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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第一章
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 ガルダ帝国からもたらされた知らせは、エンダス公宮を震撼させた。


 第6公女セラスティアの侍女シュニアはその知らせを聞いた瞬間、驚きのあまり茶器を取り落とした。

 幸い割れはしなかったが、赤茶色の液体がテーブルからこぼれ落ち、床に広がっていく。

 普段なら誰より気がつく優秀な侍女は、しかしこのときばかりは動くことが出来なかった。


「美人が台無しだぞ、シュニア」


 せめて口を閉じろ、とラスが言ってやらなければ、いつまでその状態でいたかわからない。

 再起動した赤毛の美女は開いたままだった口を閉じはしたものの……


「な……」


「な?」


「何がどうなっているんですか!?」


 それは小声であるだけ上出来であった。

 しかしその代わり、シュニアは非常に厳しい目で現状説明を求めてきた。

 納得できるように説明しろと、鋭い眼差しを向けてくる。


 俺に怒っても仕方ないのにな、と内心ラスは思ったが、口に出すようなことはしない。

 シュニアに新たな八つ当たりの対象が現れるまでは、不用意な発言は避けるべきだ。長年の付き合いから、その辺りはよくわかっている。


 とりあえず、父大公からの正式な決定を伝えた使者を退室させ、人払いをした。

 といっても、権勢の弱い第6公女の周りにいる人間の数などたかがしれているのだが。

 そうしてシュニアと二人きりになり、さらには盗聴を防ぐ結界が正常に作動していることを確認して、ラス……エンダスの第6公女セラスティア・アロン・ルーエンダスは大きなため息をついた。

 先日は黒い服を身にまとい、黒髪をまとめて戦場を駆っていた姿とは打って変わって、今は薄い青のドレスを身にまとっている。その髪は光をはじく美しい銀色。こちらが本来の色なのである。


「この前の戦で、負けたエンダスに帝国が人質を要求してきた。それならもっと有名どころを指名すればいいのに、あちらさんは表舞台にほとんど出てきたことのない公女を皇太子の側室に迎える気なんだと。第6公女……つまり俺を」


「……一体何やったんですか」


「第6公女の婚姻だけでなく、別の要求も帝国から来ている。ノアンロンでのエンダス軍総指揮官及びその幕僚たちに処分を与えるようにと。戦火を悪戯に広げた責任をとれだとさ」


 頭が痛いぜ、とまたラスはため息をつく。

 先の戦いの直前、軍で力を持っていた将官たちのほとんどが、勝ち目のない戦いを前にして、戦場へ行くことを拒否したのだ。自分の命や権力惜しさに。

 見かねたラウゼン元帥が隠居した体に鞭を打ち、彼を支持する極少数の人物たちによって軍備を整えられた。

 その彼らが中枢から離れれば、エンダス軍には戦場を指揮する武将がいなくなる。これでエンダスはほとんど丸裸。弱体化は避けられない。


「当然、ラウゼン元帥の旗下に入り、戦場を指揮した1人である独立遊撃部隊隊長ラス・アロンも処分の対象だ。隊長をクビになった」


 そこでラスは一息入れた。


「結論を言えば……たぶんバレたんだな、俺の正体が」


「……お馬鹿~!何やってるんです!?」


 一瞬絶句したシュニアだったが、今度の立ち直りは早かった。

 明確な原因が目の前にいたからだ。


 一方で馬鹿呼ばわりされたラス(一応主人)は、本来なら不敬罪に問われるような侍女の言葉をあっさりと流して───割と言われ慣れているのだ───だがな、と言葉を続ける。


「なんで俺を側室に、なんてことになるのかわからん。まだリニルネイアを指名されるならわかるが、『セラスティア』はただ大公の血を引く庶子の一人にすぎない」


 ラスの異母妹、第7公女リニルネイアはとある予言を受けて生まれ、公族の中でも位置付けが高い。

 母親の身分も高く、しかも容姿に優れていた。


 それに引き換え、たとえ公宮をたびたび(というかほとんど)抜け出している上、ごろつきどもを集めて傭兵団を結成し、男の姿で戦場で指揮をとっていようが、セラスティアは表立っては何の力も持っていない無力な少女なのだ。

 ラスを知る面々に言えば、かなり微妙な顔をされる表現である。

 少なくとも、表向きはそうなっている。当然大公に対する人質としての価値も薄い。


「では何故……」


「たぶん、ガルダ帝国の皇太子が第6公女を選んだのは、公女としてではないってことだろう」


「公女としてではない?」


 それはどういうことなのだ、と表情で問いかけてくるシュニア。


「知らん。我がライバル殿にきいてくれ」


 憮然とした表情でラスはそう言った。


 ガルダ帝国皇太子は、武勇に優れた近年の帝国の領土拡大の立役者であった。

 一方ラス・アロンとその組織したレイクウッド傭兵団は、正規軍人ではないものの、限られた権限の中で非常に有能な働きを見せていた。

 両者は戦場で幾度か激突し、そのたびに名勝負であったと称賛され、いつの間にやら世間は二人を宿命の好敵手である、と認識しているらしい。

 実際には、二人は直接顔を合わせたこともないというのに……


 直接会ったことがなくとも、ラスはかの皇太子がひどく優秀であることを知っていた。

 間違いなく今回の件にも関わっているのだろう。

 そして、意味もなくこのようなことを実行させる男ではない。


「何を考えているんだか、あいつの考えていることはさっぱりわからん」


 どの道、負けたエンダスが帝国の要求を拒めるわけもない。

 考えても仕方がないか、とラスは潔く諦めた。

 たとえラスが皇太子の思惑を看破したところで、それを止める手立てなど、少なくとも今の彼女には持ち得なかったのだ。


 こうしてラスが帝国に向かうことが決定したのである。

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