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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
30/81

28

 ビチェに盛大な勘違いをされたまま、ラスは酒場をあとにした。

 何故かレグルスも一緒だ。

 しかも、ラスのあとをついてくるのである。


「おいレグルス。なんでついてくるんだよ」


 先ほどの出来事もあって、ラスの機嫌は悪い。

 が、レグルスの方はそんなことを気にもとめていない様子だ。


「気にするな」


 薄く笑いながら軽くそう言う。


(気にするなって…)


 普通それは無理だ、とラスは思う。


「大体、戻らなくていいのかよ」


 ラスと違って、レグルスには執務があるはずなのだ。


「今日の分の仕事など、とっくに終わっている。おまえが気にすることじゃない」


「そーですか」


 そう言いあいながら、人通りの少ない道に入ったとき。

 ラスとレグルスはほぼ同時に、鋭くその目を細めた。


 そして、二人を取り囲む、複数の男たち。


「さあて。どっちのお客さんかな」


 ラスはぽつりとつぶやいた。

 どちらも立場が立場である。

 少し考えただけでも、二人とも心当たりなどごろごろあるのだった。


 だが、男たちの着ているローブ、ラスには見覚えがあった。


(ビチェを連れて行こうとしてたやつの仲間か?)


 ということは、ラスの相手である可能性が高い。


「手、出さなくてもいいぜ。たぶん俺の客だ」


 ラスはにやりと笑ってレグルスに言った。

 好都合だったのだ。イライラした気持ちをぶつけるのに。


 言うと同時に、襲ってきた男の一人を吹き飛ばす。

 剣のほうが好みだが、ラスは体術だって得意だ。

 正面から向かってきた一人には拳を顔に叩きこみ、背後から近づいてきた者には振り向きざま蹴りをお見舞いする。


 そして、バタリという音。

 ラスが相手にした男たちが倒れたにしては、明らかにタイミングがおかしかった、それ。


「おい!手出さなくていいって…」


「暴れる口実を、一人占めするなよ」


 レグルスだ。

 こちらもラスと同様、剣だけが得意というわけではないらしい。


(ちっ、仕方ないか…)


 言い争う時間も惜しかった。

 ラスとレグルスは、各々自分の取り分を競うようにして戦った。

 協力するつもりはついぞなかった二人だが、そのすさまじい実力であっという間に男たちを地面に這わせていた。


「全部で何人だ?俺は7人ぶっ飛ばしたけど」


「俺は6人」


(よし、勝った!)


 そう思って気分がよくなったラスである。

 内心喜んだことは表に出さず、ラスはレグルスを見やる。


「そういえばまだ言ってなかったが、俺がビチェに会ったのは、こいつらに襲われて連れ去られそうになったのを助けたからなんだが…レグルス、おまえ何か心当たりはあるか?」


「…何故俺にきく?」


「知り合ったばっかの俺よりは、おまえの方がビチェのことに詳しいだろ。それに、ここのところ帝都で行方不明者がでていると聞いた。それも、そのことを騒ぎ立てるような身内がいない者ばかり、な」


 ビチェは獣人だ。

 そして獣人ならば、己の正体を隠して生きている者がほとんどだ。

 身内がいない者も多い。たとえいたとしても、何か事件に巻き込まれた場合、騒ぎになることをおそれて表立って何かできる可能性は低い。

 そして、行方不明者がただの偶然などではなく、何者かに誘拐されたのだとしたら…


「もしかして、獣人ばかりを狙っているんじゃないのか?」


 それがラスの出した結論だった。


「レグルス、帝都はおまえのお膝元だ。事件のことを、おまえが知らなかったはずがないだろ」


 ラスは知っている。

 レグルスは決して、情だけで動くような人間ではない。

 気まぐれなレグルスのことだ。ビチェを助けたその瞬間はどう思っていたのかしらないが、今でもつながりがあるのは、何らかの目的があるからだ。


「おまえ、息抜きとか言って、実は今回のことを調べてたんだろ?」


 ビチェは囮か?と鋭い視線をレグルスに向ける。

 ラスの追求のまなざしに、レグルスは低く笑っただけだった。

 

「近々、とあるオークションが開かれるそうだ。出品されるのは生き物で、ちょっと特殊なものらしい」


 レグルスは否定も肯定もしない。

 けれど、ラスにはその言葉だけで十分だった。


「人身売買かよ…」


 ラスは考えただけで気分が悪くなった。


 獣人は、その特徴として獣の一部分を体に持つ。

 個人差はあるが、普通の人間よりも身体能力などが優れていることが多く、その容姿も整ったものであることが多い。

 その物珍しさから、一部の好事家たちのコレクションとして人気があるらしい。


 人身売買は犯罪だ。

 それはエンダスだろうが、帝国だろうが変わらない。


「隙だらけだぞ」


 思考に沈んでいたラスは対応が遅れた。


「!?」


 わずかな衝撃とともに背中に硬いものがふれる。

 いつのまにか両手を押さえられ、近くの壁に縫いとめられてしまったのだ。 

 ラスはレグルスと壁に挟まれた形になる。

 顔を上げれば、緑の瞳と視線がぶつかった。


(おいおいまたかよ!)


 レグルスがこのような行動に出るのは珍しくない。

 が、そのタイミングはあまりにも唐突過ぎて、ラスの理解を超えている。


 レグルスとラス。

 皇太子とその側室という関係上、ラスはレグルスを拒まない。

 あまりにも非常識な行動なら止めもするが、それ以外なら受け入れる。


 レグルスが何を思っているのかなど、考えても仕方がない。

 そう思ってラスは目を閉じ、体の力を抜く。


 もう少しで唇同士が触れるという、そのとき。

 ふっと笑うような息が触れたきり、気配が離れていくのをラスは感じた。


「十日後だそうだ。オークションが開催されるのはな」


 耳元でささやかれた声。

 驚いて目を開ければ、既にレグルスは身をひるがえし、表の通りへと戻って行った。


 一人残されたラスは、息が触れただけの唇を押さえた。


(される、と思ったのに…)


 今までのレグルスとは、明らかに異なる行動。

 これもきまぐれなのか、それとも何か意図があるのか。


「何なんだよ…」


 つぶやきには困惑と、そして僅かな苛立ちが混じっていた。









 山々に囲まれたとある屋敷。


「やっぱり天気が悪いねぇ。周りが山だから仕方ないんだろうけど」


 激しい雨がガラス窓に叩きつけられ、しまいには雷まで鳴りだした。

 それを眺めて、金髪の青年はぼやくようにぽつりと呟いた。

 彼の手の中には、1枚の紙。


「それは?」


 部屋の中にいたもう一人の男が問いかける。


「招待状だよ。ガルディアでオークションをするそうだ」


「行かれるんですか?」


「せっかく招待状をもらったしね。もしかしたら掘り出し物があるかもしれないし…」


「あなたが、わざわざご自分で、ですか」


 珍しいことだ、と男は思った。

 金髪の青年はよほど必要があったり、興味がなければ足を運ばない人物なのだ。


「それに、もしかしたら君のご主人様に会えるかもしれないしね」


 ねえロッソ、と青年は男の名を呼んだ。

 瞬く光が、ほぼ同時に響くピシャリという音とともに届く。

 闇の中、右目にモノクルをした男の姿が白く浮かび上がった。

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