表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シルヴァジェント大公記  作者: 楓猫
第一章
20/81

19

お待たせしました。

久しぶりの更新です。


 連れてこられたのは、いつかの中庭だった。

 ちなみに、現在ラスは男装中である。来ている男物の服はこっそり持ち込んだ品の一つだが、ただの服なので特に珍しいものではない。もっとも、姫君の持ち物としては十分問題だが。

 さすがに髪を染める時間は無かったので、銀髪のままだ。邪魔にならないように一つにくくってある。

 髪の色を除けば、ぱっと見ラス・アロンそのものである。ラスとしては今の姿を見られると非常に困るのだが、レグルスが結界を張ったらしく、他の人間は近付けなくなっているらしい。

 用意周到なことである。


 やや欠けてはいるが、よく晴れた空に浮かぶ月が辺りを照らす。

 さっそく剣をまじえるかと思いきや、レグルスはぼんやりと月を見ているようで、そのそぶりを見せない。

 もう人が寝静まった時刻だからか、音と言えば流れる風くらいなもので、不思議な沈黙が場に満ちる。


 ラスの胸中は複雑だった。


「…なんで、言わなかったんだよ」


 沈黙に耐えかねてラスは思わず言っていた。


「なんのことだ?」


「これ…」


 ラスが取り出したのは、あのイヤリングである。

 それを見てレグルスは、ああ、なるほどと納得した。


「ようやく思い出したというわけか」


 案外鈍いんだな、という一言がラスにぶすりと突き刺さる。


「つーか、言えよ!」


 そう。思い出して欲しかったのなら、レグルスが言えばよかっただけの話である。


(そうすれば、俺だって…)


 言われれば、ラスだっていくらなんでも気付いただろう。イヤリングをとっておくぐらいには、かの少年を気に入っていたのだから。

 レグルスはラスの言葉を鼻で笑っただけだった。


(むかつく…)


 あからさまに馬鹿にされたのがわかってラスはむっとした。

 が、自分に非があるというか、ラス自身が気付かなかったのが悪いという一面も確かにあるのでぐっと堪える。


「おまえ、さ。自分の体のこと、知ってたのか?」


 とっさにラスの口から出たのは、そんな言葉であった。

 マルガレーテの言っていた、強すぎる魔力ゆえに子供ができにくい、というやつである。

 彼女の口から聞いただけで真実だとは限らないが、それが本当のことだとすればいろいろと辻褄が合う。


「正式な研究と発表はされたことがないが、どうもそうらしいな。俺が抱くと、大抵の女は魔力の影響で体の状態が不安定になるらしい。それが妊娠の可能性を極端に低くするんだそうだ」


「ずいぶんあっさり言うんだな」


 あまりにもあっさりと答えるレグルスに、ラスはやや驚く。

 聞かれる相手によっては、現在の地位さえも揺らぐ可能性のある問題だ。


「今更誰が俺を追い落とせるっていうんだ?第一、こういうのは秘密にしておく方が後々厄介なことになりかねない」


「確かにな…」


 レグルスの権勢を脅かせる存在はそうはいない。

 下手に隠しておくよりは、公然の秘密という形にしておいたほうが脅迫の種にはならないだろう。


「言っておくが別に子供が欲しかったから、おまえを側室にしたわけじゃない」


 納得顔のラスに、レグルスはやや顔をしかめて言う。


「は?違うのか?」


 レグルスの言葉に、ラスは少々調子外れの声で反応をした。

 てっきりそれ目当てで選ばれたとラスは思っていたのである。


「だっておまえ、ロッソに俺の体のこと調べるよう依頼したんだろ?まさかおまえとも手を組んでたとは予想外だったが…」


「なんだ、知っていたのか」


「知りたくもなかったんだがな…」


 ロッソが渡してきた資料。

 妙に分厚いと思っていたら、二種類あったのだ。資料の種類が。


 一つは魔石の加工技術。

 もう一つは…


「今までおまえが抱いた女の妊娠の可能性に関する研究書、なんてものをロッソから渡されたからな」


 調査の対象となった女性は、かなりの人数だった。もちろんラスも含まれている。

 そこには、通常の女性とラスとの明らかな違いが、明確なデータとともに記されていた。

 どんな方法で調べたのかはわからないが、少なくともラス自身に関しては想像がつく。おそらくはあの腕輪にそういう機能がついていたに違いない。

 呪いの効果がたいしたことなかったのも、そういう余分なものがついていたからだろう。


 レグルスとロッソのつながりをうかがわせるものはまだある。


「あ、あとはあのダンスの前に飲まされた妙なものも、ロッソの作品だろ?」


 それに対してはレグルスはニヤリと笑っただけだった。

 正解だ、とラスはなんとなく悟った。


「おかしいと思ったんだよな。妙にタイミング良く助けに入るし…たぶん魔術使って体内の魔力が動くことで、何らかの反応を起こして居場所を知らせる薬…か?」


 魔術を使用しなければ切り抜けられない状況は、すなわち戦闘状態に入ったともとれる。

 薬の効果でその場所がわかれば、すぐにその場に駆けつけることができる。


 あのとき言っていた保険というのはそういう意味だったのだろう。


(それってつまり、多少は心配してたってことなのか?)


 そんなラスの内心の疑問をよそに、感心したような、またあきれたようなレグルスが答える。


「流石に優秀だな。肝心な部分は鈍いくせに」


 鈍い、という単語が再びぶすりとラスに突き刺さる。

 案外自分も繊細だったのだな、とラスは知りたくもなかったことを思い知らされた。


 ああ、と思い出したようにレグルスは言った。


「別に子供が欲しかったわけじゃないが、好都合だとは思ったな。おまえを隣におくのに、これ以上の理由はそうはない」


 ラスの出自から言えば、どれだけ頑張ってもその地位は側室止まりだろう。

 だが、子供を産める可能性がラスしかないとなれば、未来の国母として正妻の座につく可能性は高くなる。

 だからロッソが近付いてきたとき、レグルスはそれに乗ったのだ。

 将来の為の布石として。確かな研究結果があれば、反対する者たちを黙らせる切り札になる。

 そのために、自分に寄ってくる女たちをどれだけ利用したって、レグルスはなんら痛痒を感じない。


「…引くか?俺はこういう男だ。目的のためなら手段を選ばない」


 ぽつりとレグルスが言った。

 鈍いの一言にショックを受けていたラスも、その様子に思わず顔を上げる。

 レグルスは強い。それは武術や魔術だけなどではなく、精神的な面でもだろう。

 そのレグルスが少しだけ、まるで叱られる前の子供のように見えたからだ。そういえば、目の前の男が2歳も年下だと言うことをラスはいまさらながらに思い出した。

 そんな顔をされては、ラスとて調子が狂う。


「いや、別に引かないけどさ…」


 ラスとしては、むしろ現段階で一番不気味なのはロッソである。どこまで手を回しているのか、恐ろしすぎる。少なくともあれらの資料は、行き当たりばったりでなんとかなるようなものではないのだ。

 しかも最終的に残っているのが、ラスを有利にするものばかりだ。


『これくらいしておかないと、私の“誠意”を疑われるでしょう?』


 想像したいかにもロッソが言いそうなセリフに対して、どんな誠意だそれは、とラスは思わず突っ込んでいた。

 無論レグルスがただ一方的にロッソの思惑に乗せられたとは考えづらいので、お互いうまく利用しあっていたのだろうが。


(というか、こいつ本当に、どういうつもりで…)


 ラスは、レグルスの思惑をいまいちよくわかっていなかった。


 ラスもレグルスも黙りこみ、再び場に沈黙が満ちる。


 レグルスはラスの表情を見て、大きなため息をついた。

 やれやれ仕方がない、とでも言いたい様子で、すっかりいつもの調子に戻っている。


「これの意味はもう知っているはずだな」


 そう言ってレグルスが指さしたのは、あのイヤリングである。


「確か、誓いの印だったか?皇族が特別な人間に渡すっていう…」


「生涯唯一人の、だ。立場上、私的な感情など考慮されないのが皇族だ。その俺たちに許された、いわば我が儘だな。これの行く先だけは、持ち主以外には決して左右されない」


 過去の例としては、身分差故に恋人と離ればなれになったり、自らの忠臣をなんらかの理由で裁かねばならなかったとき、己の二心なきを伝えるために相手に贈られている。

 もっとも、渡さないまま生涯を終えたり、自分の伴侶に形式的に渡す者もいるのだが。

 それにしたってたいしたものには違いない。


「おまえ、そんなものよく初対面の俺に渡したな…」


 普通もっと身近な人間に渡すはずだろう、とラスは思う。

 思い切りがいいというか何というか。

 結果としてラスの手元に残ってはいるが、一歩間違えばどこに売られていたかわからないのだ。


「それまで見たことないような珍しいタイプの人間が現れたからって、いくらなんでも軽率過ぎやしないか?」


 むろん、珍しい人間とはラス自身のことである。

 一応その自覚はあるのだ。


 あきれたようなラスの言葉に、レグルス自嘲気味に笑った。


「それぐらいしか、できなかったからな」


 いつも不遜なほど自信にあふれた彼にしては珍しい表情である。

 思わずラスが視線を向ければ、レグルスは言葉を続ける。


「あの夜、おまえに出会ったとき、俺は初めて望みというものをもった」


 けれど同時に愕然とした。

 その望みをかなえるだけの力が、彼自身にないと気付いたからだ。


 その時までレグルスは権力になど興味は無かったし、むしろそれを求めてうごめく連中を見下してさえいた。

 だが、力がなければ何もできない。そのことを思い知らされた。


 当時のレグルスにできたのは、そのときつけていたイヤリングの片方を渡すくらいだった。

 初めて彼が手に入れたいと思った者を繋いでおけるものは、それしかなかったのだ。


「以前おまえはきいたな。どうしておまえを側室に選んだのか。簡単だ。耐えられなかったからだ」


 かつての皇族たちは、イヤリングを渡すことで己の心を示そうとした。

 逆にいえば、それですべてを諦めてしまっていたのだ。


 レグルスは嫌だった。

 そんなちっぽけな繋がりなどでは我慢できない。もっと明確で、強固なものが欲しかった。


「思い出すだけなどなまぬるい。そんな暇もやらない。俺のそばにおいて、俺の存在をおまえに焼き付け続けてやる」


 そうできるための力を、レグルスは手に入れた。

 自らの意思で、自分の望みをかなえるために。


 レグルスの強くまっすぐな視線は、ただひたすらラスにのみ向けられている。

 そこでようやくラスは気づいた。


「もしかして、俺は口説かれてるのか?」


 びっくり、という感情そのまま、目を丸くしてラスはレグルスに尋ねた。


「もしかしなくても口説いているんだ」


 レグルスはきっぱりと言い切った。彼こそラスのこの鈍さにびっくりである。


「………」


 ラスはしばらく考え込むように黙り込み、そして何度かうなずくと模擬剣を抜いた。

 刃を潰してある剣は、それでも本物と同様、月明りを受けてきらりと光った。


「どうやら俺は本当にいささか鈍いらしい。…まどろっこしいことは無しだ。たぶん俺たちは、こうしたほうが手っ取り早い」


 そう言ってラスは剣をかまえる。


「そうだな…」


 レグルスも薄く笑いながら剣を抜く。


 どんな言葉を重ねるよりも、剣をまじえたほうが理解しあえる。

 そんな二人だった。


 別に命の取り合いをするつもりはなかった。

 それでもお互い本気だった。時折急所ぎりぎりに打ち込まれてくる刃に、ラスはそれを確信する。

 真剣なのは当然だった。

 心のやり取りをしているのだから。


 レグルスとラスの技量は、おそらくそれほど差は無い。

 見た目に反してレグルスの剣は力強く、ラスはそれに耐えながら、けれどしなやかに受け流す。

 ラスの剣はスピードを重視しており、早い立ち回りでレグルスの意表を突く攻撃を仕掛ける。だがレグルスの方もそれを予想して動き、逆にそのまま自分の得意なパターンに引き込もうとする。


 切りむすび、つかの間離れて、また剣をあわせる。

 何度も繰り返すうち、両者の顔には自然と笑みが浮かんでいた。


 途中、少しだけうまれた空白の瞬間。

 何を思ったのか、ラスは後ろを向いて数歩下がり、くるりと反転すると改めて剣をレグルスに向かってまっすぐ向けた。


「セラスティア・アロン・ルーエンダス」


 ラスは剣をレグルスに向けたまま、自分の名前を口にした。 

 真意を図りかねるというような顔をしたレグルスに、ラスは笑みを浮かべながら言う。


「もう一度会ったら、名前を教えるって約束だったろ?でも、よく考えたら俺も、あの時、正式な名前を名乗ったわけじゃなかったからな」


 ラス・アロンだって別に偽名というわけではない。

 けれど、それだけでは駄目だと思った。

 男としてだけではなく、女としての自分も、確かにラス自身なのだから。

 そしてこれから先、どちらの自分も、目の前の男に見せていくことになるのだから。


「それじゃあ、おまえの名前を教えてくれるか?」


 向けられた鮮烈な視線が、一瞬ラスに出会いの月夜を思い出させる。 

 あの夜見たのは確かにこの瞳だった。そして、今なお強くラスの心を捕えている。


「レグルス・ベルライ・レイ・ガルディア」


 ラスへとまっすぐ剣を向けて、レグルスも自分の名を口にした。


 改めて名乗った二人。

 五年という歳月を経て、ようやく約束は果たされたのである。


 ラスはあることに気付いた。

 よく考えてみれば、お互いの名前を確認したことはあっても、今までまともに名で呼びあったことはなかったのだった。


「レグルス」


 初めて明確な意思を伴って名を呼んだ。

 不思議と、何の違和感もなくその名を口にすることができた。

 呼んだことで近くなったのか遠くなったのか。よくわからなかったが、ラスは思った。

 もしかしたら、自分の相手はこのくらい強いやつでなければ駄目なのかもしれない、と。


「末永く、どうぞよろしく?」


 軽い調子でそう言って、ラスは再び笑った。


 月を背に微笑む姿は、出会ったときをレグルスに思い出させていた。

 あの時、手のとどかなかったものがそこにある。

 この場に、触れられる距離に。


 レグルスは自分の剣をラスの剣に軽くぶつける。

 鉄の澄んだ音が辺りに響いた。


「覚悟しておけ」


 愛の言葉でもなんでもないその一言は、どんな睦言よりも甘さを含んでいた。


 今はまだ、これでいい。

 こんな風に接することができるのは、お互いだけだと確信しているのだから。


 もしもこれが運命だったというのならば。

 二つの運命が再び交わり、そして同じ時を刻み始めた瞬間だった。

これにて第一章完結です。

告白シーンだというのに「好き」とかいう言葉が一切出てこないですが、この二人に関してはそのほうが“らしい”気がします。

また、今のところラスとレグルスが同じ気持ちでお互いを思っているわけではないので、この先話が進むにつれ、少しずつ関係も変化していくものと思われます。

たぶん、基本的なスタンスは変わらないかなと思うんですが…


次回より第二章に突入です。

まだきちんと形になっていないので、第一章よりは更新はゆっくりになると思いますが、よろしければ今後もどうぞお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ