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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
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 異母妹リニルネイア。

 どうして彼女が特別なのか。また予言とは何なのか。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、セラスティアは少し離れた場所にいる人物達に気付いて顔をしかめた。

 確か、どこかの貴族の子息たち。家柄のことを鼻にかけそのことばかり話す者たちで、セラスティアへの態度もあからさまだった。

 当然セラスティアが好意を抱けるわけがない。

 遠回りだが別のところを通ろうと角を曲がったところで、しかし聞き覚えのある名前に足を止めてしまう。


「リニルネイア様は、日々愛らしく成長なさるな」


「さすが、大公妃殿下の娘御。高貴な方は輝きが違う」


「さらには予言を受けられた存在なのだからな」


 予言、の一言に思わずラスは飛び出していた。


「あの、その予言とは一体何ですか?」


 突然現れたセラスティアに、子息たちは驚いたようだった。

 しかし、互いに顔を見合わせた後、セラスティアに向けていやらしげな笑みを浮かべる。


「ほう、あなたは知らないのですか。やはりその程度なのですね」


「ああ。生まれが知れるというものですな」


 嫌味など、もはやセラスティアにはどうでもよかった。

 真剣な光を宿すセラスティアのまなざしに気圧されたように、子息の一人が口を開いた。


「…仕方ないですね。教えてさしあげましょう。予言…それはあの方が将来国を守る者と契約を結び、この国をかつてない繁栄へと導く、というものです」


「おそらくはリニルネイア姫と結婚をした者が次の大公になり、二人がこの国を今以上に素晴らしいものにしていくということなのでしょう」


「求婚の申し入れも山ほど来ているらしいですし」


 子息たちの考えは、この国の一般的な予言のとらえ方であった。

 しかし予言のことは知らずとも、子息たちが知らないことを知っているセラスティアには、それを別の意味で捉えられた。


 国を守る者。それは人でも、ましてや将来のリニルネイアの夫でもない。

 この国をずっと守ってきた七頭の竜、守護獣だ。








 セラスティアはあの大きな扉の前に立っていた。

 いつもはためらいなく開ける扉に触れ、そして一度深呼吸をした後、意を決して手に力を込めた。

 現れたセラスティアに、七つの視線が向けられる。


『いかがした、六の姫』


 その問いかけに、セラスティアは顔を上げた。

 すくみそうになる自分の足を叱咤し、それでもはっきりとした声を出した。


「ききたいことがあるの。私の妹のリニルネイア。あの子の予言の契約の相手って、あなたたちのことなの?」


『然り。それは我ら守護獣のこと。我らは将来七の姫と契約を結ぶ』


「っ!?」


 実のところ、その返答はここに来るまでに半ば予想していた。

 けれどセラスティアのショックは大きかった。


「それは、私では、駄目なの…?」


 そう言ったセラスティアの声は震えていた。


『我らが選んだ次なる契約者はリニルネイア・フラウ・ルーエンダス』


「どうして、どうしてあの子なの!?」


 セラスティアは声を荒げた。鋭い眼光で竜たちを見据える。

 けれど、竜たちは変わらず冷静だった。


『予言も我らが告げたもの。我らが未来に見たのは、そなたではない』


『納得できぬと言うなら、そなたにも見せてやろう』


 次の瞬間、セラスティアの頭の中にある映像が飛び込んできた。

 女の姿が見える。薄紅色の髪をした美しい女性。

 臣下らしい者たちに囲まれ、女性は彼らに対してテキパキと指示を出していく。

 その体は細身でいかにも儚げであるのに、その姿はどこか頼もしささえ感じられるものだった。


 ラスにはわかった。

 年齢こそ違うが、あれは間違いなくリニルネイアだ。

 これが、エンダスの守護獣が見たリニルネイアの未来の姿。


 そこで頭の中の映像は途切れた。

 息を荒げるラスに、さらに言葉が投げかけられる。


『これでわかっただろう』


『七の姫こそ、我らの次の契約者』


『そなたは七の姫が真なる契約者になるまでの繋ぎにすぎない』


 それはすなわち、セラスティアは所詮、リニルネイアの身代りに過ぎないということ。


(なんだ。必要とされていたのは、選ばれたのは、私じゃない…)


 セラスティアは自分の中から、何かが零れ落ちて行くような感覚を覚えた。


『セラスティア…』


 もっとも親しくしていた赤の竜が彼女の名を呼んだ。

 他の竜たちが六の姫と呼ぶ中、赤の竜だけはセラスティアを名前で呼んでいた。

 けれど、本当に名を呼んだだけだ。それ以上言葉は続かない。


 それ以上かける言葉はなく、そして事実は覆らない。

 そのことをセラスティアは否応なく悟った。


 セラスティアはそれ以上何も言わず、そしてうつむいた顔をあげることなくその場を去った。

 いつもは軽々と開閉できる扉が、重そうな音をたてて閉じられた。








 そのまま一体どこへ行こうか、とセラスティアは真っ白になった頭で考えた。

 どこへ行けばいいのか、どこにならば居ていいのか。

 とっさに一人の顔が思い浮かんだ。


 セラスティアはおぼつかない足取りで、かの人物の部屋へと向かう。

 しかし途中で目的の人物を見つけ、彼女は正直ほっとした。


「あに…」


「第一公子殿下、最近よくあの子供に構われているようですが…」


 声をかけようとして、セラスティアは体を硬直させた。

 そこにいたのは一番目の兄と、そしてセラスティアに予言のことを教えた、あの貴族の子息たちだった。

 見慣れない取り合わせに、彼女はどうしていいかわからなくなった。 


「いくら半分は血のつながりがあるとはいえ、相手は犬の子ですぞ」


「必要以上に接するのは、いくらあなた様でもどうかと…」


「私があの子に優しくしていると?そしてそれが気に食わないというんだね?」


 セラスティアの兄たる人は、微笑みながらそう言った。


 そこで、セラスティアは期待してしまったのだ。

 いつものように、この兄が子息たちの言葉をいさめてくれることを。

 自分を守ってくれることを。


「あんなの、ただの戯れだよ」


 あの兄の口からそのような言葉が出るなど、セラスティアはまったく思いもしなかったのだ。


「あのような犬の子。すこしばかり興が乗ったから相手をしてやったが…所詮は下賤の者だよ。まあ、暇つぶしくらいにはなったかな。懐かせるまでは苦労したが、最近はすっかり私を信頼している様子だからね。今度はどんな風に突き放してやろうか考えているんだ」


「なるほど。そういうことでしたか」


「さすがは殿下。お人が悪い」


 一気にその場には笑いが満ちた。


 少し離れた場所でそれを聞いていたセラスティアは、力なくその場に座り込んだ。

 もはや、セラスティアには何もなかった。






 


 セラスティアはなんとか自室に戻った。

 ベッドのシーツに顔を埋める。

 誰にも気づかれたくなくて、いや誰も自分のことを本当の意味で心配してくれる者などいないことを知っていたからだろうか。

 セラスティアは声を出さずに泣いた。

 涙さえも出なかったが、それでも彼女は泣いていた。


 どうしようもない怒りと悲しみ、そして憎悪。

 セラスティアは己の力弱さと未熟さを悔んだ。


 そうして彼女は決意する。


 利用したいなら利用すればいい。

 自分のことを下賤だと、分不相応だと言うのなら、今は言わせておく。

 けれどそのなかで今はまだ短い牙を、爪を研ぎ澄まし、身を守る硬い鱗と自由に動くための翼を身につけよう。

 いずれすべてを見返すために。


 そうしていつか、この国の頂点に、たった一人で立ってみせると。

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