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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第三章
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68


 ハダルと呼ばれた男は、レグルスを見てにこりと笑った。


「お早い到着だね、レグルス。久しぶり。直接会うのは三年ぶりかな」


「貴様の顔など、俺は二度と見たくなかったがな」


 対するレグルスは、固い表情を崩すことなくハダルを睨みつけていた。

 やれやれ、とハダルは肩をすくめる。


「……相変わらず無礼千万だね。半分とはいえ、仮にも血のつながった兄に向かって」


「兄、だと……?」


 思ってもみなかった単語に、ラスは驚いてレグルスを見つめた。

 元々レグルスは帝国の第五皇子。母親の異なる兄が四人いた。

 だがその兄たちは、三年前の継承権争いの折りに全員死んでいるはずなのだ。


「公式には、ガルダ帝国の第二皇子ハダル・テウディラ・セイ・ガルディアは既に死亡している」


 淡々と、レグルスは事実を述べる。


「そう。公式には、ね」


 真実はそうではないのだと、ハダルはまた笑った。


「愚鈍な他三人と一緒にしないでほしいな。彼らはまさしく国にとって害虫でしかなかった。私は少なくとももうちょっと知恵が回るよ」


「死体が見つからなかった時点で、おまえの生存の可能性は考えていた。こそこそ動いているのがわかってそれは確信に変わったが、まさか破術師にまで身を落としているとは思わなかったぞ」


「見解の相違だね。私は自分の目的が果たせればそれでいいから。破術師になったのはそれに必要だと思ったからだよ。そう、破術師になったから、こうやって敵の陣営に堂々と乗り込むことが出来る」


 表面上はただの会話だが、その場の空気は張り詰めている。

 ハダルとレグルス。お互いの敵意が、ぴりぴりと肌を刺すように伝わってくるのだ。


 レグルスに抱えられたままのラスは、黙って二人の様子を観察していた。

 掴まれた腕は痛いくらいだったが、それが逆にラスを冷静にさせていた。

 らしくもなく、レグルスが本気で警戒しているのがわかったからだ。


(それだけ、油断のならない相手だってことか……)


 自分から動くには、情報が足りない。

 そう判断してもう少し様子を見ようと思っていたラスだったが、話題は予想外の方向へと転がった。


「せっかく来たのに、レグルスとばかり話していてはつまらないね。今日はセラスティア、君に会いに来たんだから」


「はぁ?えっ……だから、なんで俺?」


 名指しされて、ラスは疑問の声を上げる。

 ハダルは先ほどまでの殺伐とした雰囲気を消し、ひどく親しげな様子でラスへ話しかける。


「元々君には興味があったんだけれど、この前話して確信したんだ。君は美しく聡明で、才気にあふれている。でも決して驕らず、他の人間を思いやれる素晴らしい女性だ。レグルスなんかにはもったいない。私と一緒に来ないかい?」


「あ~褒めてくれてるとこ悪いけど、唐突に勧誘されても、俺としては状況がさっぱりなんだが……」


 相手の人格も思惑も知らないのだ。

 返事云々の前に、まともに検討さえ出来るわけもない。

 半ば呆れた気持ちになったラスの体を、レグルスがさらに引き寄せる。


「ラス、耳を貸すな。くだらん戯言だ。聞く価値もない」


「戯言とは酷いな。私は本心から彼女のことが欲しいと思っているのに」


「なお悪い」


 不快そうな態度を隠しもしないレグルスを見て、ハダルは少しだけ驚いたような顔をした。

 しかし、すぐに自分の目的の人物へと話を戻す。


「そうそう。妹姫の一件、なかなかの采配だったね。リニルネイアは甘やかされてきたけれど、どうやら根は真面目なようだから、きっと国に帰ったら今までのエンダスでの判例を調べることだろう。そうすれば歴代の大公のこと、そして現大公、ひいては自分自身の立場についてもきちんと知ることになる。箱庭の世界から飛び出して、自分の足で立って歩くことを覚えてくれるかもしれない。……あれだけのことをされてももう一度チャンスをあげるなんて、君は本当に優しいね」


 それを聞いたラスは、思わず眉を寄せる。


「それ、嫌味か?」


「いいや、褒めているのさ。そこの男とは大違いだからね。血がつながった者でも不要だと判断すればあっさりと切り捨てる。そのことになんら痛痒を感じない。冷たく残酷な、情というものを理解しない欠陥人間だ。よく考えてごらん。優しい君がそんな男と一緒にいて、うまくいくと思うかい?レグルスは確かに君と張るくらい優秀だから、今は一緒にいるのが居心地いいのかもしれないけれど……」


「今すぐその薄汚い口を閉じろ、ハダル。三年前せっかく拾った命、今ここで散らすか?」


 最後通牒と言わんばかりの低い声。

 これ以上は例えどんなリスクがあっても実力行使に出る、とレグルスのその鋭い瞳が告げていた。


「……そうだね。私もまだやることがあるし、今日はこれにてお暇しよう」


 意外にも、ハダルはあっさりと引いた。

 そもそも、今回の彼の目的はレグルスとやりあうことではなかったのだ。

 最後にハダルはもう一度ラスへと微笑んだ。


「今度会った時には、良い返事を期待しているよ」


 そう言うと、ハダルは転移魔術を発動させその姿を消した。

 彼の足もとにあった魔方陣も、いつのまにか解除されていた。


「レグルス」


「……」


「よくわからんが、とりあえず、いい加減放せ」


 警戒するべき人間がいなくなったのだから、とラスが言えば、ようやくレグルスは体を放した。

 だが、何故か再び腕を掴まれる。


「おい、ちょっ……レグルス?」


 しかも、そのままレグルスは歩きだす。

 困惑するラスのことなど、お構いなしに。


「おいコラ、ちったぁこっちの話聞けよ」


 ずんずん前を進む背中に向かってラスが何を言っても、レグルスは黙ったままだった。

 力尽くで腕を放させるのも難しそうなので、仕方なくラスは連れて行かれるままになる。

 やがてたどり着いたのは……


(なんで風呂……?)


 皇族の宮には専用の浴室がいくつもあり、どんな時間帯でも入浴できるようになっている。

 なんとも贅沢なことだが、嫌な予感しかしない今のラスとしては、まったく喜ぶ気にはなれない。

 その嫌な予感は見事的中した。

 何も言われず、いきなり浴槽に突き落とされたのだ。


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