表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第三章
60/81

57


 ガルダ帝国で最も高い地位は当然のことながら皇帝である。

 次いでその正妃、定まっていれば皇太子と続く。よって、帝国の要は皇族であると言っていい。

 しかし地位が高いからと言って、これらの地位にある者が好き勝手に権勢をふるえるわけではない。


 帝国には、貴族たちによって組織される貴族院が存在しているからだ。

 もちろん政治を行うのは皇帝であり、貴族院は言わばそのお目付け役的存在である。

 議員は通例高い爵位をもつ者がなり、議員の一人が政策に反対した程度ならば大したことはなくとも、貴族院という組織としての異議申し立てはいかに皇帝でも無視することが出来ない。

 貴族院の意思はすなわち貴族全体の意思であり、あまりに強硬なふるまいをすれば、例え最高権力者であっても自身の足元をすくわれることになりかねないからだ。


 現皇帝フォーマルハウトは事実上の隠居。公的な祭典以外はほとんど宮に引きこもって過ごしている。

 その正妃であったマルガレーテは、静養のため辺境の地にある。しかも静養というのが単なる名目でしかないことは、それなり以上の地位にある者たちの間では公然の秘密であった。

 そして、皇太子レグルス。

 上位二人が力を持たぬ今、この皇太子こそが事実上の帝国の支配者であった。


 しかし、レグルスと貴族院ははっきり言えば仲が悪かった。


 そのきっかけとなったのは三年前。

 継承権争いの折り、レグルスは軍部の圧倒的支持を得て勝利をつかみ取った。

 この際、勝利に乗じてレグルスはいくつかの改革を断行していた。

 法案の改正、税率の見直し、官吏登用基準の変更、他にも不正行為の摘発など、これらすべてが貴族院の認証を得ずに実行された。

 より正確に言うのならば争い後の混乱で貴族院がほとんど機能せず、改革案の審査を行える状態でなかったからだったが、議員たちはひどく憤った。

 自分たちがないがしろにされている、と感じたのである。

 レグルスのほうも、貴族院そのものに対しては敵対する意思は見せなかったが、特に便宜を図ろうともしなかった。

 そのことに、一部の議員たちはさらにいきり立った。


 だが、貴族院は皇太子に対して声高に申し立てが出来なかった。

 継承権争いによる帝国内の混乱を狙って、周辺国が戦争を仕掛けてきたのである。

 それらを退けるためには、政治にも軍事にも通じたぐいまれな指導力をもつレグルスの力が必要不可欠だったからだ。

 結論を言えば、その見解は正しかった。

 レグルスは自ら兵を率いて戦いに赴き、輝かしい武勲を立て、帝国を勝利に導いた。

 元々大国と言われていたガルダ帝国ではあったが、レグルスの働きによってその領土は飛躍的に増え、人々の生活は安定した。

 変わり者と評されてはいるが、その容姿の美しさも手伝ってか、民からの支持も他の皇族や貴族とは一線を画す。


 レグルスの力はますます強くなり、それが一部の議員、それも貴族院の中心となるような人物たちにとってはますますおもしろくない。

 そうしたいきさつがあるせいか、何かと皇太子と貴族院は衝突することが多かった。

 いや、貴族院というよりも、その核をなす帝国四大公爵たちと、であったかもしれない。






 ガルディア城のとある一室では皇太子レグルスとその側近、そして帝国四大公爵たちによる会議が行われていた。

 貴族院の議員は基本的に世襲ではないが、四大公爵家のみは必ずその当主が議員となることが決められている。

 よって自然と貴族院の中心は公爵たちとなっていき、現在は貴族院での会議内容をまとめた公爵たちが、代表としてレグルスに謁見するという形をとっていた。

 最終的に、政治における重要な決めごとはこの面々によって決定されていたのである。


 縦長のテーブルの一番奥にレグルスが座り、そのすぐ横には側近のアノンとニールが座る。

 そこから二席分ほどの距離を空け、左右に二人ずつ分かれて公爵たちが着席していた。


 四大公爵の一人、ロイエン公爵が不機嫌そうに眉をひそめた。


「つまりは皇太子殿下、あなた様はこれ以上側室を持つ意思はないとおっしゃるのですね?」


 撫でつけた黒髪と立派な口髭が特徴のロイエン公爵は、今は亡き二番目の正妃の兄、つまりレグルスの母の兄であり、レグルス自身にとっても伯父にあたる人物である。

 典型的貴族の見本のような人物で、プライドが高く抜け目のない性格だが、少々短気なところが目立つ。

 今も口髭が噛みしめた唇に合わせて震え、なんとも分かりやすい怒りの気配を放っている。

 しかし、レグルスはそんな彼の様子を意に介した様子もない。


「はっきりとそう言ったつもりだが、確認が必要なほど頭が鈍くなっているのか?」


 いつも通りの涼しい表情で、ならば無理がたたらぬうちに引退を勧めるが、とレグルスは冷笑する。

 相手に血のつながりがあっても、レグルスの傲慢さは変わらない。

 ロイエン公爵はそんな甥の態度に内心青筋を浮かべながら、それでもなんとか表立ってはそのまま言葉を続けた。


「そのようなお気遣いは無用です。……しかし、聡明な殿下らしくもない。いくら寵愛される側室がいるからといって、そのような我が儘を」


「別に俺の側室がどうこうというわけではない。ただ、おまえたちが持ってくる側室候補の娘たちの資料に辟易しているだけだ。あんなものを机に山と積まれれば嫌にもなる。そんなに俺の側に自分が用意した女がいないのが不満か?」


 含みを持たせたレグルスの言い方に、ロイエン公爵は思わず言葉を詰まらせた。

 そしてそれを誤魔化すためか、わざとらしい咳をする。


「オホン。いえ、我々は殿下の、ひいては将来の皇室の安寧のために力を尽くしたいと考えているだけです。血を残すことこそ、皇族にとって最も大切なお役目ですからな」


「そうですぞ。それに将来の後宮の華が一本だけでは、なんとも寂しいでしょう。やはり華は大勢咲き乱れてこそ美しい」


 ロイエン公爵に同意したのは、ディント公爵であった。

 彼の背丈は平均より高かったが、縦よりも横の大きさについつい目が行きがちになる。丸い体がきつさを感じないようにか、布地をたっぷりと使った衣装を身にまとっていた。

 ロイエン公爵と対照的に、ディント公爵の表情は明るい。今でこそ太ってしまって見る影もないが、若い頃は随分派手に遊んでいた色男だったらしく、彼の言葉もそんな過去に起因するのであろう。

 その性格はどことなく、貴族の家の当主というよりは未だその息子のようであるという印象が強い。


 残り二人の公爵は沈黙したままだった。

 一人はリクティス公爵である。彼の場合は元々穏健派でレグルスと対峙することはほとんどなかったが、今は娘のことがあってあえて発言を控えている、というのが本当だった。

 そのせいか、どことなく肩身が狭そうな風情である。


 もう一人は公爵たちの中では最年長であるアイルア公爵。

 肩ほどまである白髪をまとめた厳格な顔つきの彼は、現正妃マルガレーテの父親であった。

 正妃の権力と言っても、実際のところはその実家の権力と直結している。それゆえつい先日まで彼は名実ともに貴族のトップであると言ってよかった。

 だが、マルガレーテが事実上軟禁されている今、その権勢には陰りが生じている。アイルア公爵はそちらに関しても沈黙を守っているが、その心中は決して穏やかなものではないだろう。


「言っておくが、子供を作る気がないわけではないぞ。ただ、あまり側室が多いのも困りものだということは、皆先の継承権争いで骨身にしみただろうと思っていたが?」


 そんなレグルスの言葉に、ロイエン公爵もディント公爵も黙ってしまう。

 元々継承権争いが泥沼化したのは、貴族たちが各々の思惑で側室を大量に送りこみ、結果産まれた子供たちを旗頭にして、それぞれが私欲に走りすぎたことにある。

 四大公爵家と呼ばれ帝国貴族の最上位にある彼らにも、当然思い当たる節がある。

 反論がでない様子に、レグルスはまた低く笑う。


「まあ、外交などで価値がある娘なら考慮はしよう。だが、その際はその利点を確かな資料とともに提出しろ。見た目が綺麗なだけの女は不要だ」


「……わかりました。側室の件はまたとしましょう」


 渋々といった感じでロイエン公爵が言った。レグルスの気を変えられぬことがわかったのだろう。

 他の三人の公爵も黙ってうなずく。


「ですがそうなると、あの件のこともありますし、早々に決めたほうが良さそうですな」


「そうですね。それでは、次は殿下の正妃候補について……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ