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いろいろとネタばらし…
ベッドの上で向き合ってラスとレグルスは座っていた。
「自暴自棄になるのもいいが、あの妹に対するその妙に卑屈な態度はやめろ。似合わんぞ、本当はプライド高いくせに」
「………」
「おまえは矜持が高い上に、負けず嫌いで諦めも悪い。ついでに言えば情が深くて、ほだされやすく、いろいろなものを捨てることができない。それに、根底にあるものがなんだろうと、積み上げたものが無意味になることなどありえない。そんなこと、おまえが一番わかっているだろうが」
散々な言われようである。
レグルスの言葉を途中で聞いていられなくなって、ラスはピシャリと言った。
「うるさい、黙れ」
ラスも失敗だったと思っているのだ。
昔話をしたせいで妙に感傷的な気分になって、らしくもないことを考えてしまった。
彼女は諦められない。立ち止まれない。ましてやすべてを放り出すことなどできはしない。
ラスがラスである限り。
「レグルス、おまえのその言いようは俺の内面を見透かしていると言わんばかりで気分が悪い」
「だが、間違ってはいないだろう?」
自分の考えをまったく疑いもしていないという態度のレグルスである。
だが間違っていないからこそ、ラスの癇に障るのだ。
本来『王』とは矜持が高いものだ。
他者を支配し、守り、導く者であるが故に、本当の意味でプライドが低い者にはなりえない。
共に戦うならばともかく、一方的に守られるだけなどそのプライドが許さない。
侮られるような言動もしかり、だ。
ラスは再びレグルスを睨みつける。
震えるばかりだったさきほどまでとは違い、レグルスを睨みつけるラスの瞳には力があった。
それを見て、またレグルスは低く笑う。
「立ち直ったようでなによりだ。もしそのままならいっそ檻にでも閉じ込めてやろうかとも思ったが…まあこれで堕ちるようなやつなら、最初から俺が惚れるわけもないか」
「何危ないこと考えてんだよ…つーかおまえ、リナのことを好きになったんじゃ…」
どう考えても、ラスの目にはそういう展開にしか思えなかった。
それなのに、レグルスの先ほどの発言。あれではまるで…
「あんなもの、その振りをしていただけだ」
きっぱりとしたレグルスの答えに、けれどラスは言い淀む。
「でも…リナは…」
「おまえが言いたいのは、あの特殊な力のことか?」
レグルスの言葉にラスははっとする。
「…気付いていたのか」
「気付かないとでも思っていたのか?あの手のものは一度そうだと知覚すれば効果は薄れる。どうやら魅惑の能力に近いようだが…魔術のものとは少々違うようだな」
「あれは…いわば弊害だ」
エンダスの七竜は、様々な能力を有している。
故に、彼らに選ばれた者はその影響を大きく受ける。
「所謂カリスマ性のようなものに近い。人心を掌握する能力だ」
リニルネイアはまだ未熟で、しかも力を自覚していないため、その力をうまくコントロールできないのだ。
「もちろん、嫌いな人間を急に好きになるとか、傍目にわかるほど劇的なものじゃない。でも放っておいたら、周りはただあの子の言うことにうなずくばかりの人間になってしまう…」
ラスのかつての婚約者たちも、そうした影響を受けていたのかもしれない。
もちろん本気でリニルネイアの人間性に惹かれた、という可能性もあるが、その割には三人が三人ともそうなるというのは奇妙だろう。
複雑そうな表情のラスに対して、レグルスはぽつりと言った。
「おまえがあいつに甘いのは、そのせいか」
「いや、俺は…」
「力に操られてそうなっていると言いたいわけではない。その力があることで、あの妹が不憫になったんだろう?嫉妬しているくせに器用なやつだ」
呆れたような様子のレグルスは、けれどどこか不機嫌さを身にまとっている。
「うるさい!じゃあおまえ、リナのことどう思ってるんだよ」
図星を指され、ラスは勢いよくそう問いただしていた。
あれらの態度が振りだったとして、本心ではレグルスはリニルネイアをどう思っているのか。
それに対するレグルスの回答は、しごくあっさりとしたものだった。
「嫌いだな。憎くさえある」
「は?」
これまた予想外すぎる答えだった。
一瞬、ラスはぽかんとなってしまった。
そのラスの抜けた表情を見て、レグルスはやっぱりな、と言った。
「おまえ、結局気付かなかったんだな」
「って、何に?」
「俺が嫉妬していることに」
「はぁ!?何言ってんだよ、おまえ。大体嫉妬すべきは俺だろ?」
(つーか、実際してたし。さっき自覚したばっかだけど)
ラスとしては、自分は夫に浮気されたあげく冷遇され、しかもその浮気相手が自分のコンプレックスそのものである妹だったという、誰がみても嫉妬しておかしくない立場にあると認識している。
それがどうして、浮気をした夫=レグルスが嫉妬することになるのか。
悪びれもなくレグルスは言う。
「まあいろいろと思惑があったり、面白い能力を持っているようだからそれに対する興味もあったのは確かだがな。…大体おまえ、考えが甘いぞ。この俺が惚れた女相手になら優しくするとでも思っているのか?」
「あー確かに…」
それは実体験済みだ。思わず深くうなずいてしまったラスである。
優しくされた覚えなど、一度もない。
先ほどのレグルスの振る舞いなど優しいどころではない。仕草は優しくとも、心がともなっていなければ意味はないのである。
「おまえ、自分がどれだけあの妹を意識しているのかわかってるのか?言っておくが、俺は嫉妬深いぞ」
「は?おい…」
「あの妹の場合、にこにこ笑うことしかできない未熟者のくせに、ただ血が繋がっているというだけでおまえに近づかれるのは迷惑だ。おまえも妹のことが苦手な割にはなんだかんだ気にして構っているし。だから、まあとりあえず妹を俺に惚れさせて、優しい態度でとことん夢中にさせたところで俺の本性を明かし、いっそ妹とおまえとの関係が最悪になればいいと…」
「ちょっおまっ、本当に最低だな!ひとの妹をなんだと思っているんだ!?」
「はっきり言って邪魔者だな」
「…レグルス。俺は今初めて本気で、おまえが阿呆じゃないかと思っているぞ」
どこの世界に構っているからという理由で妹に嫉妬する男がいるというのだ。
いや、目の前にいるのだが…
「ついでに言っておくと、あの妹に破談させられた倍くらいの数の縁談は、俺が裏で手をまわして潰していた」
「はぁ?聞いてないぞ!」
「あたりまえだ。縁談相手の存在さえ伝えるつもりはなかったからな。言ったはずだぞ、俺は嫉妬深いと。若干潰し損ねたやつもあったが、まあ俺も当時は若かったからな…」
若かったと言いつつ、現在確か目の前の男は17歳ではなかっただろうか、とラスは思った。
初めて出会ったのが、レグルスが12歳のとき。
確かにその時にもお世辞にも可愛くて素直だとは言い難い性格だったろうが、ここまでひどくはなかったはずだ。
(何をどうしたら、あれがこれになるんだ?)
現在のレグルスのそのあまりにもふてぶてしい態度を見て、ラスは本気で頭を抱えたくなった。
「おまえ、マジで阿呆じゃないのか?…つーかリナにこんなことして、もしもエンダスとまた戦争になりでもしたら…」
「戦争?大いに結構だ」
レグルスのその言葉で、急にその場の空気が重くなったようにラスには感じられた。
先ほどまでとレグルスの表情は何ら変わらないというのに、ラスは思わず彼に釘づけになった。
「おまえ、何か勘違いをしていないか?俺はエンダスを特別扱いしたことはない。おまえの故郷だからといって終戦後の処理も手を抜いたつもりはないしな。人質の人選は俺の独断だったが、罰金やその他の要求は妥当なものだったはずだ」
「ああ。嫌味なくらいにな」
おかげでエンダスの戦力はまともに残っていないはず、とラスはそこまで考えてはっとした。
戦争は出来ないはずのエンダス。それでも戦になるとしたら、それは自滅覚悟か、もしくは…
「その状態で、帝国に牙などむけるものか。エンダス大公がおまえの妹を送り込んできたのも、あの能力のことをわかっていて、俺の機嫌伺いか、もし籠絡に成功すれば帝国に対して何らかの要求を呑ませるつもりだったのだろう。今回はまあ、様子見のつもりでそれにのったふりをしていたが…エンダスには妙な動きもあるようだからな」
誘拐事件のことはどこまで知っているのかわからないが、以前にラスが手に入れていた情報は、当然レグルスにもわかっていたことだろう。
親善大使をおくり、恭順の姿勢を見せながら、うごめく影が見え隠れするエンダス。
帝国とことを構えるに至るには、現状では戦力がどう考えても足りない。だが、もしそれを補える何らかの手段があるとしたら。裏でエンダスを支援する者がいるのだとしたら…
「不穏の芽は早めに摘み取っておくに限る。娘が振られた程度で憤ってエンダス大公が戦を仕掛けてくれるなら大いに結構だ。戦力が十分でないうちに、後ろで糸を引いているやつまで引きずり出して、一緒に潰してやろうと思っていた。…まあ、むこうもそんなに馬鹿ではないだろうし、まず動かないだろうとは思っていたがな」
様子見くらいには丁度良かっただろう、とレグルスは言った。
つまりは確信犯だったわけだ。
仮にも自分の側室=ラスの実家と、戦争が勃発してもいっこうに構わないというのは、為政者の判断としては正しくても、一般的にはかなり非情であると分類できるのではなかろうか。
(ホント、何で俺は、こんなやつを…)
とりあえず、自分の趣味が相当悪いことは自覚せざるを得ないラスである。
「あと、いい加減認めろ」
「はいはい。何をだ?」
ラスの応答はかなりいい加減だった。そろそろ驚くのにも呆れるのにも疲れてきたのである。
もう何が出てきても動じないぞ、という心境のラスだったが。
「妹に嫉妬するぐらい、おまえは俺のことが好きなんだって」
その発言は爆弾に近かった。
ラスの肩は大きく震え、あからさまな反応を返してしまったのだった。
「な、なんで…」
ラスが自覚したのだってつい先ほどだ。
過去のことばかりに頭がいって、そこに恋情による嫉妬心が含まれていたなどとはわかっていなかったのだ。
それなのに、どうしてレグルスが…とラスの顔に書いてある。
レグルスはそれを見て軽くため息をついた。
「これでわからなければよほど目が悪いか、おまえくらい鈍いかだ。ほら、好きだって言ってみろよ」
「おまっ!?ば、バカ!言えるかそんなこと!!」
真っ赤になって慌てるラスに、レグルスはにやりと笑った。
「ほう。なら言わないかわりに、別の方法で誠意を示す、というわけだな」
意味ありげなレグルスの笑みに、相手の言いたいことがわかりたくないのにわかってしまったラスである。
(ムカつく…)
それでもラスは、震えるような小さな声で言った。
「目、閉じろ…」
赤くなりながらふてくされた顔のラスを、あからさまに仕方がないなという目で見たレグルスだったが、それでも黙って素直に目を閉じた。
意地悪さがにじみ出る緑の瞳が閉じられ、その顔の秀麗さが際立つ。
(ホント、ムカつくぐらい綺麗な顔だよな…)
本当に顔の良さだけは鑑賞に耐える代物だ。
ラスはその綺麗な顔に触れ、そのままゆっくりと顔を近づけ…
「バーカ。調子に乗んな」
ラスの唇は相手のそれに触れることなく、レグルスの耳元で笑みをかたどった。
囁きを聞いてレグルスが目を開けた時には、既にラスはするりとその腕の届かないところまで逃げ、そのまま悪戯な笑みを浮かべて部屋から出て行ったのだった。
それは、いつかの町中での出来事の再現。
「あいつ…」
してやられたレグルスは思わず顔をひきつらせたが、それもすぐに苦笑に変わる。
「だから、おまえなんだよな」
一方のラスは自分の部屋を出てきて、これから行くあてもないというのに上機嫌だった。
確かに、レグルスの言葉はラスの心を立てなおす助けになった。
けれど、これくらいの仕返しは許されてしかるべきだろう、とラスは思うのだった。
「まあ、いつか言ってやらなくもないけどな」
そうラスはひどく楽しげ笑った。




