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シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第二章
23/81

21

 いつものようにやってきたレグルスは、目の前のものを見てやや驚いた。

 発動した様子の魔方陣と、その横に置いてある、見覚えのあるドレス。


 皇太子の側室が守護獣の温室に入れるのは有名な話だ。

 しかし、そのままの格好で外に出るのは身分をさらしているようなものであるし、男装のまま温室に出入りするのは目立つ。

 不審者扱いされないようドレス姿で来て、ここで着換えたのだろうと簡単に予想できる。

 いつかは見つかるだろうと思っていたのだが、予想以上に早い。


「おまえが教えてやったのか?」


 呼びかけたのはほかならぬ、自分の契約した守護獣である。

 シュリエラはその姿を現し、謝罪するように己の頭を下げた。


「別にかまわないさ」


 レグルスは、あまり気にしているわけではないらしい。


「竜は空を飛ぶ生き物だからな。翼が萎えないよう、ある程度の自由は必要だろう」


 もっとも、せっかくつなげた鎖をはずす気は、毛頭ないのだけれど。








 ガルダ帝国帝都ガルディア。

 にぎわう帝都の町並みに感動しっぱなしのイーズだったが、思ってもみない事態に出くわしていた。


 イーズはとある目的のため田舎から帝都へとやってきた。

 彼は田舎生まれの田舎育ち。帝都といえば書物や旅人の話などでしか知らなかったが、実際に見てみるとそのにぎわいは想像以上であった。

 今日は特に予定もなかったため、せっかくの機会である。帝都の観光用のガイドブックまで購入し、イーズは初めての帝都見物を満喫する気だった。

 だが、少々失敗した。観光がてら歩きまわっていたら、間違って裏路地へと入り込んでしまっていたのだ。

 そしてまた運悪く、見てしまったのだ。

 暴力の現場というものを。


 三人の青年が、一人の子供を取り囲んでいる。

 子供は何かをかばっているのか、不自然な格好で地面に伏したまま動かない。フードを深くかぶっているためその表情は見えないが、苦痛にゆがんでいるのは想像に容易い。

 三人の青年は、非常に人相が悪かった。子供に対し容赦のない蹴りを入れている。

 あまりにもその行動に躊躇が見られないため、人を殴り慣れている、常習犯なのであろう。


 どうするべきか、とイーズは思った。

 彼は喧嘩など、生まれてこのかた一度もしたことがない。

 しかも相手は三人もいるのだ。まともに戦っても勝ち目はない。

 かといってここで見て見ぬふりをすることも、イーズには出来なかった。

 イーズの手は自然と、腰にあるものへと伸ばされていた。


「ちょっと待って…」


 勇気を振り絞ってイーズは前に進み出た。

 だが、そこで思ってもみないことが起きた。


 誰が予想するだろうか。

 空から人が降ってくるなんて。





 形容しがたい音がした。

 それもかなり大きい。


「あ~悪い悪い。まさか屋上なんかにでると思わなかったからさ、とりあえず飛び降りてみたら不運にも人がいたんだよ」


 空からの襲来者はそう言ったが、あきらかに真剣みにはかけていた。

 見事青年のひとりを下敷きにして無事地上に降り立った人物は、たぶん年はイーズとそれほど変わらないだろう。

 黒髪に青の瞳をもち、その身のこなしは非常に軽やかだった。


「ところで、こんな人目がつかないような場所で、しかもよってたかって子供に対して、何してたんだよ」


 その言葉には、綺麗な顔に似合わぬ覇気がこもっていた。

 ついでにいうなら、襲来者は容赦なく青年の一人を踏んだまま、というかぐりぐりと踏みつけながら話している。

 踏まれた青年のほうは気絶しているらしかったが、微妙に動いているので一応生きてはいるらしい。


 逆上したのは、残りの二人の青年である。

 危ない、とイーズは思った。襲来者はイーズより大分細身であったし、そんな人物男二人に殴られたら簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。

 また飛び出そうとしたが、しかし一瞬後には目をみはることになる。

 倒れていたのは青年たちのほうであったから。

 襲来者は何事もなかったかのように、手を軽くはらっていた。どうやったのかさえわからない、目にも止まらぬ早業であった。


 イーズはなんとなくむなしくなった。

 このやり場のない思いと、出て行き損ねた自分の微妙さは、一体どうしたらいいのだろうかと。





 どうしてこうなったのか、とイーズは思った。

 目の前に座っているのは、先ほど衝撃的な出会いを果たした人物である。


 気絶した青年たちは、そのまま路地裏に放置された。

 彼らの貴重品等がすられようが知ったことではないらしい。むしろいい薬だろうと言うのだから容赦がない。

 青年たちに痛めつけられていた子供は、いつの間にか姿消していた。

 あんな光景を見れば驚いて逃げてしまうのは無理もないだろうが。


 何故イーズがそんな人物と一緒にお茶をしているのかと言えば、なりゆきである。

 襲来者、もといラスと名乗った彼は、一息つける場所がないかとイーズに尋ねた。

 ラスはこのあたりの地理に詳しくないらしかったが、それはイーズとて同じだ。

 ガイドブックの地図を眺め、二人して店を探しだした後は、イーズとしても少し休憩したいという思いにかられたのだった。


「へえ。じゃあラスは帝都に住んでるんだ。僕は昨日ついたばかりなんだよ」


「俺だって一ヶ月くらい前だ」


「でも、そのわりに店とか道、詳しくないよね」


 ラスはあまり帝都のことについて詳しくなかった。

 有名な観光施設程度は知っているようだったが、どの道に何の店があるのかや、ここを通ればどこの道に出る、などについては全く知らないようだった。

 一か月もいれば少しくらい覚えそうなものだが。

 だから二人してガイドブックをながめることになったのだ。


「帝都に住んでるっちゃ住んでるんだが、いろいろ立てこんだことがあって観光する暇もなかったんだ」


「へえ、仕事でも忙しかったの?」


「まあな」


「どんな仕事してるの?」


 世間話ついでの軽い興味でイーズは尋ねたのだが、ラスは微妙な顔をしていた。


「…接客業?」


 やや迷ったような沈黙に加え、何故疑問形なのか。いろいろとおかしかったが、イーズは深くは考えなかった。

 人間いろいろあるに違いないし、ここは帝都だ。もしかしたらイーズの田舎にはなかったような専門的な仕事があるのかもしれない。


「そういえばイーズは何のために帝都に来たんだ?」


 ラスがその質問をしてくるのは、予想の内だった。

 だが、いざとなると答えにくいもので。


「うん。実は騎士団の入団試験を受けようと思って…」


 ひどく自信なさげな声が出てしまった。

 イーズの返答に、ラスは少し驚いた様子だった。


「その年で入ろうなんて珍しいな」


 ラスの言葉はもっともだった。


 騎士は最初から騎士であるわけではない。

 どんな人物でも最初は見習いである。

 大体12~3歳で見習いとして騎士団に入り、馬の世話や先輩騎士たちの雑用をこなしながら、腕を身がいて一人前の騎士へと成長していく。

 大体の騎士が自分が最初に入団した騎士団で一生を過ごす。

 実力者は他の騎士団から引き抜きがあったりもするらしいし、また腕に自信があるものは腕試しのような感覚で他の騎士団の入団試験を受ける事もあるようだが、それも実戦経験を重ねた壮年の者が多いのだ。


 イーズは18歳だ。年齢としてはいろいろと微妙だろう。


「うん。本当なら最初から帝国騎士団に入れればよかったんだけどね。一応地元の騎士団には所属してたんだけど、いろいろあって…。やっぱり夢だった帝国騎士団に入りたいなって思ったんだ」


 地方にも騎士団は存在する。

 しかしそれは地域の治安を守るための簡易な組織で、およそ洗練さには欠けている。

 そのなかで帝都の帝国騎士団だけは別格だった。戦場を駆け抜け、華々しい武勲をあげる彼らは、本当の意味でのエリート集団だ。

 男子なら一度は誰でも憧れるが、現実を知ってほとんどのものがその夢をあきらめることになる。


「おかしいよね、こんなの…」


 いたたまれなくなって、イーズはうつむいてしまう。 


「別に笑わないぞ」


 その言葉に驚いて、イーズは思わず顔をあげた。

 ラスは本当に笑っていなかった。


「夢があるのも、それを追いかけるのも、悪い事じゃないさ。それに、さっきもイーズは子供助けようとしてたじゃないか。剣の技量はしらないけど、おまえのその心意気は立派な騎士のものだと思うぞ」


 真剣な色を称えた青の瞳は、そこでふっと柔らかく笑った。


「受かるといいな」


「…ありがとう」


 特別な言葉ではなかったはずだけれど、ラスの言葉は確かにイーズの心を軽くしてくれたのだった。

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