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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
38/81

36


 ここのところ、リニルネイアとレグルスは時間を見つけては一緒に過ごしていた。

 今日は庭の見える部屋で共にお茶をしていたのだが、もうそろそろ夕暮れ時ということで、リニルネイアは席を立った。


「レグルス様、今日も楽しかったですわ。名残惜しいですが、今日はこれにて失礼します。またの機会を心待ちにしております」


「私も、楽しみにしている」


 レグルスが微笑みながらそう言うのを聞き、リニルネイアは侍女たちを引きつれ上機嫌で部屋を出ていった。

 バタンと扉が閉まるのと同時に、レグルスは低く笑う。


「楽しみ、か。我ながらよく言うものだな」


 ラスと仲違いしたらしいリニルネイア。

 だが、少なくともレグルスへの態度はあまり変化が見られなかった。むしろ今までより積極的だ。

 ただ、今まではよく口にしていた姉の話題には、一切触れようとはしなくなっていた。


「あともう少し、か…」


 こんな茶番を続けるのも、とレグルスは心の中で呟いた。


 パリン、という音が響いた。

 テーブルの上にあった花瓶が砕けたのだ。

 誰も触れておらず、また何らかの衝撃で床に落ちたわけでもなく、テーブルの上には砕けた花瓶の破片と、花瓶に活けられた花が散乱していた。水がぽたぽたと床に垂れていく。

 レグルスは強大な魔力の持主であり、時折こうして周りの物を無意識に破壊してしまうことがある。それは大抵、心が乱れている時なのだ。


 案外余裕のない自分に苦笑しつつ、レグルスは言った。


「まったく…俺もそろそろ、我慢の限界だな」











 短時間とはいえぐっすり寝たことが良かったのか、シュリエラのアニマルセラピー効果か、それとも他の何かのせいか、ラスの気分は大分良くなっていた。


「サンキューな、シュリエラ」


 ラスが寝ている間も、守るようにして側にいてくれた白い虎の背を軽く叩き、感謝を述べる。

 もしかしたらラスの錯覚だったかもしれないが、ラスが笑顔で礼を言ったのを見て、シュリエラも少し笑ったように思えた。


 シュリエラは、そのまま別の場所へと移動しようと動き出す。

 去り際に、自らの尾でポンとラスの肩をたたいていった。

 まるでそれは、頑張れよ、と言わんばかりで。


「うわ~格好良すぎて、マジに惚れるわ…」


 次生まれるなら虎になりたい、と半ば本気で思ってしまった。









「ラス」


 部屋に帰ったら、何故かシュニアが仁王立ちして待っていた。

 しかもどうにも機嫌が悪いようだ、とラスは感じ取る。


「それで、何か私に言うことは無いんですか?」


「…何のことだ?」


「とぼけないでください。エンダスの一行が来てから、情報収集を名目に妙に外に行かせてばかりだと思っていたら…」


 最近のシュニアは、ラスの頼みで外部の情報を得ようとラスの側を離れることが多かった。つまりはラスの側、また彼女の周辺の情報から意図的に遠ざけられていたというわけである。


 ラスは、真剣なシュニアの表情に、どうやら誤魔化すことは無理のようだと悟る。

 ラス、とシュニアは親友兼主人の名を呼んだ。


「気を遣ってもらっているのはわかるんですけど、相手にそうとわからせてしまったら、こちらとしても不快です」


「…悪い」


 素直にラスは謝った。

 いろいろと話していないことがあったのは事実であったし、それを隠しきることもできなかったのだから。まあ、それほど長くは隠せないだろうと、ラス自身も思っての行動だったのだが。


「話してくれないのはそれなりの理由があったり、私の過去のこととかもあったりして…それだけラスが私のことを大切に思っているからだとわかっています。わかっていますけど…」


 何も言ってくれないのはつらいのだ、とシュニアは言う。

 普段の自信にあふれた姿とは違う、まるで泣きだす寸前の子供のような頼りなげな様子に、ラスは宥める様にシュニアの頭に手を置く。

 そうすると、シュニアはまた少し泣きそうな顔をゆがめた。


「あなたが本当に言いたくないことなら、無理には尋ねません。だから、お願いですから、何も言わないでどこかに行くのだけは、やめてください」


 シュニアはそう言ってラスのおろされている方の腕をつかんだ。

 その手は感情が抑えられない故か、ひどく震えていた。


「ああ、わかった。ありがとな、シュニア」


 ラスはシュニアの好きにさせ、彼女が落ち着くまで、ずっとその頭を撫で続けていた。










「う~わ~懐かしいな、この感じ」


 翌朝、扉を開けたら、そこにはくびり殺された鳥の死体が置いてあった。

 血まみれでもなければ、羽をむしられてもいなかったそれを見て、片づけが楽でよかったなとラスとその侍女一同が同意し冷静に対処してしまったのだから、以前の経験も無駄でなかったと言えるかもしれない。

 おそらく嫌がらせの対象であるラスはごく普通に、再発であろうか、と考えた程度だった。


「シュニア、これも食べられるかなんてきくなよ?」


「もういいませんよ」


 昨夜様子のおかしかったシュニアも、今朝はすでにいつもの調子を取り戻している。

 そのことを知ってラスは少し安心した。


 しかし、何がきっかけで再発したのか。

 それは外を出歩いたらすぐに分かった。


「なんでも殿下は例の妹姫のほうと、時間が許す限り一緒にいるそうよ」


「出自も高貴な方でお美しいし、とてもお似合いの二人よね」


「最近は全然お渡りもないらしいし、これであの方の天下も終わりね」


「しかもよりにもよって自分の妹に負けるだなんて、哀れなことね」


(なるほど…そういうことか)


 ひそひそ声だがはっきりと聞こえるそれらに、ラスは怒るどころかむしろ納得した。

 もし気分どん底状態でだったら追い打ちをかけられたかもしれないが、シュリエラのところに行って少し癒されて精神的に回復していたため、ある程度は受け流せる。


 どの道、リニルネイア本人に言われるならばともかく、相手は今まではレグルスの寵愛によるラスの力を恐れ、何も言えなかったような者たちである。

 つまりは、弱い者いじめしかできないような、度胸の小さい連中なのだ。

 そんな者たちの言動に一々取り合ってやるほど、ラスは付き合いがよくないのであった。


 が、発言の内容に関しては少々納得しがたい。 


(天下って…別に横暴に振る舞ったようなこともないし、昔からリナに勝ってると思ったこともないんだがな…)


 ラスは自分はこれだけ嫌われまくっているというのに、リニルネイアの方は似合いだと言われ受け入れられているような風潮にため息が出そうになった。


 言い争いになってから、ラスはリニルネイアとは会えないままだった。

 話をしようとリニルネイアが泊っている屋敷に使いを送ったが、気分がすぐれないということで面会は断られていた。


 が、その間にもレグルスとは会っているようなので、まず間違いなく仮病であろう。

 何せ二人が仲睦まじく歩く姿が、そこかしこで目撃され、貴族たちの噂になっているのである。

 というか例の嫌がらせ再発も、この噂に触発されてのことだろう。


 何度送っても同じようなあからさまに辻褄のあわなさすぎる回答に、もう少しましな言い訳を考えてほしいものだとラスは思ってしまった。

 わざとラスを怒らせようとしているのかもしれないが、エンダスにはそんなことさえ考えられない人材ばかりなのかと、若干不安になるのである。


 本音を言えば、今リニルネイアと会ってまともに話ができるのか、と問われれば内心不安も大きい。

 リニルネイアというのは、いわばその存在自体がラスのコンプレックスそのもの。

 その彼女に、またあの日のように睨みつけられたら、あるいは心ない言葉を投げかけられたらと思うと、正直気がめいってくる。


(まあ、なるようにしかならないか…)


 そうため息をつくラスの頭に浮かんだイメージの中で、リニルネイアの横に並ぶ男がこちらを見て意味深に笑う。


(うん。あいつのことは絶対殴ろう)


 リニルネイアを殴れと言われたら、たぶん無理だとラスは思う。

 けれどレグルスに対しては、あの綺麗な顔に一発重い拳を叩きこんでやりたい。

 何故かはわからないが、猛烈にそう思ったラスだった。









 それから嫌がらせはなおも続いていたが、優秀な侍女たちのおかげで、ラスはつつがなく毎日を過ごしていた。

 だが、皇太子宮にいても部屋に引きこもっているばかりだ。

 それも息がつまりそうだと思い町にやって来たラスは、どうせならビチェの顔を見て行こうと思いたって、ビチェが働く酒場へと足を向けた。

 同時に、衝撃の事実を知ることになる。


「ビチェが、行方不明!?」


「ああ、二日前から帰ってきていないんだ」


 強面の店主は、それでもやはりどこか心配そうな風情だった。

 レグルスに頼まれたとはいえ、獣人であるビチェを受け入れるだけの度量がある人物だ。

 ビチェも本来の年齢以上に幼く見えるため、余計に心配になるのだろう。


「だが、あいつのことをあまり騒ぎにするわけにもいかなくてな…」


 それはつまり、他の行方不明者と同様の状態、というわけだ。

 おそらくは同一犯の犯行だろう、とラスは確信する。


 そうとわかれば、向かう先など一つしかない。


 ラスは今さっき来た道を戻り、魔方陣を使って温室に戻ってきた。

 黒髪の男装から、銀髪のドレス姿へと変身し、身なりを確認する。

 そうしてはやる気持ちを抑えて廊下を歩き、目的の場所に到着する。


「失礼します」


 ラスはそう言って、皇太子の執務室の扉を開けた。


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