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しばらくして出てきた料理は素朴だがどこか懐かしさを感じさせる味で、これなら店が繁盛するのもわかる、とラスは思った。
レグルスの方はもうすでに食べ終わった後であったらしく、まだ昼間だというのに酒のグラスを手にしている。
もっとも、レグルスは少しも酔った風ではないので、繊細な顔に似合わず酒豪なのかもしれなかった。
「そういえばおまえ、なんで異母妹が苦手なんだ?」
レグルスの突然の質問に、ラスは食事の手を止めた。
「は?」
「来ることを教えてやったら、おまえひどく動揺していただろ」
あのときのラスは明らかに取り乱していた。
どう考えてもおかしかったのだが、あの状況では元凶はラスの異母妹以外に考えつかないのである。
あ~、とラスは少々顔をひきつらせた。
「いや、リニルネイアはいい子だぞ。いい子なんだがな…」
問題は彼女の周囲で起きる出来事なのだ。
ラスは仕方がなく、淡々と語り始めた。
「エンダスにいたころは、一応俺にも婚約者ってのが決められていてだな…」
ラスは庶子とはいえ大公の娘だ。
むしろ母親の身分が低かったからこそ、余計な思惑もなくすんなりと婚約者は決定していた。
ラスとしてはどうせ政略結婚なのだから、相手になどあまり興味はなかった。
自分に無関心で、できるだけ放っておいてくれるような人物ならありがたいなとは思っていたが。
相手の方だって、その辺りは割り切っていることだろう。
なにせ大公の娘を娶ることが目的なのだから、その相手が誰だろうと構わないはずだ。
だが、悲劇は起きた。
正式な婚約の儀が執り行われる直前、相手側がドタキャンしたのである。
同じことが全部で三回。
ラスは計三人の婚約者に逃げられたのだった。
ちなみにその際どういうセリフを言われたかと言えば…
『申し訳ありません。私は、リニルネイア様をお慕いしているのです。たとえあの方と結ばれることはなくとも、この気持ちを偽って結婚など出来ません!』
三人ともにそう言われれば、ラスとしてはもうどうしていいやらである。
別にリニルネイアが何かをしたわけではなく、勝手に婚約者たちがのぼせあがっていただけだというのだからまた切ない。
思い出してラスが渋い顔をしていると、レグルスは何故か笑っていた。
ラスとしては、自分の過去話を酒の肴にされてもちっとも面白くない。
「何笑ってんだよ…」
ラスはじとりとレグルスを睨む。
「おまえの異母妹に、感謝したくなってな」
「は?」
なぜそうなるのか、さっぱり理解が出来ないラスである。
「おまえ、もしかして俺が嫉妬などしないとでも思っているのか?」
と、いぶかしげなレグルス。
嫉妬。
自分より地位や能力の高い者、あるいは恋敵などに対して抱くやつだろうか、とラスは思った。
それならば知らないわけではない。
むしろ、今はおさまってきたとはいえ、ラス自身が宮廷の女たちの嫉妬の嵐の中にいるのである。
「嫉妬がどうしたって?」
「例えばだ。今、色気たっぷりの美人の女が俺の膝の上に座り、酌をしているとする。それを見ておまえどう思う?」
「…俺にも酒注いでほしいなぁ、とかか?」
「………壊滅的だな」
「だから何が?」
レグルスの意図がさっぱりわかっていないラスである。
「まあ、つまりだ。もしもその婚約が成立して婚姻までこぎつけていたら、おまえが今俺の横にいることはなかったということだからな。その点は、ぶち壊してくれた原因に感謝してもいいと思ったわけだ」
「あ~そっか。そうだよな。そしたら俺は今この国にはいなくて、つまりは可愛い侍女たちとも出会えなかったってことなんだよな」
「………」
レグルスはグラスを持つのとは反対の手で頭を押さえた。
酔いが回って頭痛でもするのだろうか、とラスは思ったがふと気付く。
「あ。あと、おまえにもか」
「!?」
何気なく付け足したラスの言葉に驚いたように顔をあげたレグルスは、まじまじとラスを見ている。
「おい、レグ…レイ?」
一瞬いつものように呼びかけて、男がレイという名を使っていたことを思い出し、ラスは慌てて言いなおした。
じっとラスを見つめるレグルス。
その雰囲気は、先ほどまでとは少し違っているように思われた。
「ほう。一応俺のことも頭にあったんだな。その割には、イーズとかいう男と帝都見物を楽しんでいたそうじゃないか」
その声はどこか冷たい響きを含んでいた。
「…ニールから聞いたのか?」
レグルスとニールは幼馴染で側近でもある。
ニールがラスの正体について気付いていたとは考えづらいが、知らないまま話をしたとしてもレグルスならそれがラスのことだとわかっただろう。
「イーズはさ、自分の目標である父親を超えるために帝都に来たんだと。なんかいいじゃんか、夢も希望もある若者って。なりゆきで出会ってお互い帝都には不慣れだったけど、結構おもしろかったな」
ラスはそのときのことを思いだして楽しそうに笑った。
「………」
レグルスは右手に持っていたグラスをテーブルに置いた。
その動作が少々乱暴で、グラスとテーブルがぶつかる音が響く。
ラスは何故かはよくわからなかったが、レグルスの機嫌が悪いことだけはわかった。
「ちょっ!」
不自然に顔を近づけてくるレグルスに、ラスは慌てた。
「ストップストップ!」
やることやっている二人であるが、だからと言って場所もわきまえないような恥知らずではない。
周りには多くの客がいるというのに、こんなところで何をするつもりなのか。しかも中身はどうあれ、はたからみれば男同士に見えるはずなのだ。
レグルスの左手はラスの右手をテーブル上に固定し、右手はいつのまにはラスの腰にまわっている。
力加減が絶妙で、ラスがもがいてもびくともしない。
そのまま距離が縮められていく。
(こうなったら蹴り入れてでも…)
とラスが物騒なことを考えていたそのとき。
「何してるんだよ?」
聞き覚えのある声がした。
それを聞いてレグルスの動きが止まり、ラスは内心ほっとした。
ラスとレグルスは同時にその声を方に視線を向けた。
ビチェだ。
おそらく仕事が一段落して、再びラスたちの様子を見に来たのだろう。
が、あまりにも近すぎる二人の距離を見てビチェは固まっていた。
少しの沈黙のあと、ビチェが震える声で紡いだ言葉は…
「ま、まさかおまえら、そういう関係…」
どういう想像をしているのか容易にわかってしまったラスである。
「いや、あのな…」
まさか本当のことを言えるわけないが、この場を取り繕うくらいの誤魔化しは許されるだろう。
そう思って口を開いたラスだったが、突然強い力で引き寄せられそれ以上言葉を続けることが出来なかった。
こんなことする人物など一人しかいない。
レグルスは有無を言わさず左手でラスを引き寄せ、自分の胸にその頭を抱え込むと、空いた右手を口元に持っていく。
薄く笑いながら人差し指を立てて唇に触れさせ、声には出さずシーと言うように口を動かした。
まるで見せつけるような、その仕草。
実際のところ、ラスはレグルスの胸にぶつかって低い呻き声をあげていたりもしたのだが、ビチェには十分意味深な関係に見えたらしい。
若干頬が赤くなっている。
「そっか…。あ、俺別にそういうのに偏見はないからな。応援するぜ。きっと世間の風当たりとか強いだろうけど、頑張れよ。」
「ビチェ…」
ようやく解放されたラスは、力なく子供の名を呼んだ。
年の割に理解がありすぎる子供である。
いや、間違ってはいないのだ。確かにラスとレグルスはそういう関係だ。
ただちょっとばかり、ビチェの前提が真実と異なっているだけで。
もはやラスが何を言っても、照れ隠しか何かと思われるだけだろう。
そう悟ってラスが元凶たる男を見上げると、レグルスは涼しい顔をしてその視線を受けた。
どうやら機嫌は戻ったらしい。
そのかわりラスの機嫌は大幅下落だ。
効果がないのはわかっていたが、ラスはギリッと鋭くレグルスを睨みつけるのだった。




