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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第三章
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71


 帝都の象徴にして、政治の中心たるガルディア城。

 帝国が出来たのと時を同じくして建築されたこの城は、皇族たちの住まう豪華さを極めた各宮と違い、荘厳ではあっても華美ではない。

 立場上ラスは何度かこの城に訪れていたが、そのどっしりとした雰囲気には、重苦しいと感じるより親しみさえ抱けるような気がした。

 けれど、今はそれを気にする余裕もあまりなかった。

 周囲の人間に見咎められないようにしつつも、少し足早にラスは上階へと向かう。

 用事が済んでもまっすぐに皇太子宮へと戻らないのは、その前に見ておきたいものがあったからだった。

 ある程度の高さなら、どこでもよかった。

 しばらくして、ラスは適当な窓から外を覗く。


「行った、か……」


 ラスはふうとため息をついた。

 彼女の視線の先にあるのは、地上を進む一団だ。

 要人を乗せた馬車と、その警護に当たる者たち。

 既に距離が出来過ぎて細かい判別はつかないが、そのうちの何人かは彼女のよく知る相手なのだろう。


 エンダスの親善大使一行は、ようやく帰国の途につく。

 挨拶は既に済んでいる。それが例え、公の場での義務に等しい別れの口上でも。


 後悔しているわけではない。

 こんなことをしたところで、何かが変わるわけでもない。

 ただラスは、この光景をきちんと自分の目で見ておきたかったのだ。


「なあリナ。どんな理由にせよ、帰ってくる事を望まれているって、それだけですごく幸せなことなんだと思うぞ。だから……」


 小さな呟きは、そのまま空気に溶けて消えた。

 ラスはしばらくの間、ただ無言でエンダスの一行を眺めていたが、やがて首を振ると軽く笑って踵を返した。


「さて、戻るかな」









 帝都のとある酒場。

 あまり繁盛していないのか客はまばらで、店内はどことなく薄暗さを感じさせる。

 昼間から酒専門の店に入り浸るのは、およそまっとうな職種の人間ではないだろう。

 瞳が濁り、身なりもだらしない者が多い。

 そんな中に、場違いなほど洗練された雰囲気の男が二人いた。


「それで、特に何もせずに戻って来たんですか?まったく呆れました」


 ロッソはじとりとした目で隣に座る金髪の男を睨んだ。

 ロッソはこの男、ハダルと一緒に行動するようになって、心底呆れるということにいい加減疲れさえ感じてきている。

 お互い利害が一致しているから共にいるのだから、あまり私情にかられて勝手なことをしないでもらいたいというのが本音である。


「酷いなあ。ちゃんと宣戦布告はしてきたよ」


「それだけのために、随分手間をかけていたようですが……」


「いいじゃないか、本来の目的は既に果たしたよ」


 対するハダルは悪びれもしない。

 そんな姿を見て思い出すのは、あのハダルの異母弟である皇太子だ。

 存外似た者兄弟なのではと思ったロッソだが、口には出さなかった。

 ハダルのレグルスに対する憎悪は、不用意に煽れるほど簡単なものではないからだ。


「まあ、これでこの国ともしばらくお別れかな。これ以上はレグルスに仕掛けが見つかる可能性が高い。できれば、もう少し彼女にアプローチしたかったんだけどね」


「……そうですか」


「あれ、もしかして怒ったのかい?」


「いいえ。どうして私が怒る必要があるんですか?」


 否定する割に、いつもより口調に辛辣さが増しているとハダルは思ったが、懸命にも言葉には出さなかった。

 お互い利用しあう関係でしかない以上、触れていい領域の線引きは明確だ。

 この薄氷の上に立つかのような関係を案外ハダルは気に入っているのだが、守るべき部分もきちんと心得ている。

 声に出したのは、別のことである。


「それにしても、レグルスはかなり慎重に動いているみたいだね」


「それは……あなたが後ろにいるからではないんですか?」


「まあ、それもあるかもね。でも、それにしても慎重すぎる気がするんだ」


 レグルスの性格を考えれば、やられっぱなしなどあり得ない。

 むしろ多少の傷を負おうとも、相手を壊滅させる有効な手段があるなら、迷いなくそれを選ぶだろう。

 現状それをしていないということは……


「もしかしたら薄々気付いているのかもしれないね。エンダスを滅ぼせば、彼女も無事ではいられないって」


 勝利を確信した瞬間に愛しい女の亡骸を抱くことになったなら、レグルスは一体どのような顔をするのだろう。

 考えてハダルはまた小さく笑った。

 そんなハダルをロッソはどこか冷めた目で見ていた。


「さあ、不和の種はまいた。いったいどんな花が咲くのかな」








「え~!セシル縁談受けるの!?」


 突然の告白に、マリアは素っ頓狂な声を上げた。

 対するセシルは冷静なものである。


「ええ。実家の方にももう伝えてあるわ」


 セシルはまず、従兄のバルドにそのことを伝えた。

 従妹からの了承の言葉に、バルドもひどく酷く驚いていた。

 何せ今まで渋り続けていたというのに、この突然の心変わりである。


「セシル、本当にそれでいいんだね?」


「はい」


「後悔、しないかい?」


「後悔しない人間はいませんわ、従兄様」


 セシルは今まで、多くの後悔をしてきた。

 望みの多くは叶わず、世の中は本当にままならないことばかりだ。

 けれど……


「逃げてばかりはいられないですから。まずは一歩進むことにしました」


「そうか……」


 まっすぐ見つめてくるセシルの目を見て安堵したのか、バルドは表情を緩めた。


「でも、可愛い妹がなんだか急に大人になったみたいで、兄としては少し寂しいかな」


「ふふ、そうですか?」


 これまでなら苦しくて仕方なかっただろう従兄の言葉。

 けれど不思議と、今ならば笑って受け止められた。


 この思いを伝えることは、生涯ないだろう。

 夢でも恋でもなく、家や家族を選んだ自分をいつか後悔するかもしれない。

 セシルはそれを理解しながらも、けれどそれでいいと思うのだ。

 自分と繋がる、自分を支えてくれる、そんな人たちがいることがよくわかったのだから。


 思い出したかのように柔らかく笑うセシルを見て、マリアが目を丸くする。

 次いで心配そうに問いかけた。


「でも、全然知らない相手なんでしょう?好きでもない人と結婚するなんて……」


「もし相手がどうしようもなく駄目で嫌な男で、私の心が折れそうになったら……その時はあなたに手紙を送るわ」


「え……?」


「辺境っていっても、手紙くらいは届くわ。ちょっと時間はかかるかもしれないけど……愚痴くらい、聞いてくれるでしょ?」


「っ!?もちろん!」


 頼りにしてと胸を張るマリアに、頼りになんかなるのかしらとセシルはからかうように笑う。

 どこかほんわかとする空気の中、しかし唐突に温度の違う言葉が響く。


「セシルさん、また私は除け者扱いなんですね……」


 そうぽつりと言ったのは、今まで会話に入れていなかったフィリーナである。

 ハッとなってセシルとマリアは、暗い顔をしたフィリーナを振り返った。


「いいんです。私がお二人に信頼なんかされるはずないですよね。どうせ私なんか大した力もないし、人見知りだし、元はスパイですし……」


 などと、フィリーナの発言は放っておくと、どんどん自虐っぷりを加速していく。

 セシルとマリアは慌ててそれを慰め、それで少しは浮上したのか、最後には手紙書くのはみんなにですよ、絶対ですよ、などと約束し合っている。


 色々と手続きや準備の類もあるため、セシルが職を辞するのが今すぐということではないのだが、残されたのは決して長いとはいえない時間である。

 だがそんな短い間でも、この三人の繋がりはより強さを増すことだろう。


 そんな一連の流れを側で見ていたラスとシュニア。

 ラスは笑いあう侍女三人娘の様子を眺めながら、一瞬ちらりとシュニアへと視線を向ける。


「こっちもまとまったみたいでよかった……でもなぁ、最近フィリーナ、誰かさんに似てきてないか?」


「何のことですか?まったく身に覚えがありませんが」


「……そうかい」


 しれっと言い切るシュニアに、ラスは肩をすくめただけである。

 それ以上言及することはなく、代わりにあっ、と何か思い出したかのように声をあげた。

 ごそごそとドレスの隠しポケットを探し、ラスは取り出したものをそのままシュニアへと渡した。


「そうだ、この手帳も返しておくな。おかげでかなり助かった」


 そう言って渡したのは、小さな革表紙の手帳である。

 実はこの手帳、シュニアが調べたこの宮で働く使用人たちの情報が書かれたものである。


(あの侍女が宮内に入り込んだのに気付いて、こっちも侍女として近づくことにしたのはいいけど、さすがに何の情報もなく飛び込むわけにはいかなかったからな)


「役に立ったのなら良かったですが……あの、ラス?何だか内容が増えていませんか」


 手帳を受け取ったシュニアは、何気なくページをぱらぱらとめくるうち、以前とは若干内容が変化していることに気がついた。


「ああ、うん。新しくわかった情報は書き足しておいたから。まずかったか?」


「いえ……というか何で気難しいと有名な侍女頭や、有能だけど無愛想すぎて周りから嫌煙されている番兵さんとか、腕は良いけどかなりシャイな料理長とかのおそろしくコアな情報を掴んでるんですか?」


「いや、何か成り行きで関わって、色々話しているうちに教えてくれたんだ」


 大抵の人間はシュニアがにっこり笑えば、ぺらぺらと色々な情報を勝手に話してくれるのだが、全員が全員そういうわけではない。

 書き足されていたのは、そういったシュニアがまだ攻略出来ていない、大なり小なり癖のある人間たちのことばかりであった。

 しかも噂などを参考にしたのではなく、本人たちと直接話して得た情報だというのだから恐れ入る。

 個人的にお茶の約束をしていたり、趣味で作ったという小さな編みぐるみをプレゼントされたり、新作料理の感想を頼まれていたりと、親密さをうかがわせる話は尽きない。

 わかっていたことではあったが、恐るべき人たらし、とシュニアはこっそり心の中でつぶやいた。

 はあ、とシュニアは殊更大きなため息を吐いた。今更な事実なのだから深くは考えまい。


「何にせよ、これで一件落着というわけですね」


「まあ、とりあえずはな」


 そこで、部屋の扉がノックされる。

 会話がぴたりと止まり、皆の視線が一気にそちらへと向けられた。


 急いでフィリーナが扉を開けると、そこにいたのはヴァイオラだった。

 今更襲いかかってくることもないだろうが、それでも侍女たちは一瞬警戒態勢を取った。

 しかし、ヴァイオラは何やら今までとは違う面持ちで立っている。怒気なども感じないところをみると、どうやら喧嘩を売りに来たわけではないらしい。

 それを見たラスは侍女たちに視線を送り、察した侍女たちも速やかに退室した。


 部屋に残される形になったラスとヴァイオラ。

 一瞬の沈黙の後、口を開いたのはラスである。


「公爵家からの除籍と、向こう数年間の国外退去、か」


 ラスが口にしたのは、ヴァイオラに与えられた処罰である。

 ヴァイオラはピクリと片眉をあげたが、腕を組んでラスを軽く睨むにとどまった。


「何よ。せいせいしたとでも言いたいわけ?」


「いいや。それよりも、公爵家からの除籍は自分から言い出したらしいじゃないか。どういう風の吹きまわしだ?」


「四大公爵家の一員たるもの、他の貴族たちの手本となるべきでしょう?これくらいしなきゃ、おさまりがつかないわ」


 責任逃れをする気など、ヴァイオラには毛頭なかった。

 侵入者と結託していたわけではないが、間接的に協力してしまう形になったのだ。


 だからヴァイオラは父公爵に会うや開口一番、勘当してくれと頼んだのだ。

 ヴァイオラの父母はこれにひどく驚き、引き止めようとしたが、しかし結局それが最善であると納得したのだろう。処罰に関しても、そのように手をまわしてくれた。

 そんな父母の様子を見て、ヴァイオラは不謹慎ではあったが自分の心が温まるのを感じていた。

 悲しんでくれた。惜しんでくれた。もう、それだけで十分だった。


「未練がないっていったら、嘘になるわ。でも、これが私の答えよ」


 そう言ったヴァイオラは、まっすぐな瞳でラスを見ていた。


「でも、転んでもただじゃ起きないわ。どうせしばらくこの国にはいられないんだし、留学することにしたの。魔術の本場ダグーにね。まあ、監視という名のもと、なんだけど」


 最初は勢いがよかったヴァイオラだったが、最後のほうは若干それがなくなっていた。

 一応除籍はされても、ヴァイオラは帝国の実力者の娘なのである。

 完全に野放しにするのも危険なため、対外的には留学、その実監視という目的のためダグーに身柄を預けられるということなのだろう。

 そしてヴァイオラも、そのことを理解していたのである。


 ヴァイオラにどの程度自由が与えられているのかはわからないが、ラスはなんとなく、それほど窮屈な生活にはならないだろうと予想していた。

 あのレグルスが、使えそうな駒を無為に遊ばせておくとは考えにくかったからだ。

 もっとも、ラスとて確証があったわけではないので、ヴァイオラに変に希望を持たせるようなことは言えなかった。

 代わりにラスは、からかうように問いかける。


「アルスティナ学院を卒業したってのに、また勉強するのか?」


 話しの方向が変わったことに安心したのか、ヴァイオラは少しだけほっとしたような顔をした。

 が、すぐさまそれを隠して、いつものようにはきはきと話し始める。


「そうよ。今のままじゃ実力不足すぎて、殿下の役に立つどころじゃないってわかったもの。というか、今回のことだって、私は殿下の手のひらの上で踊らされてただけみたいだし……」


 力不足。

 それが、今回の騒動で一番ヴァイオラが痛感したことだった。

 例え今レグルスの一存で皇室認定魔術師になれたとしても、それはヴァイオラの実力ではない。

 気まぐれに与えられた実力に基づかない地位は、また気まぐれによって奪い去られることだろう。

 そうならないためにはどうしたらいいのか、ヴァイオラなりに考えた結果だった。


「見てなさい。いずれ何倍も力をつけて帰ってくるんだから!!」


 それはラスと、何よりヴァイオラ自身に対する宣言であったのだろう。

 ピシャリと言い放つと、言いたいことはすべて言いきったとばかりに、ヴァイオラは身を翻す。

 そしてヴァイオラが廊下に出た後、彼女が通った扉が完全に閉まる直前、右中指お大事にとだけ言い残して、今度こそ小さな嵐は去って行った。


「ありゃ、やっぱばれてたか……」

 

 ラスは少し目を見張った後、苦笑した。

 そして、ヴァイオラが去った後、これまた新しいお客がやってきた。


 いや、正確にはお客ではないだろう。

 何せ女の部屋にノックも無しに入室してくる無礼な男である。

 そしてそれが許されるのは、この帝国広しといえどただ一人。


 やれやれ今日は本当に騒々しいことだと、ラスは近づいてくるレグルスに視線を向ける。

 口に出すのはもちろん、先ほど彼とすれ違ったであろう少女のことである。


「家族と縁切って、国も追い出されるっていうのに、いっそ晴れやかな顔してたな」


「余計な力が抜けたんだろう。あれは元々一つのことに専念した方が伸びるタイプのようだしな」


「おまえが張ってた結界のことも、気付いたみたいだぜ。たぶん騒動が終わってからだろうけど」


 レグルスがあらかじめ張っていたのは、魔術、特に攻撃魔術の威力を抑える結界だった。

 ヴァイオラの魔術による被害者がいなかったのは、このためである。

 もっとも、これだと物が落下するなどの二次的被害は防げないのだが、それは必然的に現場に居合わせているだろうラスがうまくカバーしていたのだ。

 おそらく侵入者の捕縛などの効果などもあったのだろうが、レグルスとハダルのやりとりからするに、そちらのほうは空振りに終わったのだろう。


 レグルスは近寄ってきてすぐ、ラスをその腕の中に閉じ込めた。

 あまりにも頻繁すぎて、いい加減ラスはこの感覚にも慣れてきてしまっている。


(そういえばこいつ、会うたび抱きついてくるよな……)


 子供のように甘えているというよりは、逃げないように捕まえているほうが正しい気がした。

 まるで存在を確かめるかのようなそれが、けれど不思議と疎ましくは感じられない。


「俺も大概、趣味が悪いよな……」


「何か言ったか?」


「いいや。後処理その他諸々ご苦労さん。例の侵入者のほうも、礼を言っておく。借り一つ、か?」


「その件に関しては、そう恩着せがましくするつもりはない。一応こちらの外交上のカードが増えたと思っておくからな。……もっとも、あちらがそれを簡単に忘れるような厚顔無恥でなければの話だが」


 後半のひそめられた言葉には、ラスも思わず押し黙る。

 レグルスはそれを見てどう思ったのか、フッと笑い、その腕を解いた。


「そういえば、最近は随分と楽しそうに遊んでいたみたいだな。この宮の中で」


 レグルスのこの言葉に、別の意味でラスは固まった。

 隠しきれるなど、最初から思っていない。

 しかし、しかしである。

 どうしようもなく嫌な予感がしたのである。


「そんなに侍女の格好が気に入ったのなら、前に言っていた皇太子と傭兵団頭領ごっこではなく、ご主人様と侍女ごっこでもするか?」


「ふざけんな、このど阿呆!!」


 ラスは近くにあったクッションを引っ掴み、レグルスの顔に向けて投げた。

 もっとも、最高級の羽毛が詰められたそれでは、大したダメージなど与えられないだろう。

 案の定、クッションは軽々とはねのけられ、あっけなく床へと落下する。

 にやにや笑うレグルスに、ラスの片頬がひきつった。


「おのれ、ちょこざいな。……そういえば、あの水かけ合戦の決着もついてなかったな。次はクッションかまくら投げででも勝負するか?」


「それもなかなか楽しそうだな」


 そう言ったレグルスに、ラスは思わず先ほどまでの怒りを忘れかけた。

 何せレグルスの顔が、本当に楽しげに見えるのだ。

 このラスの反応は予想外だったのだろう。レグルスのほうも顔をしかめる。


「何だ、その微妙そうな顔は」


「あ、いや、なんというか……おまえって人に嫌そうな顔をさせたり、こっそり誰かを陥れたりするのを楽しんでそうだから、意外と健全な反応も出来るんだなと驚いて……」


「失礼なやつだな」


「それ、おまえにだけは言われたくないんだが……」


 お互い不機嫌そうに睨みあうが、しばらくしてどちらともなく表情を崩して笑いあった。


「まったく……おまえとやることは何でも楽しくて困る」


 ぽつりとそう言ったレグルスは、いつになく穏やかな顔をしていて、それを見た途端、ラスは自分の心臓が大きく脈打った気がした。


(いや、今のは不意打ち過ぎるだろ……!)


 いつものレグルスらしくない、けれど掛け値なしの彼の本音。

 何度面と向かって特別だと言われるよりも、こちらのほうがよほどラスの心を揺らした。


 赤くなった頬を誤魔化すように、ラスは窓へと近寄る。

 外の景色を眺める振りをしていてもなかなか心臓の調子は戻らず、視覚からの情報はまったく頭に入ってこない。

 そのことにまた焦りを覚えながら、けれど有効な手段が思い浮かばない。


 そうこうしているうちに、自分の後ろに近づく気配。

 残された時間はあと少しだろう。

 このままではあっさりとまた捕まって、今の状態がバレてしまう。

 それならいっそ取って返して、素早く相手の頭を引き寄せて、耳元で甘い言葉でも囁いてみようか。

 下手な冗談より、よほど効果があるかもしれない。


(あれ、意外と俺も楽しんでる……?)


 おいおいと、ラスは内心苦笑しかける。

 面倒だなんだと思いつつも、レグルスとの駆け引きはラスをわくわくとさせてくれる。

 しかも、この感覚はレグルス相手でないと味わえないと確信しているのだから、なお始末が悪い。


(でもまあ、こんなのも悪くない……か)


 それは、この国に来たばかりのころとは少し違う心持ちだった。

 淡いぬくもりを伴う変化にも、後ろの存在が関わっているのだろうか。

 そう思考したラスだったが、この続きはまた次の機会に考えようと思いなおす。

 ラスは次の一手を仕掛ける決心を固めると、目下のところの最大の難敵に向かっていった。

 これにて第三章完結です。

 長い期間お付き合いくださり、ありがとうございました。

 一体裏でどうなっていたのか、直接的ではないにしろわかる表現を入れたつもりなので、あとは大体皆さまのご想像の通りではないかと思います。

 一応三章のまとめ的なものは、また活動報告にでも書いていこうと思います。


 第四章は舞台が他国へとうつる予定です。

 完全に予定は未定状態なのですが、また近いうちに皆さまとお会いできれば幸いです。

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