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どうせなら一緒に帝都見物をしようという話になり、イーズとラスは連れだって町へくり出した。
不慣れな二人の頼りになるのは、あのガイドブックである。
とりあえず有名どころの観光スポットをまわってみた。
途中迷いかけもしたが、幸い人が多かったこともあり、地元の人間に道を聞いてなんとか乗り切ることができた。
神々の彫刻が飾られた神殿、帝国の歴史を物語る資料館、様々な商品がならぶ巨大な商店。
どれもイーズにとっては初めて目の当たりにするものばかりであった。
だが一番驚いたのは、ラスに対してである。
わからないことがあると、積極的に周りの人に話しかけて質問をする。話しかけられた人物は初めは面喰ったような表情だが、次第に打ち解けてそのうち談笑しだすのである。
おそらく顔がいいからもあるのだろうが、その物怖じしない態度はイーズには絶対真似できない。
きっと自分とは違い、さぞやもてることだろうとイーズは思った。
途中小腹がすいたため、中央の噴水広場へと立ちよる。
広場にはいくつかの屋台が出ており、食べ歩くのにはもってこいだった。
においにつられ、ラスは屋台を切り盛りする中年の女性に話しかけた。
「それ、もらえるかな。いいにおいだからつい食べたくなっちゃって」
注文をしたのは、女性が今焼いているものだ。
鶏肉を串に刺して焼いたもので、甘辛いタレとその上からまぶせられた香辛料が食欲をそそる。
女性はラスの笑顔を見ると一瞬頬を赤らめた。
「そうかい。それじゃ、お兄さんいい男だからサービスしとくよ」
「サンキュー。さすがいい女は度量が違うねぇ」
「やだねぇ。照れるじゃないかい」
わかりやすいお世辞だったが、ラスの言葉に女性は気をよくした様子だった。
そのいい男に自分は入っていないのだろうことは簡単に予想がつくイーズである。
というか、二人組なこともわかっているのかどうか。
焼き立てをくれるというので、少し待ち時間が生まれた。
「そうだ。お兄さんも綺麗だから気をつけたほうがいいよ」
待たせるだけでは悪いと思ったのか、女性がラスに話しかける。
「何の話だ?」
女性の話に、ラスは興味をひかれたようだった。
そのことがわかって女性は得意げな顔になり、周りには内緒といった感じで声を低める。
「実はね、最近行方不明になる人が出てるんだよ。それもそろって綺麗な顔の子たちばかり」
「へぇ、ガルディアって治安がいいって聞いてたんだけど…」
人攫いであろうか。
平和そのものの風景に似合わぬ、いささか物騒な話である。
「そりゃ、皇帝陛下のお膝元だもの。他に比べたらよっぽど安全さ。でも姿を消したのが身寄りのいないような子たちばかりだったから、今のところあまり騒ぎにはなってないんだよ」
「そっか。ありがとな。一応気をつけるよ」
丁度焼きあがったらしく、そう言ってラスは商品を受け取る。
女性に向かって愛想よくラスは手をふり、その場を離れた。
よくよく確かめてみると、注文したのより一本多い。おまけしてくれたらしい。
最後まで、あの女性には自分のことなど眼中に入ってないんだろうな、とイーズは少々ふてくされた。結局ひと言たりともイーズには話しかけられなかったのだ。
また、先ほどの話で自分の田舎との違いを実感させられた気がした。
人攫いなんて物騒なものがでるというのも驚いたが、イーズの田舎では住んでいる人間みんなが家族といった感じの環境だったため、誰かがいなくなってもあんなに冷静に話していられるなど、信じられなかった。
「都会って怖いところなんだね」
人攫いだけではなく、帝都の住人のドライさがイーズには馴染めなかった。
「そうだな…」
ラスは何か考え事をしているようで、返事はどこかそっけなかった。
適当に座る場所を見つける。
焼き立てだけあって串料理はおいしく、あっという間に食べてしまった。
「そういえば、なんでイーズは騎士団に入りたいんだ?」
タレで汚れた手をぬぐいながらラスが言った。
「えっと、憧れっていうか、超えたいと思った人がいて、その人が昔帝国騎士団にいたっていうのを聞いて、いてもたってもいられず…」
冷静に考えれば、顔から火が出るくらい恥ずかしいとイーズは思った。
「憧れ、か…」
「ラスにはいないの?」
「う~ん。こうなりたいとかいう人は別にいないかな…」
苦笑して答えるラスだったが、途中あっと声を上げる。
「憧れとは違うかもしれないけど、負けたくないやつは、一人、いるかも…」
「へぇ、ライバルか」
このラスの相手となると、かなり凄い人物にちがいない。
「ライバル…そうだな。あいつにだけは、絶対にみっともないところは見せたくないんだ」
そう言ったラスの表情は何かを回想でもしているようで、少しだけ口の端を釣り上げた。
もしかしたら、そのライバルの顔でも思い出しているのかも知れないな、とイーズは思った。
今度は小さな商店が集まった通りにきていた。
イーズは持ち合わせがそれほどあるわけではなかったので結局買い物はしなかったが、硝子越しに商品を見るだけでも十分面白いものだった。
ふとある人物がイーズの目にとまった。
どこかの屋敷に仕えているのか、お仕着せ姿の見事な赤い髪をした若い女性。しかもかなりの美女である。
「うわ~あの人すごい美人だ」
イーズの口からは思わず感嘆の言葉が漏れた。
「…ああ」
それに対し、ラスの反応は何故か妙に鈍かった。
一瞬それを疑問に思ったイーズだったが、それよりも美女のことが頭を占めていた。
イーズのいた田舎では、あれほど美しい人は見たことがなかった。
否応なく、イーズの鼓動は高まる。
が、そこでまた違う人物が視界に入ってくる。
ところどころとび跳ねた金髪の男だった。
「あれ、恋人なのかな…」
金髪の男は親しげな様子で美女に話しかけている。
男の方もなかなか整った顔立ちで、二人並ぶと非常に似合いのカップルに見えた。
イーズは膨らんだ心が一気にしぼんでいくのを感じる。
「いや、違うと思うぞ」
妙にきっぱりとラスは言った。
確かに言われてみれば、恋人にしては美女の表情は硬く、体が引き気味だ。
近づかれるのを嫌がっているように見える。
ぶしつけだろうが目を離せず、しばらくその様子を見ていると、イーズは彼女と目があった、ような気がした。
美女はイーズの方を向いて少し泣きそうに顔をゆがめる。
そして、まとわりつく男を振り切って、こちらへと走ってくるのだ。
まさか自分に助けを求めているのではないか。
イーズはそう思い、手を広げて彼女を待った。
「助けて!」
そう言って彼女が抱きついたのは…ラスであった。
広げた両腕が虚し過ぎる。
ここでもか、ここでもなのか、とイーズは地味にショックを受けていた。
だから…
「なんでここにいるんです?」
「そういうおまえこそ」
抱き合う二人の間で、小声でそんな会話がなされていたことなど気付かなかったのだった。
ラスと美女はずいぶん親しげな様子だった。
ラスも慣れた手つきで彼女の背に手をまわしている。
そこに現れたのは先ほどの金髪の男である。
男の姿を見た瞬間、美女の雰囲気が刺々しくなった。
「ニール殿、いい加減にしてください」
ラスの左腕を抱きしめながら、美女は金髪の男に向かって言った。
「シュニア殿、そんなに嫌がらなくても。ところでその人は…」
美女とラスの距離の近さに、男の眉が寄ったのがわかった。
「まさか、恋人、じゃないですよね?」
「私の大切な人です」
きっぱりとシュニアは言った。
男のラスを睨む視線が厳しさを増す。
「本当か?」
調子のいい嘘なら許さないというように、追及のまなざしをむける。
ラスは少々困った様子で、右手で頭を押さえた。
「…まあ、間違ってはないな」
ラスがそう答えたのを聞いて、イーズは叫び声をあげそうになった。
元々美女と知り合いだったのはわかったが、それだって顔を知られていないなら適当に誤魔化してしまえばよかったのだ。
そんな答えでは相手を煽るしかないではないか。
案の定、男は不敵に笑った。
「それなら、勝負といこうか」
「勝負?」
男の提案にラスが問いかえす。
「そうだ。俺としても恋する女性が他の男と一緒にいるのはむかつくし、あんたが本当に彼女にふさわしいかどうか見極めてやる」
男はビシリとラスに要求を突き付けた。
「彼女を賭けて、俺と勝負しろ!」
改めて言っておきますが、この物語は帝国皇太子とその側室の“恋愛”話です。
ちょっといろいろと別のものも含んでいるかもしれないですが、誰がなんと言ってもそうなんです。
決して側室とその侍女との話ではない…はず(笑)
とか言っておいて皇太子が全然出てきてないんですがね…
そのうち活躍するのでもうちょっと待っててください。




