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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
50/81

48

投稿する時間がいつもより遅くなってしまってすみません!

 外は相変わらずの雨。

 一人きりのティータイムを楽しんでいたロッソは、ふと顔を上げた。

 たまにはこういうのも悪くないとせっかくいい気分であったのに、そこへバタンと勢いよく扉を開けた者がいたからだ。


「おや。おかえりですか」


 扉を開けて入ってきたのは、あの金髪の青年だ。


「やあロッソ。やはり行ってよかったよ。君のご主人様に会った」


 濡れた上着を脱ぎながら、非常に興味深い人物だった、と青年は楽しげに笑った。

 その後隣の席に座ってきた青年に、ロッソは余っていたカップにお茶を注いでやる。


「そうですか」


「おや、反応が薄いね。彼女の身の心配をしないのかい?」


「そんな簡単にどうにかなるような人なら、私がとうの昔に殺しています」


 感情を感じさせない、冷徹な言葉を吐くロッソ。

 それを見て青年は、またおもしろそうに笑った。


「まあ、残念だった点があるとすれば、レグルスのことだよ。ちょっと気のある振りしてたけど、結局全然引っ掛からないんだもの」


 遠慮なく茶菓子にまで手を出しながら、せっかく極上の餌を用意してやったのに、と青年はひどく不満そうだ。

 それに対し、ロッソは冷静に言葉を返す。

 

「賢い獣は、慣れない人間から与えられた餌を口にしないものでしょう?」


 ましてやそれが自分に悪意をもつ人間からならば。

 ロッソが言外にそう言ったのが伝わったのか、青年は軽く笑い


「あ~残念」


 ともう一度言っただけだった。


 ロッソの頭に黒髪の皇太子の顔が思い浮かぶ。

 ロッソはレグルスに数度しか会ったことはないが、彼がどれほど頭がきれる若者か、少ない邂逅の中でもよくわかっていた。

 今回のことに関しても、どこまで気付いて行動しているのだろうか。


 次に浮かんできたのは不敵に笑う銀髪の人。

 ロッソは軽く首を振り、その人物については気付かなかったことにした。









 シュリエラの温室で、ラスはレグルスが持ってきた事件に関するその後の資料を読んでいた。

 一心に何かを探している様子のラスに、レグルスが声をかける。


「おまえ、何をそんなに気にしているんだ?」


「…リストにあったやつら、漏れなく捕えることができたんだよな?」


「ああ。そのはずだ」


 ラスたちが発見した顧客リストや証拠品をもとに、関係者は全員翌日には捕まっていた。

 元々怪しいと睨んでいた人物のところには、レグルスが手をまわしていたらしく、それは非常に迅速に行われた。

 正規軍を動かせないといったのは、このためもあったのだろう。

 つくづく手回しがいい。


 ラスが見ていたのは捕まった者たちに関する資料。探していたのは、あの場所であった金髪の青年についてだ。

 てっきりオークションへの参加者だと思っていたのだが、手元の資料にはそれらしき人物はのっていなかった。


「何か気になることでもあるのか?」


「いや、別に…」


 レグルスの質問に、ラスはそう言葉を濁すしかなかった。

 確証のないままの状態で、話をするのはためらわれたからだ。


(人身売買関連でないなら、別の関係者なのか?もしかしたら…)


 想像は嫌な方へばかり膨らむ。

 ラスが見た父大公の近衛だった者が、捕まった者のリストにないのも、それに拍車をかけていた。


「ラス」


 突如、ラスは自分の名前を呼ばれた。


「な、なんだよ」


 動揺を隠せぬまま、そっぽを向いてラスはそう問い返した。何故だかまともにレグルスの顔が見られない。

 よく考えれば、レグルスがまともにラスの名を呼ぶのは、初めてのことだった。


「ラス」


 再びの呼び声に、ラスは頬が熱くなるのを感じた。


(こ、こいつ…今まで全然呼んだことなかったくせ…)


 ちらりとだけ見ればレグルスの口元は弧を描き、あきらかにラスの反応を楽しんでいた。


(ムカつく。何かいい方法は…)


 そう思うと、ふっと考えが浮かんだ。


「ラス」


「なんだよ、レギー坊や」


 三度目の呼びかけに、ラスがにやりと笑いながらそう言った。

 先ほどまでとは打って変わって、レグルスの顔がしかめられる。


「おい。まさかそれ、俺のことじゃないだろうな」


「おまえのことに決まってるだろ。ひとの妹にまで嫉妬するようなやつ坊やで十分だ。よく考えたら、おまえ二つも年下なんだし。初めて会ったときなんか、本当に坊やって感じだったしな」


 似合ってるぞ、とラスが言えば、レグルスが苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 その表情は確かにレグルスがまだ17歳であるということを感じさせて、それがまたおかしくなってラスは声をたてて笑った。


「ああ、そうだ」


 しばらくして、ラスは思い出した。

 ここに来たのは何も資料を読むためだけではない。

 ラスは、レグルスにあることを伝えるために来たのだ。









「おい」


「何だ?」


「一応知らせるのが誠意だと思うから伝えたんだが、何でお前までついてくるんだ?」


 ラスの目的地はエンダス一行の護衛を担当している、レイクウッド傭兵団のために用意された宿屋である。

 他意はなく、傭兵団の状況を確認するためだったが、一応レグルスには伝えておくのが筋だろうとその旨を知らせたのだ。

 そうしたら、何故かレグルスもついてくる事態になっていた。


「気にするな」


 またどこかで聞いたことのあるようなセリフだ。

 金髪変装姿で薄笑いを浮かべたままのレグルスを見て、ラスは思った。


「おい、まさか俺の部下にまで何かするつもりじゃないだろうな?」


「心配するな。手を出すつもりはない。部下なら許してやる」


 そう寛大なのか狭量なのかよくわからないことを言うレグルス。

 ため息つきながら、ラスはふと思った。


「そういえばおまえ、もし俺がおまえのやったことに完全に愛想尽かしでもしたらどうするつもりだったんだよ?」


 一応人質というその立場上、もう付き合いきれないので実家に帰ります!などとは言えないラスだが、あんなことをされれば普通、もうこんな風に肩を並べて話などしていられないはずである。


「尽きるほど愛想があったのか?」


 レグルスのその言葉は、ラスの癇に障った。


「…そういう言い方をされると、素直にあったと認めたくなくなる」


「じゃあなんだ?謝罪でもしてほしいのなら、してやるぞ?」


「謝罪…?」


 レグルスに怖ろしく似つかわしくない言葉である。

 嫌な予感がしたラス。


「俺が悪かった。おまえには辛い思いをさせたが、もう大丈夫だ。何も心配することは無い。俺にはおまえが必要なん…」


「ストップストップ!!おまえ、それのどこが謝罪だ!?」


 傍から見たらどう考えても復縁を迫る男カップルの愁嘆場だ。往来の場でいったい何をしてくれるのか。

 ご丁寧にレグルスはラスの腰に手をまわし、体同士を密着させてきている。

 悪乗り全開で、むしろ誤解させる気満々らしい。

 慌ててレグルスを突き放し、ラスは男を睨みつけた。


「謝罪とか言いつつ、おまえ俺をからかってるだけだろ」


「…嫌われない確信はなかった。だが、何されたっておまえは俺を無視できないだろう?俺がお前を無視できないのと同じように」


 愛情の反対は無関心らしいからな、とレグルスはにやりと笑う。


(それってつまり、あれだけのことをしても俺がレグルスのことを気にしないはずがないって思ってたわけだろ。まったく、こいつはどんだけ自信過剰な…)


 だがそこで、ラスは思いついてしまった。

 レグルスは昔からラスの縁談を潰してきたと言っていた。それだけエンダス内の情報を掴んでいたなら、当時のラスの状況も大まかな部分では知っていたのではないだろうか。

 むろん守護獣のことは知らなかったにしても、ラスの様子から、彼女がリニルネイアに対し妙な劣等感を持っていたのはすぐにわかっただろう。

 嫉妬によるラスのリニルネイアへの敵愾心を煽り、その感情から目をそらさせないようにして…


「おい、レグルス」


「なんだ?」


「おまえ、俺とリナの関係を悪くすることを目的にしてたとか言ったが、まさか本当は俺にリナのこととかその他諸々を完全にふっ切らせるために今回のこと仕組んだんじゃ…」


 結果的にレグルスは、ラスの中の決意を促すことに成功したのだ。


 ラスの発言に、レグルスは少しだけ驚いた風に目を見張った。

 それはまるで悪戯がばれてしまった子供のようで、ラスにとある確信を抱かせる。


「言っただろう?俺は嫉妬深いって。おまえが必要以上に気にするのは、俺一人で十分なんだよ」


(おいおい…)


 言っていることは、レグルスらしいといえばらしい。

 そしてその内容も決して嘘ではないのだろう。

 だが、どれだけ性根が曲がっているのだろうか。


(こういう言い方で、こういうやり方しか、できないやつなんだよな…)


 おそらく一見似てないようでいて、ラスとレグルスはどこか似ている。

 率直に意見されたところで、ラスはきっと自分の気持ちを受け入れることはできなかっただろう。

 たぶんレグルスもきっと同じなのだ。

 いや、完全に同じとは言い難いのだろうが、少なくともそんなラスであることをよく理解していた。


 こういう男だからこそ、ラスはレグルスに惹かれたのかもしれなかった。

 ついでに、今回は本当に踊らされてばかりだったのかもしれない、とラスは痛感せざるを得なかった。


 そのときのレグルスの笑顔は、非常に楽しげでどこか無邪気ささえ感じられた。

 いや、実際は無邪気どころか、中身は真黒なのだろうが。

 ラスにはその表情が、一瞬誰かとだぶって見えた。


(ああ、そうか)


 あのとき誰に似ていると思ったのか、ラスはようやく答えを見つけた。

 潜入したときに出会った金髪の青年は、レグルスによく似ていたのだ。






 こんな男を連れて行って本当に大丈夫なのか、といささかならず不安になったラスだが、止めたところでレグルスは勝手についてくることだろう。

 仕方がない、とそのまま宿屋へと入っていく。


 すると丁度いいタイミングで玄関でレックスに遭遇した。


「レックス!」


 ラスが声をかければ、レックスはやや驚いたような顔で、けれどすぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。


「早いですね、頭領。今から出迎えようと外に行くところ…」


 そこでレックスは何かに気づいたように言葉を止めた。

 その視線の先にいるのは、レグルスである。


「あの、頭領、その方が何故ここに…」


 困惑したようなレックス。

 その様子に、ラスは気付いた。

 レックスは傭兵団の代表として、歓迎の宴にも出席していた。ならばそのときに皇太子の顔を見知っていてもおかしくない。

 レグルスは一応金髪にしているといっても、顔はそのままだ。

 団員の情報すべてが頭の中にあるような記憶力の良いレックスならば、覚えていても不思議はない。


「あ~まあなりゆきだ。だからこいつのことはいないものと思って…」


「頭領!!」


 今度は男の大きな声が響いた。

 それに呼応するように、大量の足音と話声がこちらに近づいてくる。

 あっという間に、その場は人でいっぱいになった。総じて厳つい男ばかりで、目つきの鋭い者や、顔に傷のあるものもいる。

 ラスがつくったレイクウッド傭兵団の団員達である。


「頭領、久しぶりっす」


「一人で極秘任務だなんて、水臭いぜ」


「勘弁してくださいよ。団員以外には秘密なんだろ?おかげで人前じゃ、レックスなんかを頭領って呼ばなきゃいけないんすよ」


 ラスに次々話しかけてくる傭兵たち。

 その話を聞いたラスがレックスのほうを見ると、何とも言えない苦笑が返ってくる。

 どうやら団員にはそういう説明がされているらしい。


(まあ、本当のこと言っても信じなかっただろうからな…)


 順応力の高いレックスでもあの反応だったのだから、他のやつらはパニックになりかねない。


「頭領、いつ帰ってくるんですか?」


 団員の一人が問うた。


「あ~うん。実はまだ結構かかりそうなんだ」


「そうなんすか…」


 あからさまに消沈した様子の部下たちに、ラスは苦笑する。


「悪いな。団のことを頼む。みんなでレックスを支えてやってくれ」


 いずれは本当のことを話さなければならない。

 そのことはラスもわかっている。

 だが、たぶん今はまだ、その時期ではないのだ。


「つーかこいつ、誰ッすか?」


 そう言って団員の一人が指差す先にいるのは、レグルスである。

 すると他の団員達も見慣れない人物に興味を示し始めた。


(さて、なんていうべきか…)


 まさかこの国の皇太子で自分の夫だ、などと言えるわけもない。


「あ~、そいつはレイといって…今の相棒みたいなもんだ」


 とっさに言った相棒という言葉は、不思議とラスの心にすとんと落ちてきた。

 恋人などというよりも、よほど自分たちらしいのではないだろうか。


 傭兵団の中で唯一レグルスの顔を知っているレックスは、真剣な顔で言った。


「うちの頭領のこと、よろしく頼みます。もしもあなたの手に余るようなら、いつでも解消していただいて結構ですので」


「頼まれても手放したりしないから、心配するな」


 そう言って、レグルスはこれ見よがしにラスの肩に手をまわす。

 気のせいだろうか、両者の間に一瞬目に見えない火花が散ったようにラスには思えた。

 険悪になりかけた雰囲気に一石を投じる。


「あ、そうだ。これ、あの子からの差し入れ」


 肩にまわされた手を払いながらそう言って、ラスはある袋をレックスに渡す。

 ほのかに甘い香りがして、中身は菓子類であると想像できた。

 受け取ったレックスの変化は劇的だった。


「えっ、フィリーナ殿から!?」


「…誰もフィリーナだなんて一言も言ってないんだが」


 レックスのわかりやすすぎる反応に、ラスは苦笑する。

 まあ、間違ってはいないのだが。

 さりげなくフィリーナに傭兵団の様子を見に行くことを伝えておいたら、フィリーナが今朝皆さんへの差し入れにどうぞ、と言ってラスに袋を渡したのだった。

 皆さん、と言ってはいたが、顔を真っ赤にして袋をラスに渡していたフィリーナ。その時頭の中にあった人物など、想像に容易かった。


「おい、フィリーナって誰だよ?」


「レックスの女か?」


「ちくしょー、レックスの野郎は本当にもてやがる」


 口々にはやし立てる団員達。

 その時のレックスは、頬を染め発言はどもってばかりと、明らかに動揺を隠しきることができていなかった。

 いつもはクールな性格で通っているレックスなだけに、その様子はかなり珍しく、団員たちはさらにつつかずにはおれなくなっていた。


 わいわいと騒ぐ団員達を見て、ラスはまた笑った。


 問題は山積みだ。

 不穏な帝国内部、ちらつくエンダスの影。

 そして、リニルネイアとのことも…

 あれ以来、リニルネイアは屋敷の部屋に引きこもって誰とも会わないという。

 リニルネイアはラスのことも、ひどく憎んでいるかもしれない。

 近いうちに、本当の意味で対峙しなければならない日がくるだろう。


 それでも、とラスは思う。


 もう、目をそらすことはやめよう。

 何より、自分自身のために。自分の道をまっすぐ歩けるように。

 そんなラスを信じて、ついてきてくれる者たちもいるのである。


 そして…


 ラスが視線を向けたことに気付き、レグルスがにやりと口の端を釣り上げた。

 それを見てラスも軽く笑う。


 性悪だけれど頼もしい相棒が隣にいるのだから。

これにて第二章完結です。

お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。

いろいろと解決していない問題やら謎やらがありますが、それは三章以降に持ち越しとなります。

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