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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
26/81

24


 イーズは己の剣を構えたまま呆然とした。一体何が起こったのか、と。


 イーズはとっさにラスとニールの間に割って入り、己の剣でニールの剣を受けるつもりだった。

 しかし、そこで予想外のことが起こった。

 ニールの剣がイーズの剣にぶつかった瞬間、ニールの剣は二本ともその根元の部分からボキリと折れてしまったのだ。


「なるほど…」


 皆がしんと静まり返る中、一人冷静なアノンの声が響く。


「あの黒髪の彼が執拗に剣の根元ギリギリを狙っていたのは、剣を弾き飛ばすためではなく、同じ部分に攻撃することで剣そのものを折ってしまうためだったということですか」


 使われたのは年季が入った模擬剣であったし、不可能なわけではない。

 だが、何度も相手の剣の同じ部分を狙い、かつ自分のほうは折れてしまわないようにぶつける場所を変える必要がある。

 戦闘中に狙ってそんなことができるなど、離れ業と言っていい。


「あぶねーな、イーズ。模擬剣はいくら切れないからって、鈍器にはなるんだぞ」


 その離れ業をやってのけたラスは、呆れたようにイーズを見た。

 タイミング良く折れてくれたからよかったものの、一歩間違えれば大怪我間違いなしだったのである。

 あのままイーズが割って入らなければ、ラスはそのままニールの剣を叩き折って勝利していたことだろう。

 そう思うと、自分は非常に余計なことをしたのでは、とイーズは思う。


 離れて見ていたシュニアが小走りで近寄ってくる。

 ラスの無事を見てとって、軽く息を吐く。


「流石ですね。改めてあなたの非常識さを痛感しました」


「惚れ直しただろ?」


 茶目っけ混じりに片目をつぶってラスが言えば


「私は常にあなたに惚れ直してますよ」


 顔色一つ変えず、さらりとシュニアが言い返す。

 どうやらこれが、この二人にとっては普通のやりとりであるらしい。


 呆然としていたのはイーズだけではなかった。

 剣を折られた張本人のニールである。ぽつりと彼は呟く。


「俺の負けだな…」


「そうだな。よって今後一切シュニアには近づくな」


 ラスがそう言った瞬間、ニールの顔がゆがんだ。

 だが、勝負の結果は変えられない。自分から申し出た以上、ニールにはそれに従う義務がある。


「…と言ってもいいんだろうけど、別にシュニアが嫌な思いをしないアプローチなら許してやるぞ」


「ラス!」


 声をあげるシュニアを無視して、ラスは言葉を続ける。


「勘違いさせて悪かったけど、俺は別にシュニアの恋人じゃない。ただし、こいつに関していろいろ責任とやらを持ってるからさ。あんまり嫌がるような行動は目に余るわけだ」


 だから、と言いながらラスはまたニールに剣を向ける。


「シュニア泣かせたら、今度は折られるのは剣じゃなくて、おまえ自身だと思えよ」


 それは間違いなく脅迫の言葉だった。

 素人が見たら即座にすくみあがるだろう、強烈な覇気。


「あ、そうだ。ショック受けてるとこ悪いんだが」


 先ほどまでの雰囲気はどこへやら、笑みを浮かべながらそう言ってラスはイーズを指差す。


「こいつ入団希望者なんだってよ。試験受けさせてやってくれないか?」


「…試験は必要ないだろ。素質は十分みたいだし」


 ニールの言葉にイーズは驚く。

 もしや、ラスと一緒にいることから、同程度の実力の持ち主だと勘違いされているのではないだろうかという不安にかられる。


「ええと、ラスのような芸当は僕には…」


「そんなこと期待しちゃいないさ。あれはどう考えても規格外だろ」


「おいこら~失礼だろうが」


 渋い顔してラスは文句を言ったが、怒っているわけではなさそうである。

 自分が常識外れの力の持主だと自覚はしているのだろう。


 ニールは苦笑して言った。


「俺が言ってるのは、心のことさ。おまえはさっき、とっさに俺とあいつの間に飛び込んだ。俺の実力は知ってただろうにな。仲間を助けるために命が張れるっていうのはさ、それだけですげえ素質だ。それに、俺たちの間に割って入った素早い動きはなかなかだったぜ」


 そういえば、とニールは言葉を続ける。


「おまえ、名前は?」


「イーズ・ハウンドといいます」


「ハウンド…?」


 何かを思い出すような素振りをするニール。

 やがてポンと手を打つ。


「もしかしてガド・ハウンドの…」


「息子です」


「そうか。あの人には昔何度か稽古をつけてもらったことがある」


 そう言ってニールは昔を懐かしむような顔をする。

 それを見て、イーズは自分の父親の大きさを改めて思い知った気がした。


「父はこの騎士団で自分の腕を磨いたと聞いています。僕は、そんな父を超えたいと思ってここにきました」


 それはイーズの決意のこもった言葉だった。

 そのまっすぐな心は、ニールにも伝わったらしい。


「俺の指導は厳しいぞ。使えないようだったら放り出すからな」


「はい!よろしくお願いします!!」


 その日ガルダ帝国騎士団に、仲間が一人加わることになった。





 ラスとシュニアは去り、イーズは宿舎の自分の与えられた部屋へと案内された。

 人がいなくなった訓練場に、ニールは大の字で寝転がっていた。


「いや~久々に気持ちいいぐらいの負けっぷりだったな」


 ニールをここまで追いつめられる人物など、皇太子レグルスくらいなものだ。

 ニールも自分の実力に自信を持っていたのだが、世界は広いのだということを痛感した日だった。


「あ、そう言えば、あいつの名前きくの忘れたな」


「ラス、と呼ばれていたぞ」


 幼馴染を見下ろしながらアノンが答える。


「何か思わなかったのか?」


「って何を?」


 幼馴染の鈍さにアノンはため息をついた。


「黒髪に深青の瞳で、ラスという名だぞ。心当たりがあるだろう?」


 そこでようやくニールは思い至ったらしい。


「まさか…レイクウッドのラス・アロンか!?」


 レイクウッド傭兵団頭領ラス・アロン。

 直接まみえたことは無いが、その実力は広く伝わっている。

 確かに本当にラス・アロンだとしたら、ニールを簡単に打ち破ることができても不思議ではない。

 何せあのレグルスのライバルと言われているのだから。


「レイクウッド傭兵団の本拠地はエンダスだからな。エンダス出身の侍女殿と知り合いでも、不思議ではない」


「おいおい。じゃあ、エンダスのやつらが入り込んできてるっていうのか?」


「まさか頭領本人が出向くとは思えないが、例の件もあるしな。油断はできない」


「気を引き締めてかからないとってことか…」







 騎士団の宿舎をあとにしたら、ラスは途中でシュニアとも別れた。

 帰る場所は同じでも、まさか男装姿で帰るわけにもいかないからだ。


 ラスは魔方陣のある場所まで戻り、あの温室へと転移で帰ってきた。

 すると…


「よう。遅かったな」


 何故かレグルスがそこにいた。

 この温室で会うのは、初めてこの皇太子宮で会った時以来である。

 その手元にあるのは、何かの資料。おそらくは執務に関わるものだろう。


(まさかこいつ、ずっとここで俺を待ってたとかじゃないよな…?)


 だが、そんなことをする必要性がラスには思い当たらない。

 息抜きがてら仕事場所を変えてみただけなのかもしれないという結論に達する。


「勝手に俺の魔方陣を使っておいて、何もいうことはないのか?」


 レグルスの顔には意地の悪い笑みが浮かんでいた。

 もしかしたらこれを言うためだけにここにいたのだろうか、と一瞬ラスは思ってしまった。

 外に出たことよりも、魔方陣を使ったことに関して追及してくるところはレグルスらしい。


「断りもなく使って悪かった。それは謝る。あ、一応きいておくが、通行料とかとらないよな?」


「とるか、そんなもの」


 レグルスはすっかり呆れた様子だった。

 ときどきラスは妙に守銭奴のような発言をする。

 傭兵団の運営のために必要があって身に付けたものだろうが、この状況ではひどく脱力を誘う一言だ。


 レグルスは頭を切り替える様に、軽く首を振った。


「それで、外で一体どんな騒ぎを起こしてきたんだ?」


 あんまりといえばあんまりな発言である、とラスは思った。

 騒ぎを起こしてきたこと前提で話が進んでいる。あながち間違ってはいないだが。


「失礼な。前途ある若者を正しい道へと導き、あとはちょっと躾のなってない獣を絞めてきただけで…おまえのとこの騎士団長、もし落ち込んでたら悪い」


 ラスのその発言で、レグルスはいろいろと察したらしい。


「…たぶん大丈夫だろう、あいつは。明日にはけろりとしてるだろうさ。俺がボロボロにしてやったときもそうだからな」


「そっか、ならいいか」


 帝国騎士の頂点に立つ男も、この二人の前ではかたなしだった。

 側近を絞められても気にしないレグルスも、それを聞いてならいいかで済ませてしまうラスも大概である。


 ああそうだ、とレグルスは思い出したように言った。


「近々おまえの異母妹が来るぞ」


「はぁ!?」


 帝国最強の騎士と戦うときもまったく動揺しなかったラス。

 しかしこのときばかりは、非常に間抜けな声を出してしまったのだった。

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