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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第三章
68/81

65


 時は少し遡る。


「え……?なんで全員ここにいるんだ?」


 自分の侍女が部屋に勢ぞろいしている光景に、ラスは目を丸くした。


 午後から再開された鬼ごっこは、午前とは違ってかなりの混戦となった。

 結果だけ言えば敗者はマリアだったのだが、マリアは体術、セシルは頭脳、フィリーナは魔術と、それぞれの持ち味を生かした戦い方がなんとか形になってきたと言える。

 気の抜けない追いかけっこが終わった時は、全員が疲れて座りこむほどだった。


 そう。三人ともかなり疲労しているはずで、本来なら既に自室に戻ってぐっすりと眠り、朝まで目覚めない、という予定だった。

 その間にシュニアと二人で色々と用事を済ませておこうと考えていたラスは、予想が外れたことに意外という表情を隠そうとはしなかった。

 ラスはシュニアに視線を向けるが、赤髪の侍女は軽く首を横に振る。

 つまりは、シュニアは何も関与していないらしい。


 そんな中、口を開いたのはフィリーナだった。


「あの、姫様。セシルが教えてくれたんです。たぶん姫様たちは自分たちを遠ざけて何かしようとしているはずだと」


「セシルが……」


「はい。余計な気の回し過ぎかと思いましたが、唐突なこの訓練の裏には何かあると思って……」


 ご迷惑でしたか?とおずおずと尋ねるセシルに、ラスは苦笑する。

 こうなっては仕方がない。


「……わかった。ただし、絶対に無理はしないこと」


「「「はい!!」」」


 三人娘にキラキラと輝く笑顔で返事をされ、ラスはシュニアと二人、やれやれと肩をすくめた。


 ヴァイオラのことがあり、敵が魔術主体で来ることは簡単に予想がついていた。

 そして折り良くラスの手元には、魔術を無効化できる反魔石の指輪があった。

 あのモノクル男がどうしてタイミング良くそれを持ってきたのか、ラスとしては深く考えたくないというのが本音である。

 何か細工がされていないか念入りに確認した後、ラスはそれを侍女たちに手渡した。

 その表情が若干複雑そう見えたのは余談である。


「シュニア、あれも出してくれ」


「はい」


 ラスが頼むと、シュニアはおもむろに衣装箪笥や本棚、鏡台などをいじり始めた。

 それらに巧妙に隠されていたのは、武器である。

 長剣一振りに、短剣二振り。

 そんなものがあったのか、と愕然とする三人娘を気にした様子もなく、ラスとシュニアは話し続ける。


「まあ、セシルとフィリーナはいらないかもしれないけど、持って構えるだけで敵が警戒して近づきづらくなるだろうし」


「個人に合わせた調整はしていませんが、手入れはしてあるので切れ味はばっちりです」


「あ、シュニアはどうする?」


「私は、これがありますから」


 そう言ってシュニアがどこからともなく取り出したのは、ナイフである。

 ラスにとっても見覚えのあるものらしく、納得したようにうなずく。


「ああ。そうだったな」


「はい」


 何故かそこで二人は顔を見合わせ、軽く笑いあった。








 実際に動いたのは主にシュニアとマリアだったのだが、決着がつくのに時間はかからなかった。

 魔術師は物理的攻撃には弱い。それを防ぐ魔術も当然あるのだが、それを反魔石で無効化されてしまえば勝負は明らかだ。

 地に伏した魔術師たちを信じられないという表情で見つけるマナに、ラスはとどめとばかりに銀色の剣を突き付ける。

 そこにやってきたのが、ヴァイオラだった。

 状況が理解できずに呆然とする少女に、ラスは軽く笑って声をかける。


「よう。ぐっすり眠れたか?」







 マナと魔術師たちを縄で縛りあげると、ラスは侍女たちに告げる。


「それじゃ、俺はちょっと出かけてくる。すぐ戻るから、その間見張りを頼むぞ」


「ちょっと!これはどういうことなのか」


 説明して!!と叫ぼうとしたヴァイオラの唇に、ラスの人指し指が待ったをかける。

 不本意に黙らされたヴァイオラの口は、うぷっという妙な音をたてて沈黙する。

 それにラスはまた笑い、ヴァイオラと目をあわせて言った。


「説明なら後でしてやるよ。すぐ戻ってくるから、いい子で待ってろ」


 言うだけ言って、ラスは部屋を出て行った。

 それを黙って見送ることになったヴァイオラ。彼女の頭の中は、大混乱だった。

 ヴァイオラは、必死になっていろいろと否定しようとしていた。

 倒すべき女が綺麗だとか、格好よく頼りがいがありそうに見えたなど、そんなことあるわけがないのだ、と。

 ヴァイオラが何を思っているのか、なんとなく察した侍女陣は、なま温かい視線をヴァイオラに向けていた。

 そんな彼女の努力が実ったかどうかは、少女の赤くなった頬が証明していた。








 実のところ、その部屋に入るのは、ラスにとって初めてのことだった。

 その逆はあんなに頻繁にあったというのに、なんとも不思議なものである。

 扉を開け、聞こえてきたのは、一人の女のすすり泣く声。


「いつまで、そうやって泣いているつもりなんだ?」


 ベッドに倒れ伏して枕に顔を埋めていた人影に向けて、ラスは静かにそう言った。

 ラスの言葉に影はぴくりと体を揺らし、恐る恐るといった感じで視線を部屋の入り口へと向ける。


「姉様……」


 リニルネイアは、その深い青の瞳で姉の姿を見つめた。

 泣きはらした顔はなんとも痛ましく、見る者に手を差し伸べたくさせる。

 それを見てラスは少しだけ顔を歪めたが、特にそれに関して口にすることはなかった。


「あれ以来、部屋に籠ってそうやって泣いてばかりいるそうだな。親善大使としての各視察も体調がすぐれないと言って代わりの者に行かせて」


「それは……」


「もうすぐエンダスに帰らなければならないというのに、おまえは一体何のためにこの国に来たんだ?」


「……」


 リニルネイアは悔しそうに唇を引き結び、沈黙したまま答えようとはしなかった。

 それを見て、ラスはいっそ大げさな程のため息をつく。


「泣くことが悪いことだとは言わない。人間、時にはそうすることは必要だ。だがな、人の上にたつものが、いつまでもそうぐだぐだと嘆き泣くばかりで……それが仕えてくれる者にどれだけ心配をかけるのか、わからないのか?」


 あげく侍女にあそこまでのことをさせて、と付け足したラスに、初めてリニルネイアは明確な反応を示した。


「それはどういう意味で……」


「確かめたければ、ついてこい。……ああ、もちろんそのまま泣いていても構わないが」


 そう挑発的にラスが言うと、リニルネイアは少し怒りに表情を揺らしたようだったが、それでも黙ってその身を起こした。

 ややふらついた足取りで、けれどきちんと自分の足で歩き出すリニルネイアを見て、ラスは妹に気付かれぬよう少しだけ柔らかく笑った。

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