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残酷な描写というか、表現はそんなにでもないですが、ちょっとだけ生々しいものが出てくるので一応注意……
翌朝。
ラスは扉のまえにある“それ”を目を細めて見やった。
「うーわー」
(超ベタな展開だな……)
呆れたらいいのか、感心すればいいのかわからない。
「片付けが面倒ですね」
とシュニアは結構ドライだ。
血の滴る“それ”を手袋ごしに持ち上げている。
「これ、食べられますかね?」
「おまえって意外とワイルドだよな……」
「あなたに鍛えられましたから」
ラスと出会わなければ、シュニアは精々、見た目に反して肝が据わっていると表現される程度だったろう。
表情一つ変えずに狩りで仕留めた動物を調理したり、息一つ乱さず不審者を撃退したり……すべてラスに出会ってから身に付けたものだ。
思い当たる節がありすぎて、ラスの目が泳いだ。
「あー、一応食べるのはやめといたほうがいいんじゃないか?毒でも入ってたらヤバいし」
いくら新鮮そうでも、何のものかもわからぬ内臓は口にしない方がいいだろうとラスは思う。
「もったいないですね。ちゃんと料理すれば食べられるのに」
惜しそうに言うシュニア。
もしかしたら本当に今日の食事になる代物だったのかもしれない、などとラスは想像して、実際にそんな料理が出てきたらたらどうしようと、いつもの豪胆さに似合わぬことを考えた。
目をそむけはしないだろうが、きっと気分は良くない。
もっとも、動物の臓物ぐらい簡単に手に入れられる。
その分、犯人の特定も難しいだろう。
(十中八九あいつの女関係だろうけどな……)
朝には部屋から姿を消していた、一応夫の顔が思い浮かぶ。
疲れて寝ていたとはいえ、気配に聡いラスに気付かれることなく部屋を出て行ったレグルスは、やはり戦士として一流だ。そこは素直に感心できる。
女を放り出していくその行動は、決して褒められたものではないだろうが。
シュニアは手に持っていた代物を、どこからかもってきた袋の中に入れた。
そして絨毯の汚れてしまった部分をじっと見つめる。
「この血と臭い……シミ抜きしてもどうにもならないかもしれないですね。ラス、お願いします」
「俺にやれと……?」
「なんのための魔術ですか」
「たぶん、こういうことのためではないと思うんだが……」
真顔なシュニアの迫力に負け、ラスは汚れた絨毯の上に手をかざした。
魔方陣が浮かび上がり、淡い青の光を放つ。数秒して光が消えると、そこは元の綺麗な状態に戻っていた。汚れや臭いのもとになる物質を分解したのだ。
本来魔術に必要なスペルは省略。無駄に高度な技術である。
「完璧です。流石ラス」
「ありがと……」
(どうしてだろう。最近褒められてもうれしくないことが多いな……)
無駄に満足げなシュニアに対し、ラスはやや引きつった顔で笑うしかなかった。
「セシル・コードリーと申します」
金髪の少女は理知的な光を瞳に宿していた。
「マリア・タイレンです」
黒髪の少女はどこかマイペースそうで、のんびりした口調だ。
「フィ、フィリーナ・ルーベンです」
栗色の髪の少女は緊張しているのか、声も体も小刻みに震えている。
名乗った三人は、ラスに新しくつけられた侍女たちである。
全員おそらくラスより年下だろう。
(確かにあの侍従長、侍女を手配するって言っていたが……)
さすがに三人も寄こすとは思わなかった。
ラスは基本的に自分のことは自分でする。ドレスの着付けなんかは一人で難しいときもあるが、それだってシュニア一人いれば十分だ。
世間一般の姫君がどれだけ侍女を侍らしているのかラスは知らないが、むしろ部外者が多いと身動きがとりにくくて困るのだ。
「セラスティア・アロンです。新しく来てくださった侍女の皆さんが可愛い方たちばかりで嬉しいわ。この国にはまだ来たばかりで至らないところも多いので、皆さんよろしくお願いしますね」
自分の心情を隠しつつ、にっこり柔らかく微笑むラス。
その笑顔を見て、三人の少女は頬を染めた。
「相変わらずのたらしっぷりですね……」
というシュニアの小声は、聞こえなかったことにする。
ぼうっと見惚れる少女たちの耳には、あっさりと素通りしていることだろう。
「「「わ、私たち……精一杯お仕えします!」」」
頬を染め伏せ目がちに言う少女たちに、可愛いからまあ許そう、とラスは思った。
そして夜。
「何でここにいるんだよ、おまえ……」
眉を寄せてラスは尋ねた。
「来ちゃ悪いのか?」
顔色一つ変えずにレグルスは答えた。
「悪いっつーか……」
(同じ女は一回しか相手しないんじゃなかったのか?)
ラスの心の中で頭を抱えた。
朝の超ベタ展開に対し、今度は予想外すぎる。昨日に引き続き、一応夫にあたる人物がまたラスの寝室へとやってきたのだ。
(てっきりこれからは一人で熟睡できると思ってたのに……)
「ほう、これはすごいな」
レグルスの感心する声で、ラスははっとした。
同時にしまったと思った。
今、ここには……
「四重結界だな。盗聴防止、外部からの物理・魔術的攻撃の無効化、魔術の痕跡の隠匿……最後のはなんだ?」
「安眠用……」
もはややけになってラスは答えた。
てっきりもうレグルスは来ないと思ったラスは、自室に結界を張っている途中だったのだ。
完成前だったそれは、ちょっとばかり魔術をかじったことがある人間になら、内容は丸わかりだろう。
侵入者対策用の魔術もとり入れるべきだろうか、とラスは本気で思った。
「いい腕だ。あまり見たことがないタイプの魔術だが……」
「お褒め頂いて光栄の至りだ。独学な部分が多いからな、俺のは」
正式に師から習ったのはごく短期間で、その後はラスが自分で研究を進めていた。
実用面を追求しすぎて、いろいろと複雑な作りになっているのだ。
「こんな怪しいもの作ってたんだ。そんな側室の部屋で休む気はなくなっただろ?」
むしろ今すぐ帰れ、という念をこめて言うラスだが
「いや全然」
レグルスは、そんなラスをあざ笑うかのように即答した。
「そこは空気を読んで立ち去れよ」
「どうしようが俺の勝手だ。おまえの事情など知ったことか。……なぜそんなに俺を拒む?」
「拒むっつーか、普通嫌だろ。魔術の構成を人に見られるのは」
「……ああ、なるほど」
レグルスはようやく思い当たったという顔をした。
魔術というのは学問の一つではあるものの、使い手によって個人差がかなり大きい。
どのように構成するのが一番効率が良いのか、魔術師は研究に精を出し、結果できたものは彼らにとっての貴重な財産だ。
魔術は一般の生活にも利用されるが、一番多いのは戦場での使用である。
魔術の構成を敵に知られるということは、魔術師にとって致命的だ。故に、彼らはなかなか自分の技術を他人に見せようとはしない。
「わかったなら出て行ってほしいんだが……」
「ならしばらくの間目を閉じておいてやる。その間に完成させろ。どうせ不可視の効果もつけるのだろう?」
「いや、素直に部屋から出ろよ」
「自分の夫を追い出して廊下に立たせる気か?」
そんなもの誰かに見られたらどんな噂をたてられるやら。
いや、レグルスが同じ女のもとを二度も訪れた時点でアウトかもしれなかったが。
「……わかった。おまえ、どうあっても出て行く気は無いんだな」
ラスはついに男を追い出すことを諦めた。
この国に来てからというもの、諦めとか妥協ばかりしている気がするラスであるが、これ以上未完成の結界を人目にさらしておく方が耐えられなかった。
「絶対に見るなよ」
何度もレグルスに念を押しながら、黙々と作業を続けるしかなかった。