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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
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 昔話をしたせいだろうか。

 ラスは妙にしんみりとした気持ちになって、レグルスの背中にもたれながら自嘲気味に笑った。


「馬鹿みたいな話だろ?勝手に期待して、勘違いして、あげくに裏切られた気分になったんだから」


 その点に関して、ラスは昔の自分を笑うしかない。

 あまりにも孤独で、優しさというものに触れたことがなかったから、だから本当の優しさとそうでないものの区別がつかなかった。


 ずっと言われてきたことだったのに。

 自分は選ばれた存在ではない。その生まれ故誰からも認められず、玉座になど触れる事さえ許されない、と。


 けれどラスはそれをこそ承服できなかった。

 いつか覆してやろうと、ずっと醜くあがき続けてきた。

 自分にだってできることがある、と。

 そう、リニルネイアにはできないことが。


「結局俺はさ、ずっとリナが羨ましかったんだよ。あの子は俺にないものを持ってて、それは努力とかじゃどうにもならないものばっかりで…」


 それでもいつかは、と思っていた。

 それを証明したくて、そして力をつけたくて、ラスはいっそう勉学に励み、剣術や魔術の腕を磨き、そしてレイクウッド傭兵団をつくり上げた。

 ラスは自分が強くなったと思っていた。

 いや、おそらくその実力でいえば、まず他の人間に引けを取ることはないだろう。

 そうなるまで、ずっと走り続けてきた。


「でもさ、あるとき気付いちまったんだよ」


 がむしゃらに走って走って走り続けて、そうして少しだけ冷静になった。

 エンダスという国にとって、何が一体大切なのか。

 ラスの能力は確かに高い。その力ですべてをひっくり返すことは、不可能ではないだろう。

 けれど、エンダスの守護獣の力は本物だ。

 いずれリニルネイアは、七竜が見た未来のヴィジョンのように、立派な為政者として成長する。

 リニルネイアがその能力上申し分がなくなれば、彼女はエンダスを治める者として、そして守護獣の新たな契約者として、かつてない繁栄を国にもたらしてくれる。


 ラスには、そんな未来の保証はできない。

 それどころか、ラスが本当の意味で権力を握るためには、多くの血が流れる事になる。


 決してラスのことを認めぬであろう公族たちは、そのほとんどを切り捨てる事になるであろう。

 それ自体は、ラスの心をそれほど揺さぶる問題ではない。身内だからと言ってためらうほど、ラスは自身の血に興味はなかったし、また身内と言えるほどのつながりももったおぼえはなかったからだ。

 だが、その争いが始まれば兵士として動員されるであろう民の命も失われることになる。

 もともとお世辞にも裕福とは言えないエンダスだ。内乱は国と民を疲弊させ、例えその後ラスが権力を持っても、立て直すには長い時間が必要になる。


 このままラスが動かなければ、余計な血が流れることなく、すべて丸くおさまるのだ。


 己の目的だけを追うことができればよかった。

 けれど、そうするにはラスはいささか視野が広すぎたのだ。どうするのが一番いいのか、否応なく見えてしまう。

 それを押してまで我を通し、民に要らぬ犠牲を強いる人間など、人の上に立つ『王』たる資格などない。


 だから、ラスは己の気持ちにふたをした。

 未来の平和のためには、自分の気持ちは邪魔にしかならない。

 父親の悪政を見て見ぬふりすることができず、傭兵団頭領のラス・アロンとしては活動を続けていたが、それでも以前のように国の頂点に立とうとはしなくなった。


 リニルネイアに対しては、やはり複雑な思いを抱いたままではあった。

 リニルネイアが悪意を持ってラスに接したことは一度もない。けれど、何もかも忘れてリニルネイアと接することができるほど、ラスの思いは軽くはなかった。

 時としてリニルネイアの無垢さやそれに伴う未熟さはラスを苛立たせもしたが、将来大成するための地盤であると考えれば納得もできた。

 それでもやはり、ずっと側でリニルネイアを見ている事は出来なかったのだけれど…


 リニルネイアと適度な距離を保ちつつ、ラスは自分の出来る範囲でエンダスのために働いてきた。

 だから、大丈夫だと思っていた。

 このまま陰ながら国を支えていくことができればいい。

 いずれ本当にリニルネイアが成長すれば、この複雑な思いもいつか昇華できるだろうと、そう思っていたのだ。


 けれど本当は大丈夫などではなかった。

 ずっと心の奥底にしまっておいたはずだというのに、けれどリニルネイアに言ってしまった一言ですべてが台無しになってしまった。


 先ほどリニルネイアは、自分だから出来る事と言った。

 もちろん、冷静に考えればリニルネイアに比べたらラスの方が圧倒的に出来る事は多い。

 けれど、リニルネイアだから出来る事、というのはラスにとってはかつての傷口をえぐられるに等しい発言だったのだ。


 自分の心ひとつままならない。

 ここにきて再び、ラスは自分の弱さを突き付けられた気がした。

 そして同時に、己の中にある利己的な考えが、未だにしっかりと息づいていることがわかってしまった。


「何を積み重ねてこようが、俺の根底にあるのは、身勝手でつまんない意地なんだ。その上、結局初志貫徹できないままエンダスを離れる事になって…」


 そして今ラスの心は、こんなにガタガタになっている。


 エンダスを離れ帝国に来ても、自分には何かが出来るとラスは思っていた。

 皇太子の側室として嫁ぎ、レグルスと出会い、新たに慕ってくれる者たちもできて…


 けれど結局、昔と何も変わらない。

 ラスは、リニルネイアには敵わない。

 それを今回の件でラスは痛感したのだった。


「わかっただろ?本当の俺は、こんなちっぽけな、つまらない人間なんだよ」


 ラスはそう言ってまた自嘲気味に笑った。

 レグルスが見ていたのは、所詮ラスがつくり上げてきた虚構にすぎないのだと告げてやる。


 ラスが今まで誰にもこのことを話すことができなかったのは、幼少期のことを話して同情されたくなかったからだ。

 そして、自分の本性をさらして周囲から失望されたくなかった、ただそれだけだ。


 けれどもう、どうとも思わない。

 結局何も変わらないのなら、何をしても同じだ。

 ならばせめて出来るのは、潔くこの場を退場することくらいだ。


「誓いの印だっけ?あのイヤリングも返すよ。今まで散々偉そうなこといってきたが、おまえとリナがどっちも思いあってるなら、俺がとやかくいうことでもないし…」


 ラスの存在が邪魔だというのなら、まず成功するとも思えないがエンダス側との交渉が成立するのなら、リニルネイアと交代という形で国に戻ってもいい。

 それが出来なくても、二人の邪魔をしない程度におとなしくしていることにする。


 それは本来、絶対にエンダスの為にはならないと、ラスが避けたいと思っていた事態だ。

 けれどもう、ラスはそれさえもどうでもよくなっていた。


(さあ、とっとと幻滅でもなんでもするがいいさ)


 もはや投げやりな気分で、そんなことを考えていたラス。


「そんなことを俺に言って、おまえは一体何を俺に期待しているんだ?」 


 だから、レグルスのその言葉は、あまりにも彼女にとって予想外だった。


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