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「やっと手に入る……」
ずっと求め続けてきたものがあった。
輝く銀の髪に静かな青の瞳をもつ、美しい戦士。
ただ一度しかまみえたことのないその存在に、運命を変えられたとさえ思える。
「ようやく会えるな。俺の、銀の竜……」
獣に遭遇した時、むやみに動いてはいけない。
それはラスの経験上知っていたことではあった。逃げ出すにも時と場合というのがあるし、剣を向けるのならば命のやりとりになる。
たかが獣と侮ってはいけない。まして相手は通常より一回りは大きな虎だ。
ふと、先程案内してくれた少女を思い出した。
嘲りを含んだ、あの笑み。
おそらく、あの少女はこの獣のことを知っていたに違いない。
そして、ラスがみっともなく助けを求める様でも想像していたのだろう。
何故初対面のラスがそこまで目の敵にされるのかはわからないが……
もっとも、生憎とラスはこの程度で悲鳴をあげるような、か細い神経を持ち合わせてはいない。
今のところは丸腰状態だが、手はいくらでもある。
問題は、ここはエンダスの山奥ではなく、帝国の皇太子宮だということだ。暴れるにはいささか支障がある。
(さて、どうするか……)
白い美しい毛並みをもつその獣は、ラスの存在を睡眠妨害とでも認識したのか、起き上がって黄金色の鋭い瞳で彼女を見ている。
グルル、という低い唸り声を聞く限り、警戒されているのは間違いない。
だが、それでもラスに焦りは無かった。
自分の力に自信があったのもあるが、金色に光る獣の瞳の奥に、どこか理性のようなものが垣間見える気がしたからだ。
「御機嫌よう、虎さん。起しちまって悪いけど、別に俺、怪しいもんじゃないから。ちょっとあんたのご主人様?に用事があるだけで……」
獣に言い訳をする、という傍から見れば奇妙な光景だったかもしれないが、ラスは真剣だった。
説明すればわかってもらえる。そんな気がしていた。
だが、獣の警戒は解かれない。まあ、そう簡単に人を信用するのではいろいろと駄目だろうが。
(まいったな。出来れば傷つけたくないが……)
そう心の中で苦笑していたときだった。
背筋を這いあがる、寒気に近い感覚。
これは……殺気だ!
反射的に体が動いた。
飛びのいたと同時に走った、銀の閃光。剣の軌跡だ。
常人であれば、気付かぬうちに首と胴が離れていたかもしれない。
「何者だ!?」
木陰から飛び出してきた存在に、ラスは鋭く問いただす。
「ほう、俺の剣をかわすとは……どうやら本物のようだな。初めまして、というべきかなセラスティア姫。それともラス・アロンと呼ぶべきかな」
その声の主を見たとき、ラスは目を疑いそうになって何度か瞬きをした。
艶のあるぬばたまの黒髪に、極上の緑柱石でも嵌め込んだような瞳。薄い形のいい唇は自信に溢れた笑みをかたちどる。
その美貌は決して儚げなものではなかったが、顔だけ見れば深窓の令嬢ででも通りそうだった。
ひどく華奢ということはなかったが、すらりと伸びた若木のような腕に、その手にある剣はいささか不釣り合いにも見える。
だが木の影に潜んでいるときはおろか、その剣の切っ先が届く寸前まで、ほとんど殺気を感じさせなかった。油断のならない相手だ。
(この覇気、そして剣の腕。それに黒髪で、緑の瞳……)
一人だけ思い当たる人物がいた。
「ガルダ帝国皇太子、レグルス・ベルライ・レイ・ガルディア……か?」
ラスはあえて姫君らしい態度はとらなかった。
男はラスを、ラス・アロンと呼んだ。傭兵団頭領の名で。
正体がばれている中では、今更普通の姫君ぶっても無意味だろう。
「いかにも」
そんな答え一つにさえ、男の覇気が滲んで見える。
「なら俺は一応、あんたの側室になる予定なんだがな……一体どういうつもりだ?冗談にしては質が悪いぞ。普通の姫なら、怪我じゃすまない」
「噂で聞いたのと大分印象が違っていたからな。確認は必要だろう?もしかしたら身代りにどこかの令嬢でも寄こしたのかと思ったんだが……本人で間違いないようだな」
危うく人の命を奪うところだったというのに、まったく悪いとは思っていないとその態度が物語っている。
(なんつー男だ……)
確認するにしても、もう少し方法があるだろうに。
「俺の剣をかわすことができるのは、そう多くは無いからな」
レグルスはそう言うと、剣を鞘におさめ、そのまま白い獣へと近づいて行く。
「そりゃーどうも」
顔をひきつらせたままラスは答えた。
誉められているのだろう、一応。
先程までのラスへの態度はどこへやら、虎はまるで子猫のようにレグルスの足にすり寄る。レグルスもまた、そんな獣の背をゆっくりと撫でてやっていた。
それこそ絵画の題材にでもなりそうな、見事な1対だった。
「随分懐いているな、その虎」
「虎、か。まあ確かに間違ってはいないが……おまえにはこいつがただの獣に見えるのか?」
傲慢さを含んだ、こちらを馬鹿にしたような調子の言葉に、ラスはいささかムッとした。
こんな巨大な温室をわざわざ与えるなんて、なんて豪勢なペットだとは思ったが……
「っ!!……まさか、守護獣か」
今はもう、伝説のように囁かれる存在。守護獣。
王を選び、王に従いし力持つ存在。
目にするのは初めてではないが、知っているのと印象が違いすぎて気付けなかった。
「察しがいいな。仕える王の一族にしか頭を垂れない、誇り高き獣だ。おまえはどうやら、このシュリエラに、まだ認めてもらえないようだな」
守護獣は王と、その一族の守り手だ。
最強の剣であり、盾である。仕える相手に牙を剥くことは決してない。
だがその存在は、真に王たるにふさわしい者の前にしか現れないというのに……
(この男が、守護獣に選ばれた王だっていうのか?)
「俺の妻になるのだから、シュリエラに認められるようになってもらわねばな。精々精進しろ」
「───妻、だと……?」
たかが側室、それも戦後人質として差し出された女に対して、その言いようはいささか違和感を感じさせた。
そもそもエンダスへの要求には、この皇太子の思惑が絡んでいる様子だった。
だが、その目的が皆目ラスにはわからない。
獣は主人に構われて満足したのか、機嫌良さそうに優美な動きでその場を離れ、木々の間に消えて行った。
二人きりになった場に、少しの沈黙が満ちる。
それを破ったのはレグルスだった。
「あいつも、おまえのことが気になっているみたいだな」
「……あれでか?」
思いっきり威嚇されていたのだが。
「興味がないなら、警戒もしない。あいつは強いからな。普通の人間は無視するだけだ」
「…………」
シュリエラ、という名前からして、あの白虎はメスであろう。
複雑な乙女心というやつだろうか、とラスはいささかずれた思考をした。
「シュリエラに会いたければ、いつでもここに来ればいい。鍵はかかっていないからな」
出入りは自由だ、と一国の皇太子にしては不用心なことを言う。
あの様子からして、彼もここには頻繁に出入りをしているようなのに。
「もちろん、あいつじゃなくて俺に会いに来るのでも構わないが」
そう言うとレグルスはラスの顎を持ち上げ、疑問に揺れる深青の瞳を覗き込んだ。
からかうような笑みのレグルス。けれど、その緑の瞳の奥に、何か強い思いが潜んでいるのが感じられた。
一瞬、そのまなざしが頭の中の記憶をかすめる。
どこかで見たことがあるような……
ラスは、レグルスを振り払うことも、目をそらすこともできなかった。
(こいつは、一体……!?)