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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第一章
9/81


「嫌がらせか?」


 今夜もやってきたレグルスに、ラスは思わずそう尋ねてしまった。


 これでこの男が通い続けて1週間になる。

 はっきり言って前代未聞。帝都ガルディアに住む者たちは、身分が上から下の者まで一体どうしたことだと驚愕した。

 あの皇太子が、いったいどういう風の吹きまわしなのか。

 本当にその側室に入れ込んでいるのか、それともいつものきまぐれか。

 様々な者たちの、様々な予想や思惑が飛び交い始めていた。


 特にひどかったのは、例の嫌がらせだ。

 重ねられる逢瀬の分だけ、嫉妬に狂った女性陣のイジメがエスカレートしていく。

 最初は扉の前に妙なものを置かれたり、下女たちがラスの用事を忘れたふりをしたりといった程度だった。それが食事に毒物を混ぜられたり、外を歩いていたら建物の上から植木鉢を落とされたりと、いささか冗談では済まない範囲に至っている。

 別にそんなことで精神を病むほど繊細ではないし、持ち前の勘の良さで致命的なものは回避し続けているラスだったが、いろいろと辟易するのも無理は無い。


 そんなラスの周りで働く侍女たちにも、少なからず影響はあるだろう。

 あのシュニアはともかくとして、あの少女たちは大丈夫だろうかと当初ラスは心配だった。

 しかし侍従長が送ってきた人材だけあって、3人ともその辺りはうまく立ち回っていてくれるようだ。

 後片付けやらなにやらで増えた仕事も、きちんとこなしてくれるので助かっていた。


「おまえ自覚あるのか?おまえがここに来るたび、俺が嫉妬の嵐の対象になるんだ。どう考えても俺へのあてつけの為にやっているとしか考えられない」


「……なんだ、助けてほしいのか?」


「いや別に」


 意地からではなく、本心でそう思ってラスは即答した。


「だったらいいだろ」


 レグルスはそのままラスの体を抱きしめる。

 また今夜も寝不足か……と諦めかけたラスの目に、ふとレグルスが右耳につけているイヤリングが目に入った。レグルスの瞳と同じ色の宝石が使われた、卵型のイヤリングだ。

 何故か見覚えがあるような気がして、この頃レグルスがよく身につけていることを思い出す。


「最近よくつけてるよな、それ。つーか何で片方だけ?」


 ラスの質問に、レグルスはああこれか、と耳に手をやる。

 イヤリングは二つで一対だ。片方だけをなくしたら、なくした方をもう一度注文するか、もうつけないのが普通だろう。


「もとはきちんと二つあったが、片方はあるやつにやった。もう随分前だが……」


「へー、気に入ってんだな」


 それはイヤリングのことであり、その片方を贈った相手のことでもあった。

 片方だけでもつけているというのは、そういうことであろう。


「ああ、そうだな。気に入っている」


 噛みしめるようにそう言ったレグルスは、いつもと少し違う気がした。

 穏やかに懐かしむようで、どこか激しさを潜ませている。それでいて不思議と透明な雰囲気。

 思わずラスはその表情に見とれ、同時に自分の中の何かがザワリと動いたような気がした。







 シュニアの機嫌が悪い。

 おそらく、あの侍女3人が来てから。


「えーとシュニア。ちょっとどう言ったらいいのかわからんが、あーつまり、俺にとってはおまえが一番の侍女なんだから他のやつなんか気にするな?」


「何馬鹿なこと言っているんです。それじゃ口説き文句ですよ。まかり間違って私がそっちの道に足を踏み入れたらどうしてくれるんですか?責任とってくれるんですか?」


「ちょっと場をなごませようとしただけなのに……」


「ドレス姿で言われてもときめかないので意味ないです」


「じゃあラス・アロンの格好ならいいのか?」


「……」


 ラスに言われて、シュニアはその様子を想像してみた。

 そして思った。ちょっといいかもしれない、と。

 本人はなかなか認めようとしないが、シュニアはラスの男装姿の熱烈なファンだった。


 心を落ち着けるため、シュニアは大きく息を吸って吐いた。

 仕切り直しである。


「……いいんですか?彼女を放っておいて」


「構わないさ。今のところ別に実害があるわけじゃないしな。隠れていろいろやっているみたいだが、大したことはできないだろ」


 それに、とラスは続ける。


「可愛くて一生懸命な女の子って、見てるとちょっと和むだろ?」


「この天然たらし。……わかりました。ラスがそう言うなら私は静観します。でも危険だと判断したら、勝手に処理しますからね」


(なんだかんだ言って、俺のこと好きだよな、シュニア……)


 などと、シュニアに聞かれたらまた怒られそうなことを考えつつ、ラスははいはいと気のない返事を返すのだった。







 明け方近く、まだ暗い部屋の中で動きまわる影があった。

 軽い足音。闇の中、焦ったような息遣いが響く。

 やがて影が見つけたのは、一つの入れ物。六角形の角それぞれに華奢な足がついている。小さな水晶が散らされた銀細工のそれに、影が手を伸ばす。


「それ、触らない方がいい」


 影に対してラスは忠告した。 


「ちょっと特殊な代物でね。登録されていない人間が触ると、毒針が出る仕掛けがしてある」


 影が触れようとしていた箱は、ラスがエンダスから持ち込んだものの一つだ。

 もちろん毒といっても命に関わるものではないのだが、それはわざわざ教えてやる必要もないだろう。


 入れ物の機能に驚いたからか、ラスに見つかったからか、影はそのまま走って廊下へと逃走した。


(まだ何かいるな……)


 もはや廊下へ逃げた影のことは気にせず、ラスは残りの気配を追った。

 こちらは先ほどの影とは違い、鋭い殺気を帯びている。


(窓の外、潜んでいるのが3人。木の上に一人、地上に二人……)


 ラスは先程影が触れようとした銀細工の入れ物を開けた。当然、主であるラスが触れているため何も起きない。

 中から出てきたのは、赤い石だった。つるりとした楕円形で、その中央には白い六方の星が浮かんでいる。

 それを手に取り、ラスは窓の外へ出た。バルコニーをゆっくり頼りなげに歩く。まるで目覚めたばかりのように。

 ラスは手の中の石をギュッと握りしめる。石は淡く発光すると、一瞬にしてその身を剣に変えた。

 細身の銀色の剣。その付け根には、白い星の浮かぶ赤い石がある。

 ラスはその剣を、木に潜む者に向かって投げた。


 潜んでいた影はまんまと隙を突かれ、回避が遅れた。のどに突き刺さった剣は、あっさりと相手の命を奪う。不思議と傷口から血は出ていなかった。

 次いでラスは、バルコニーから木に向かって跳んだ。部屋は二階だというのに、その動きに迷いは無い。

 空中で人間ごと木に突き刺さった剣の柄を掴み、そのまま落下する。

 落ちる勢いで一人を薙ぎ払う。そのまま反転して、もう一人の肩口に剣を突き刺した。

 覆面の男がうめき声を上げて倒れる。


「捕まえた。さて、誰の命令で来てるのかな?」


 ラスは男を見降ろしつつ問うた。一人は生かして情報を吐かせる、というのが一応基本だ。

 うまく取り押さえられたという油断もあっただろう。

 何かを噛むような男の動きに、ラスは一瞬反応が遅れた。


(しまった!)


 気付いた時には遅かった。

 即効性の毒だったらしい。既に男はこときれていた。


「あーあ、失敗した。つーか完全に玄人だよな、これ……」


 いよいよきな臭くなってきた。


(あー、この死体の片づけどうすっかな……)


 まさか放置するわけにもいかない。かと言って部屋に置いておくのも気分が悪い。

 シュニアに頼んで処理してもらうのが無難だろうが、寝起きにそんなこと頼んだら、おもいっきり不機嫌そうな顔をされるだろう。

 あと、あてになりそうなのは……


(あ、この気配……)


 覚えのあるものだった。それも結構近い。

 けれどその方向からして、どうやら場所は屋外だ。


(こんな時間に、何やってんだ?)


 剣を石の形態に戻し、ふらふらとその気配の元へ歩いて行く。

 たどり着いたのは中庭だった。

 見覚えのある後ろ姿。空気を切り裂く、剣の音。


「レグルス……」


「なんだおまえか。朝っぱらからどうした?」


 汗を滴らせ、心なしか息を弾ませたレグルスがいた。

 ラスは簡単に事情を話し、死体の件をどうにかできないか相談した。


「いいぞ、そのくらい」


 と、レグルスの返事はあっさりとしたものだった。


「マジか。ラッキー!」


 これでシュニアに睨まれなくて済む、と喜んだラスだったが、一瞬後には後悔することになる。


「別にいいさ。この借りはいつか返してもらうからな」


 世の中ただより高いものは無い。

 何を要求されるやら、と頭が痛くなるラスだった。


 しばらくラスはレグルスの動きを眺めていた。


(暗いうちにベッドから抜け出して何をしていると思えば、剣の鍛錬だったとはな……)


 無駄のない、しなやかな動き。スピード重視のラスのそれと異なり、力強さが感じられる。

 夜だってともに過ごしているはずなのだが、剣をふるっているせいか、今はレグルスが妙に男っぽく思えた。


「いつまで見ているつもりだ?相手、してくれないのか?」


 眠気混じりにぼうっと見ていたラスに、レグルスはしばし手を止めて声をかける。


「俺、寝間着姿なんですけど……」


 ずるずる引きずるようなそれは、とてもではないが剣の練習には向かない。

 先程は着替える余裕がなかったため仕方なくこのまま立ちまわったが、レグルス相手にこれは無謀というものだろう。

 だが一戦士としては、この強敵相手に戦ってみたいとうずうずする気持ちがある。

 魅力的な申し出だが、また別の機会にまわすしかない。


「また今度な。ちゃんとした格好でやろうぜ」


 声を弾ませそう言うラスは、やはり心を抑えきれないとばかりに嬉しそうだった。


「いいだろう」


 それを見て、レグルスも柔らかく笑う。


 レグルスもきっと、自分と剣を交えてみたいと思っている。

 自分と同じ気持ちだ、と不思議とラスにはわかった。


 太陽が登り、世界に光を満たす。

 レグルスに少しだけ近づけたかもしれない、とラスが初めて感じられた瞬間だった。

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