかりに、ヴァスコは彼女への攻撃を試みる。何故なら、今彼女は武器を持っていないはずだからだ。
だが、素手の彼女は意外にもヴァスコに向かって突進してきた。そして、回転しながら落ちている盾を拾い上げ、ヴァスコの攻撃を防いだ。その回転の勢いのまま回し蹴りも放つ。
「こいつ、さっきまでと戦い方が……っ!!」
突然の変化に戸惑いながら対処する。気が付くと、彼女は剣まで回収していた。
持ったばかりの武器を、またヴァスコに投げる。剣、そして盾の順番で放られたそれは、彼によって弾かれた。そして、目の前に現れた彼女は、弾いた動作で反応の遅れたヴァスコを素手で掴み、投げ飛ばした。
「ぐっ!」
木へとぶつかった彼は、反射的に身を起こし、身構えた。だが、追撃はなく、彼女はこちらを見たまま動かない。
「この、武器を過信せず手放すことを躊躇しない戦い方……武器の本来の使い方に拘らない流れるような戦闘のやり口……そうか、やはりお前は……」
何か思い当たるフシがあったのか、ヴァスコは低い姿勢を止め、真っ直ぐにフブキを見つめた。
(過去数多く戦った魔法少女の中でも、そんな戦闘方法を得意としていた奴は、1人しか知らねぇ……だとしたら、こいつは)
今まで抱いていた違和感の答えにたどり着いたヴァスコは、笑わずにはいられなかった。不気味に腹を抱えて笑うそれは、実に不気味だ。
「おい、今日のところは一時休戦といかないか?」
「何?」
急な提案に、戸惑いの表情を隠せないフブキ。それは、周りで聞いていたナデシコやヒナも同じだった。
(バカな、あの戦闘狂のヴァスコが一時休戦だと!?)
それは一輝も例外ではなかった。ヴァスコが一体何を考えているかさっぱり分からない。戦闘をすることに生き、戦闘するために存在するような彼が、一体何の目的で戦闘を一時中断するのか。
「逃げる気か?」
「おいおい、そりゃセンスのないギャグだ。状況を考えろ。俺は今からでもそこに倒れてる2人の魔法少女と1人の人間を襲うことも出来るんだぜ? 行動不可の2人を守りながら、俺を倒せるのか?」
「……」
「見逃してやる、そう言ってるんだよ。見逃す代わりに、フブキだったな。お前の魔法の名を教えろ。能力じゃない、名前だ。それを代償にこの場を退く事をここに誓おう」
ヴァスコの提案に、フブキは苦悩する。確かに、今こうして戦えているのは、彼が麻痺している2人を襲わず、1対1の勝負にこだわっているからだ。
彼が1対1でこだわらなくなったとき、彼女たちを守りきれるかは保証できない。
フブキ的には、ここで魔族を見逃すこともしたくなかった。
だが、この場には一般人の一輝もいるのだ。彼を死なせてしまったらナデシコに合わせる顔がない。ならば、彼の条件を飲む他ない。
自分の魔法の名前を教えるだけでこの場から去ってくれるのなら、安い取引だった。
「いいだろう、私の魔法の名前を教えるだけでいいんだな」
「あぁ」
「その前に1つ聞かせろ。あの2人の麻痺は治るんだろうな」
鋭く睨むフブキに、ヴァスコはやれやれと肩をすくめた。
「あと1時間もしないうちに効果は切れるだろう。後々戦う予定だったんだ。永続するような麻痺毒を打ち込むわけないだろう」
「……そうだな」
敵の言葉ながら納得せざるを得ない。少し考えればわかることだが、どうやら本人が思っている以上にフブキは仲間想いのようだ。そんな事を考える余裕さえなかった。
「遮雲断霧」
フブキは小さく呟いた。諦めたようにも見えるし、悔しそうにも見える。
「遮雲断霧か……いい名だ。それでは、約束通りこの場は去るとしよう。覚えておけ、俺の名はヴァスコ。九頭龍が1人、ヴァスコだ。また相まみえよう、遮雲断霧の魔法少女フブキよ」
そう言い残すと、ヴァスコは本当にその場から去った。去った直後は、何かの罠、あるいは油断させるための策略かと思い警戒を怠らなかったフブキだが、それは杞憂に終わる。
辺りに対する警戒を解いたフブキは、倒れる2人の側まで駆け寄る。
「大丈夫か、2人とも」
「……面目ないです」
「ハハッ、カッコよかったよフブキちゃん先輩」
今だ動けない2人は、体の自由が効かないだけで、その他は至って大丈夫そうだったことに安堵する。
「その先輩……すみません」
一輝は、一応謝った。この場面で謝罪の1つでもないのは流石に不自然だからだ。
「いや、ここに来るなと警告しなかった私の不注意だ。逆に巻き込んで済まなかったよ、織田一輝」
「そんなっ、俺が勝手に首を突っ込んだだけで」
心苦しそうに言う一輝だが、何よりも心配しているのは、これを機に二度と魔法少女に関わるなと言われることだ。
そうなっては、おいそれと行動することができなくなる。
「謝るだけじゃ俺の気が済みません! 俺に何かさせて下さい! 何でもします!」
とりあえずそう述べた。魔法少女との関わりを断ってはならない。断られても彼女がOKと言うまでは粘るつもりだ。
一輝の言葉を聞いたフブキは、考える素振りをするように顎に手を当てうーむと声を出す。
数秒後。
「そうだな。じゃぁちょっと手伝ってもらおう」
フブキは、ニヤリと笑った。
とりあえず、魔法少女との関係を繋ぎ止められた事に、ひと安心する一輝だった。
次回更新は、2月21日(土)の予定です




