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Dog run for the Red threads

作者: 鈴木真心

tm様主催『星企画』に参加させていただきました。

素敵な企画をありがとうございました!


「犬ってね、人には見えないものが見えるんだって」

「幽霊とかおばけとか?」

「うん」

「……マジで?」

「うん」

「……やだ、おどかさないでよ」

「あはは、だよね」

「なんだー、冗談なの?」


 サッちゃんは強張った肩をようやく緩めて、気が抜けたみたいに笑った。


「お姉ちゃん、こわがりー」

「見えないものはこわいよ」

「ふふっ、まあね」

「何、含んだみたいな笑い方」

「別に。でも、幽霊とかおばけとかじゃなくても、何か見えてるかもよ」

「何かって?」

「例えばそうだなあ……赤い糸とか」


 スーちゃんはそう言って、アタシを見て、にこりと笑った。



 帰り道、夕焼けがきれいな土手を歩きながら、さっきの話がこわかったのかびっくりしたのか、サッちゃんはそればかりをアタシに話していた。


「ねえ、染め蔵さんはどう思う?本当に見えると思う?染め蔵さんは見えてるの?」


 さて、一見して会話が成り立っているようなそうじゃないような状況だけど、アタシは人じゃなく犬だ。

 名前をぞうといい、室井むろい家に飼われているので、ご近所のおばさま方には“室井さんちの染めちゃん”と呼ばれたりもする。

 犬種は自分でもよくわからないけど、みんなが言うには、黒柴が混じっているらしい。

 今だにアタシに話しかけながら隣を歩く彼女は、室井サチ。

 アタシはサッちゃんと呼んでいる。

 室井家の長女で、アタシのご主人さまだ。


「スナオってば、すぐこわがらせるようなこと言うんだから。ねえ、染め蔵さん」


 目を合わせて困ったように笑うサッちゃんに、「ワン」とだけ答えておいた。

 サッちゃんが言う“スナオ”とは室井家次女のことであり、さっき、アタシに向かって意味ありげににこりと笑った彼女のことだ。

アタシはスーちゃんと呼んでいる。

 一年くらい前にお嫁にいって、今は櫻井さくらいスナオという名前になったらしい。

 うちから歩いて二十分のところに住んでいるので、たまにこうして、サッちゃんがお休みのときは一緒に遊びに行く。

 お散歩にはとてもちょうどいい距離だ。

 最近、スーちゃんのお腹がやけに大きくなってきて、サッちゃんはそれをとても心配している。

 だからきっと行く回数が増えたんだと思う。

 病気じゃなければいいけど、たぶん、あれは違う。

 お腹からときどき、何だかしあわせそうな声が聞こえるもの。


「サッちゃん、スーちゃんのお腹にいる人、誰なの?」


 首を傾げて聞いてみたけど、サッちゃんはさっきの話で頭がいっぱいみたいだった。

 サッちゃんはアタシの言葉がわからない。

 そもそも、人のほとんどはアタシたち犬の言葉がわからなくて、わかる人なんていないと思ってた。

 わからなくたって、サッちゃんやサッちゃんママみたいに、気持ちを汲み取ってくれる人もいるけど。

 スーちゃんはもしかしたなら、アタシ達の言葉がわかるのかもしれない。

 アタシがなにかサッちゃんに言うと、「今ね、染めが“サッちゃんだいすき”って言ってたよ」とか、そのとき話したことをしっかり伝えてくれたりするから。

 サッちゃんも、言葉が通じたならいいのに。

 まだまだ独り言の続くサッちゃんをちょっとだけ心配になりながら歩いていれば、前から、ゴールデンレトリバーのマイクと彼のご主人さま、三宮みつみやたけるが歩いてきた。


「よう、染め」


 予想していたようにマイクが言ったので、アタシは呆れて首を振った。


「あんたも大変ね」

「まあ、オレはいいんだけどさ。休みの日は散歩が五回もあるんだぜ」

「連絡先、交換したんじゃないの?」

「オレのご主人さま、あれなんだよ。えっと……あれだ、“へたれ”」


 にかっと歯を見せて笑ったマイクに、やっぱり呆れてしまった。


「でもさ、悪くはないと思うんだよな」


 マイクがくいっと鼻先を向ける。


「まあ、三宮尊次第ね」


 その先には、三宮尊の左小指からゆるゆると動きに合わせて揺れる、細くてきれいな赤い糸。

 まだ繋がってはいないけど、向かう先は、サッちゃんの左小指だ。

 サッちゃんのそこにはまだ、赤い糸はない。

 三宮尊次第、まさにそうなんだろう。

 アタシたちの会話をサッちゃんが聞いたら、やっぱり、びっくりするんだろうか。



 アタシとマイクがそんな会話をしているあいだ、サッちゃんと三宮尊に進展があるかといえば、そういうわけじゃない。


「あ、三宮くん」


 出会い頭にサッちゃんがそう言って笑えば、三宮尊は今気づきましたとばかりに、「あれっ、室井?」とおおげさにびっくりして見せた。

 サッちゃんはどちらかといえば鈍い方だから気づいてないけど、どう見たって今のはわざとらしかった。


「三宮くんもお散歩?こんにちは、マイク」


 慣れた手つきでマイクを撫でるサッちゃんを見つめる三宮尊は、嬉しそうで、ちょっぴり照れくさそうだ。

 そういう顔は、サッちゃんと話してるときにしたらいいと思うのに。


「よく会うね」


 サッちゃんが顔をあげたとたん、三宮尊はいつものぎこちない笑顔に変わってしまった。

 これが、マイクの言った“へたれ”っていうやつなんだろうか。


「マイクがさ、散歩連れてけって大騒ぎでさ」


 今アタシは、完全に“へたれ”がなんたるかを理解した……素直じゃない。


「あんたのせいになってるよ」

「本当、ご主人は“へたれ”なんだからなあ」


 マイクは気にしてないようで、舌を出して「へっへっへっ」と息づかい荒く演技までして見せた。

 それを見た三宮尊が、そっと息をはく。

 なんてご主人さま思いなんだ、マイク。


「染めもさ、ちょっとは協力してやってくれよ」


 またサッちゃんに撫でてもらったマイクは、上機嫌でそう言うけど。


「サッちゃんがその気になったらね」

「サッちゃん……なるかなあ」


 今のままじゃならないだろうけど、マイクの残念そうな顔を見たら、それは言えなかった。

 しかし、それでもなんとかがんばろうとしているは、“へたれ”三宮尊その人だった。


「あの、む、室井はさ、いつもなにしてるの?」


 よくがんばったと褒めてあげたいけど、


「?お仕事してるよ。あれ、言ってなかったっけ?わたしね、大学出てからずっと、子供塾の講師やってるんだ」


 鈍いサッちゃんに、その質問はおおざっぱすぎた。


「子供塾の講師?」


 しかも知らなかったんだ。

 本当、どうやって連絡先交換したんだろう。

 おおかた、あれかな、サッちゃんの友達でやたら派手な女の子がいるけど、あの子が上手くやったのかな。

 合コンずきだって、前に聞いたことがあるし。


「サッちゃんて鈍いね」

「今のは三宮尊がよくなかったよ。よく連絡先交換出来たよね」

「なんか、ゴウコン?とかで、みんなと交換したんだってさ」

「やっぱり合コン、ね」

「それなんなの?」


 それだけのことをマイクに話してて、合コンがなんたるかを教えてないのか。


「合同コンパ。男女が楽しくお酒を飲みながら、出会いを探すパーティーなんだって」


 と、いつだったかその派手なが言っていた。

「じゃ、サチ借りてくねー染め!」ってアタシに手を振りながら。

 あれは……あのは、とにかくものすごいインパクトあるだった。

 手を振った勢いで耳についた飾りがジャランジャラン揺れまくってたもの……目元も黒い線がはっきり入ってて、細かくウェーブした髪は金色だったけど……あれがよく聞くガイジンさんていう人なんだろうか。

 顔はニホンジンみたいだったんだけど……。

 ぼんやりと思い出していたなら、「わあ」とサッちゃんが声を上げた。


「ほら、三宮くん!染め蔵さんにマイクも!見て、星が出てる!」

「あ……本当だ」


「立秋も過ぎて、ずいぶん日が落ちるのが早くなったよね」とか、三宮尊がまた、あんまり気の利かない普通のコメントをしていた。


「なんかもっとさあ、うちのご主人もオシャレなこと言うべきだよなあ」

「本当そうよね」


 夕方を過ぎて少しずつ夜に近づく土手からの景色は、確かに、オシャレな言葉の一つも出てきたっていいと思う。

 だって、三宮尊の赤い糸は確かにサッちゃんに向かっていて、気づいて、気づいてって、ずうっとゆらゆらしているんだから。

 だからきっと、


「う、わっ、染め蔵さん!?」

「おわっ、なんだよマイク!?」

「わっ……」


 ちょっとだけ、背中を押したっていいのかもしれない。


「あーあー、ご主人、真っ赤になっちゃって」

「そりゃそうよ、サッちゃんに抱きつかれたんだから当たり前でしょ」


 正しく言えば、背中を押したわけじゃなくて、リードを引っ張ったのだけど。

 マイクと示し合わせて上手くやった結果、足を取られた二人はバランスを崩して、それでもなんとか、サッちゃんを支えた三宮尊は……まあ、彼にしては上出来だ。


「ほ、星、綺麗だね」

「え、ああ……うん……」


 動揺した三宮尊がようやく、ちょっとだけ気の利いたことを言った。


「あれ、オシャレな言葉?」

「くっついて言えただけ、ロマンチックじゃないの」


 マイクもまだまだ、乙女心がわかっていない。

 たまにはいいじゃない。

 ご主人さまのために、赤い糸のために、走ってみたって。

 光りだした星が、ゆるくゆるく、ほんの少しだけ、サッちゃんの小指の細い赤い糸をキラキラと照らしていた。




「で、あんたはいつまで引っついてるのよ」


「う、わあ!?」

「あっ……ちょ、三宮くん大丈夫?ごめんね、染め蔵さんたら、急にまた走り出したりして……どうしたの?」

「ワンッ」


「ご主人、転んだ」

「あんたね、もっとちゃんと自分の主人を見張ってなさいよ」

「なんだよー、どういうことだよー」


 これもまた、乙女心なのだ。


「妬いてんのか、染め」


 マイクが呆れたみたいに笑う。


「言葉じゃなくたって、ちゃんと表せば伝わるものもあるの」


 だからまだアタシは、いとしのご主人さまを誰かにあげるわけにはいかない。

 ましてや三宮尊は“へたれ”なのだから。

 星空の下、アタシは少しだけ、いじわるく笑って見せた。

Dog run for the Red threads

(赤い糸のために犬は走る)


企画にギリ掠ってるかどうかっていう話になりましたが、犬と星空とほんのりラブがメインです。

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