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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
41/81

39

「遅い」


 開口一番そう言ったレグルスは、ひどく不機嫌そうだった。


「…悪い」


 実際少々遅れたのは事実だったが、その物言いにはラスも少しむっとしてしまう。

 だからレグルスがぼそりと、余計なものを引っ掛けてきやがって…などと呟いていたのは聞き逃してしまった。


 ここは屋敷の中の物置のような場所で、あたりには商品が入っていたであろう大小様々な箱が積み上げられていた。

 人目につかない場所を選んだため、少々埃っぽいが、いたしかたない。


「必要なものは手に入ったか?」


「ばっちり。そっちは?」


「当然だろう。ついでに、捕まっている者たちの場所も見つけておいた」


 さすがにレグルス、手回しが早い。


「じゃあ、次はそっちだな」


 では移動しようというときになって、ラスとレグルスは同時に顔を見合わせる。

 近づいてくるばたばたとした足音、そして声。


(やべ、見つかったかな)


 倒した見張りは見つからないよう軽くカモフラージュしておいたが、そろそろ気づかれてしまってもおかしくない。


「どこか隠れる場所は…」


 そう言いつつ目にとまったのは、大きな木箱。

 おそらく、大人二人ほどなら入れるだろう。


 が、その箱のふたを開けてみて、一瞬ラスは躊躇した。

 外見以上に狭そうだったのだ。

 入れるは入れるだろうが、かなりギリギリだ。


「何してる」


「いや、おまえだけ入れよ。俺は別の…」


 ラスは別に場所に隠れるから、と言おうとしたのだ。


「さっさとしろ」


 そう言ったレグルスに、同じ箱の中へと引きずりこまれなければ。

 そしてあっという間にふたがしめられてしまう。


 予想通りというか、箱の中は非常に狭かった。


「せまっ…」


「うるさい。見つかるから黙ってろ」


 レグルスは、狭さに悲鳴を上げたラスの頭を、自分の胸に押さえつけることで沈黙させる。

 無理やり連れ込んだ癖に、レグルスはやはり横暴だった。


 レグルスが先に入り、それからラスを引っ張りこんだため、箱の中の二人はレグルスの上にラスが向かい合って乗るような体勢であった。

 しばし息苦しさで暴れたラスだったが、近づいてくる人の気配にその動きを止める。

 ラスが静かになったことでレグルスも押さえつける力を緩めたため、ラスはなんとか正常に呼吸できるようになった。


 足音と話し声が近づいてくる。


「おい!侵入者だってよ。何人か見張りが伸びてるのが見つかったらしい」


「マジかよ。こんな厳重な警備の中のこのこ入ってくるなんて、どんな間抜けだ?」


「早く捕まえねーとな。依頼主がうるさい」


 ガチャガチャと武装ゆえの音を立てながら、三つの気配が移動する。


 意識をそちらに向けていたラスは、ふとある音に気付く。

 近すぎる距離ゆえに聞こえる音。


 レグルスの心臓の音だ。

 トクン、トクンと脈打つそれ。

 すぐ側に敵が来ているというのに、その鼓動はひどく落ち着いた、ゆっくりとしたものだ。


(心臓までふてぶてしいやつだな…)


 そう思いながら、ラスは不思議と穏やかな気持ちだった。

 他人の心臓の音は、その者が生きていることと、側にいる事を教えてくれる。

 もしかしたらそれは、世界で一番安心できる音なのかもしれないとラスは思った。


 その状態がどのくらい続いたのだろう。

 声と足音が徐々に遠くなり、やがて静かになった。


 おそらくもう大丈夫だろう。

 そう判断したラスは、箱から出ようと思い顔をあげる。

 するとその途中、レグルスと目があった。


 箱は完全に密閉されているわけではなく、微妙に隙間があるらしい。

 そのため中は真っ暗闇というわけではなく、お互いの顔程度ははっきり分かった。


 ふとラスは思う。

 先ほど会った青年の瞳は、緑は緑でも青みがかっていて、まるで翡翠のようだった。

 一方でレグルスの瞳は、はっとするほど冴えた緑だ。


(宝石で言うなら緑柱石が近いかな…)


 そう思いながらもっとよくその瞳を見ようと、レグルスの頬に手を伸ばした。

 レグルスは面白そうにラスを見ただけで、特に抵抗しようとはしなかった。

 いつのまにかレグルスの顔を上から覗き込むような格好をとり、ラスはレグルスの瞳を見据えたまま自分の顔を近づけていく。

 あともう少しで鼻先が触れそうなくらいに近づいて…


 レグルスがふっと笑ったのがわかった。

 そこでラスもはっとする。

 あわてて手を放し、レグルスと距離をとる。


「なんだ、しないのか?」


 にやにやと笑いながらレグルスが言う。


「………な、なな、なんのことだ?」


 ラスの返答は変に上擦るどころではない。

 自分の行動に、ラス自身が一番動揺していた。


(ちょっと待て。俺今何しようとした!?)


 混乱するラスにたたみかける様に、今度はレグルスがその顔を近づけてくる。


「なっ!?」


 ラスは反射のように手を突き出したが、動揺しすぎてほとんど力が入っていない。

 が、そのレグルスの侵攻も途中でぴたりと止まる。


 その場に満ちる、不可思議な沈黙。


「………」


「な、なんだよ」


 何も言わないレグルスに気まずくなり、ラスはそういって男を睨みつけた。

 その頬が若干赤くなっているのを確認して、レグルスは低く笑う。


「いや…まあ、一応成長しているのかと思っただけだ」


「はぁ?何の話だ?身長なら別に変わらないが…」


「…鈍いのは相変わらずか」


 ラスは言葉にレグルスは苦笑したが、それでもその顔はどこか穏やかだった。









 その場に捕まっている多くの獣人たちと同様、檻の中に閉じ込められていたビチェは、ピクリとその大きな耳を動かした。

 複数の呻き声のようなものが聞こえたからだ。


 そして近づいてくる足音。

 やってきた人物たちの顔を見た瞬間、ビチェは声をあげていた。


「え~!ラスに…もしかしてレイ!?なんでここに…っていうかその髪どうしたの?」


 ビチェの驚愕の叫びが辺りに響き渡る。


 ビチェにしてみれば、予想外すぎる展開である。

 てっきりこのまま変態な貴族や見世物小屋にでも売り飛ばされるものだと思っていたのだ。


 誰も、助けになど来てくれない。

 ビチェには心配してくれるような身内などとうの昔にいなかったし、話を聞いた限りでは周りの獣人たちも同様だったからだ。


 それなのに、助けがきてくれた。

 ビチェの知り合いが、しかもたった二人で。うち一方は何故か髪色が違っているが…


「おい、あまり騒ぐと見つかるぞ」


 レグルスのその忠告は、どうやら遅かったようだ。

 次々にばたばたと音を立て、なだれ込んでくる男たち。

 全員武装済みで、あの町に現れたローブ姿のものはいないのか、とラスは思ったが、住民から姿を隠すようなものは別に今は必要ないため、着ていなくても当然と言えば当然だった。

 そのうち指揮をとっているらしい甲冑を被った男が進み出る。


「貴様ら、一体どこの者かは知らんが、生きて帰れるとは思うなよ!」


「お決まりの文句すぎてつまらないな」


 男の脅しは、レグルスの冷笑を浴びただけだった。

 珍しくラスも、レグルスの意見に同調する。


「あ、それはちょっとわかる。どうせならもっとインパクトのあるセリフにしてほしいよな」


 記憶のかけらにも残らないから、とラスもなかなか辛辣だった。

 そしてそれらの言葉は、甲冑の男を激怒させるのには十分だったらしい。

 顔が見えていたら、怒りでさぞや真っ赤になっていることがわかっただろう。


「な、何を言うか!所詮貴様らなどどうせ、ぬるい理想主義を掲げる夢想家どもの一部だろう。見たところ、そっちの背の高い方が主で、もう一人はその用心棒と言ったところか。しかし、余程人材がいないのか?そんな小柄でいかにも弱そうな用心棒しか雇えぬとは…」


 甲冑男が言う背の高い方とは、レグルスのことである。

 ではもう一人のほうとは、つまり…


「おい」


 ラスは静かに言った。

 先ほどまで軽口を叩いていたのとは、まるで別人のように雰囲気が変わっていた。

 鋭い視線が甲冑男を射る。


「こんなやつより俺が下に見られるのは業腹だが、用心棒呼ばわりしたのは、まあ許そう。こいつより強そうに見えたってことだろうからな。小柄と言ったのも、まあいいだろう。見比べれば俺のほうが小さいのは事実だからな。だがな、この俺のことを弱そうだと?三下の分際で、そんな身の程をわきまえない発言をするとは、いい度胸だな」


 ラスの様子に何か背筋をぞくりとさせるものを感じ一瞬呆然となった甲冑男だが、すぐに我に返る。


「なっ…若造が舐めおって、後悔させてやろう。殺してもかまわん!いや、二人とも殺せ!!」


 甲冑男の指示で、他の者たちが一斉に襲いかかってきた。


「レグルス、5秒動くなよ」


 ラスは小声で隣の男に言った。

 そして言ったのとほぼ同時に右腕を上げて叫んだ。


「水よ。大気より集まりて、我に刃向かう愚者の群れを氷結せよ」


 ラスがそう言うと、一瞬右手のあたりに光る魔方陣が現れる。

 そしてその光が拡散すると同時に場に冷気が満ち、動いている者はいなくなった。


 代わりにその場にできたのは、いくつもの氷の彫像だ。

 人の形をした、氷像。

 先ほどまで動き、ラスたちに襲いかかろうとしていた者たちが氷漬けにされたのだ。


「動く者のみを対象とした魔術か…」


 その光景に驚くでもなくレグルスが言う。

 魔術、特に攻撃系の魔術では、特定の対象のみを選択しての発動は高等技術の一つだ。

 要するに、考えなく広範囲を爆破するよりも、ピンポイントでとある場所に着火するほうが難しいのである。

 ラスが用いたのはそれの応用バージョンである。


「正解だ。でも今回のは別に個人を識別したわけじゃねーから、あんまり複雑な作りじゃなくてすぐ構築できるんだよ」


「…おまえ、もし俺が少しでも身動きしたらどうするつもりだったんだ?」


 動くな、の一言では次に何をしようとしているかなどわからない。

 レグルスが巻き込まれる可能性は、十分あった。

 が、ラスの回答は明快だった。


「おまえだったら、即席で何か対抗魔術組めるだろ?だいたいそれが間に合わなかったら間に合わなかったらで、死ぬわけでもねーし。それに…」


 凍ったら凍ったでいい気味だ、とラスは笑顔で言い切った。

 それを見てレグルスは悟った。ああ、キレたな、と。


「大体なぁ、なんで俺がこんなに苦労しなきゃならないわけだ?人が我慢してりゃ好き放題言いやがって。勝手すぎんだろ。あ~もうおまえのやってること、ほんっと意味わかんねぇし、俺も自分のやりたいことがよくわかんないし、もう何もかも知ったことか!つーかさ、爆発系じゃなくて氷結系魔術選択しただけでありがたいと思えよな?そのうえご丁寧に事前に忠告までしてやったんだぜ?」


 なんか文句あるか?という一言には妙な凄味があった。


 そう。

 これまでの出来事の中で、ラスは確かに怒っていたのだ。表には出さなかっただけで。

 ラスだって人間だ。いくら寛大な心を持っていても、限度というものがある。

 これまでに静かにたまってきた様々なストレスやら鬱憤。

 ここにきてそれらが噴き出す場所を見つけ、彼女のなかの何かがぷつりと切れていた。


「…いや、文句はない」


 そのときのラスの迫力は、さしものレグルスさえも黙らせてしまえるほどだった。

 ついでに彼はこの瞬間、ラスからなるべく離れつつ、必要以上に手を出さないことに決めた。

 どのみちラスの魔術で、男たちの三分の二ほどは凍りついてしまっていた。

 ラス一人でも問題なく倒せる人数だろうし、自分に向かってきた者ならともかく、それ以外に下手に手をだして巻き込まれてはたまらない。


 ラスのストレス発散のため獲物を譲ってやろうと考える程度には、レグルスもやりすぎたかと多少は思っていたのである。


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