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それは犯罪

 凄い被害だな、とテレビで見たときは思っていた。しかし、実際に現場を見てみると案外そうでもないようだ。ビルが崩壊していたり、電柱が倒れていたりなどを想像していたが、そんな事は無い。所々道路にひびが入っていたり、激しく陥没していたりはするが。

 とりあえず、駅周辺は全て探し終えた。そして一息つこうと近くのベンチに腰を掛けていたところだった。

 結果を言うと、一応と言われていただけあって、財布は何処にも見当たらなかった。小一時間探し回ってこの結果というのは残念だが、まだ候補はある。それは、駅東口にあるアウトレットモールだ。

 帝京のアウトレットモールといえば、日本一大規模なそれとして有名だ。つまりそれほどの敷地の広さを誇っている。二日あっても全ての店を回り切ることは無理だろう。現に昨日行った人間が言うのだから間違いない。俺は目を伏せた。

 それにしても、やはり二回目の発令の影響からだろうか。解除されて数時間経った今でも、数え切れるほどしか人がいない。皆予期せぬ発令に怯えているのだろう。まぁ俺だって来たくなかった訳だけれど。

 俺は浅く息を吐き、ぼんやりと空を仰いだ。透き通るほど綺麗な水色が視界一面に広がる。いい天気だな。

 にしても、帝京もどんどん過疎化していってるよなぁ。親から聞いた話、アブソリュートグラビティっていう現象が最初に起きたのは、確か今から二十年くらい前とか言ってたな。何かの事件でどうのこうの、とか話していたけどよく覚えてない。でもその二十年前の帝京は、今とは比べ物にならないくらい活気溢れてた、とか。ま、今じゃ「死んだ都市」と称されるほどの腐敗ぶりだけどな。云いすぎか。

 さてと。そんな事に現を抜かす前に、さっさと見つけてさっさと帰るか。

 俺は徐に立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。行き先は勿論、アウトレットモール。しかし、解除されて間もないのに、果たして敷地に入れるのだろうか。まあ行って見ればわかることか。


 閑散とした大都市を眺めながら、約三十分程歩くと、漸く目的地に到着した。目の前の建物の迫力に、改めて驚く。人影は殆ど無いものの、どうやら中に入れそうだ。

 俺は早速、無駄に装飾の凝った門をくぐり、敷地内へと入った。本当に俺以外の人間がいるのか怪しいほど、人がいない。もはや店員が居ないのに営業している店まである。色々と大丈夫か。

 それにしても、こんな広い建物の中で、隅から隅まで探し回らなくてはいけないと考えると、ひどく憂鬱な気分になる。流石に一日で終わる範囲じゃないぞ、ここ。

 あまりの馬鹿らしさに笑いが込み上げる。といっても口の端を引き攣る程度だが。

 とりあえず誰かに聞いてみよう。きっと落し物として誰かが拾ってくれているかもしれない。そう思い、人気のありそうな「第一広場」に向かう事にした。

 大した時間も掛からず、すぐに着いた。相変わらず人影は少ないが、入り口よりはまだ人がいる。とにかく誰でもいいから片っ端から訊いてみよう。


「すいません。ええと、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど、いいすか」

「は、はぁ」


 俺はまず、一番近くにいた女へと訊ねる事にした。中途半端な茶髪で、今流行の髪型。厚化粧故か目が怖いくらい大きく見える。所謂「よくいそうな女」だ。


「このモール内で、財布の落し物見かけませんでした?大きさはこのくらいの…長財布で、色はピンクのパステルカラーです」


 手を使い、財布の大きさを表しながら話す。「よくいそうな女」は俺の話を聴き、大げさなほど頷いた。

 もしかして、見つけたのか。まさか一人目で当たりを引くとは思わなかったな。手間が省けてよかった。帰れる。そう思い、胸を撫で下ろしかけた。


「はい、見ました。…けど誰かが拾っていきましたよ、財布。私はてっきり持ち主の方かと思ってたんで見過ごしましたけど」

「えっ。拾ったって。誰すか、その人」

「顔までははっきり覚えてないですけど、スーツを着た背の高い女性でした」


 嘘だろ。そんな事予想してなかった。まさか誰かに拾われるなんて。スーツ着た長身の女だと。あの()彼女がスーツを着るはずないし、ましてや長身と言われるほど背も高くないはずだ。だから確実にその女は元彼女とは別人。

 俺は更に可能性を絞る事にした。もしかしたら、偶然似たような財布が落ちていたのかもしれないからだ。しかしこれといって訊ねられる事柄が無い。そもそも俺の物じゃないしな。色と形は知っていても、流石に中身までは本人に訊かないとわからない。

 頭の中を歩き回りながら、必死に言葉を探す。


「その、スーツを着た女性って、もしかして制服着た女子高生の間違いだったりしません?」

「いや無いです。全身黒のスラックスでしたから」

「…そうすか」


 俺は肩を落とし、溜息交じりにそう答えた。まぁ、よほど目が悪くなければ見間違えるはず無い。

 俺と女の間に、気まずい空気が流れ始めた。思わず目線を床に落としてしまう。

 なんていうか、もう、諦めた方がいいのかな。拾われたんじゃ仕方ないさ。俺はよく頑張った方だよ。高が他人の財布如きに、時間を割いて態々来てやったんだから。


「あの、その財布って、あなたのなんですか」


 女は意気消沈気味の俺に、そう訊ねてきた。いきなりの問い掛けに少々焦るも、すぐに返答する。


「いや。知り合いの女子(・・・・・・・)のやつです」

「ああ、ですよね。因みにその子の名前とか分かりますか」

「えっ。…まあ、はい」

「失礼ですけど、教えてもらえませんか」

「はぁ」


 なんなんだ、さっきから。

 俺は女の言動を訝しみ、じっと見据えた。何か知っているように思えるが、迂闊に個人情報を漏らすのは良くない。最近の世の中物騒だからな。名前一つで色々な情報が筒抜けになってしまう。

 とは思っているが、どうせ他人のことだ。自分じゃないならどうだっていい。個人情報がどうのなんて、建前に過ぎない。それに少しくらいは仕返ししたっていいだろ。人のこと都合よく使いやがる「あの女」の。

 俺は尚も女を見据えていたが、素直に答えた。女は俺の言った元彼女の名前を聞くと、安心したかのように一息吐いた。そしてある一つの「電子プレート」を提示してきた。それは、俺の通っている高校の生徒手帳によく似ている。もとい、その高校の生徒手帳だった。氏名欄には、元彼女の名前がしっかりと表示されている。

 思わず生徒手帳に気を取られ、口を小さく開けたままそれを凝視した。


「実は財布が落ちていた傍に、こんな物も落ちてたんです。もしかして本当の財布の持ち主はこの子なんじゃないかなとは思ったんですけど、女性が去った後に気づいたので」

「あ。それで確認したんすか。名前」


 女は黙って頷くと、元彼女の生徒手帳を俺に差し出した。


「知り合いの方なんですよね。その女の子に渡してあげて下さい」

「あ、はい」


 女は俺が受け取るのを確認すると、一礼してそのまま広場から去った。俺はただその女の後姿を見送ることしか出来なかった。

 暫くその場で呆然と立ち尽くしていたが、何か忘れていることに気がつき、すぐに女の後を追った。

 スーツを着た長身の女。「よくいそうな女」の話だと、アイツが財布を盗ったことになる。それ犯罪だろ。取り返さないと。

 奴がどこに行ったのか、少しでもいいから手掛かりになる情報がほしい。

 俺は歯を食いしばり、徐々に走る速度を上げた。

 

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