二度目の被害
「年に一度と言われていた『アブソリュート・グラビティ』が、つい先ほど異例となる二度目の発令を行いました。現在は解除され、再び安定化しましたが、今後も警戒を怠らないよう区役所職員は周囲の住民に呼びかける見通しです」
アイドル顔負けのルックスを誇るアナウンサーが、可愛らしい声でしかし淡々と原稿を読み上げる。皆テレビに耳を傾けてはいるが、観ている暇など無かった。散ばった書類を拾い集めたり、倒れて壊れたデスクを処理したり、鳴り止まない電話の相手をしたり。慣れた手つきで復旧作業を行いはしているものの、心なしか皆不安そうな色を浮かべていた。
「今年は酷いな」
テレビに視線を向けたまま、デスクチェアに腰掛けた初老の男がぼそりと呟いた。片手にはカップ麺の容器、もう一方の手には箸が握られていて、雑に麺を啜る。
「それに、二度も来るなんて…。原則『アブソリュート・グラビティ』は年に一度だけのはずじゃ?」
隣に立っている若い男がそう答えた。壁に寄り掛かり、彼もまた視線をテレビへと向けていた。
「確かに。でもそれはあくまで原則、なんだろ。別に二度来たっておかしくは無い」
「でも今までに二度も発令されたのは、今年が初めてですよ。この現象が起きてから何十年も経っているのに」
初老の男は残った麺の汁を豪快に飲み干すと、下品なげっぷを一つ吐いた。若い男はその光景を見て、まるで蔑むかのように眉を顰める。
「それに都庁がアブソリュートグラビティの始動期間を予測して、その期間中は関係者以外の都市の立ち入りを禁止する、って事になっているはずですよね」
「そうだな。今年最初に発令されたのはちゃんと予測されてたし予め避難出来たけど、二度目の今日は、予測されなかったうえにいきなりアナウンスが流れたらしいな。それでこの有様かよ。やってらんねえな」
初老の男はゆっくりと立ち上がった。散ばった書類やらファイルやらを上手く避けながら歩く。そして近くのゴミ箱に、割り箸と空になったカップ麺の容器を捨てた。そのまま踵を返すと、もといたデスクチェアに座りなおした。再び視線はテレビの方へと向く。話題は既に変わっていて、若い女のアナウンサーが小さい動物を抱え喋っていた。画面右端に「今話題の耳の無い犬種『ティル』特集!」というテロップが表示されている。
「まっ、オレら都市から離れてて本当に良かったな。仕事でだけど」
「仮にも警察の人間がそんな事言わないでくださいよ。しかもここで。馬鹿ですか」
若い男は呆れたように溜息を吐くと壁から離れ、散ばった書類を踏みつけながらその場を去った。
「ははは。傷つくなあ」
初老の男は尚もテレビから視線を離さず、心にも思って無さそうにぼそりと呟いた。乾いた笑い声は、周りの慌しい声や頻りに鳴り響く電話音によって掻き消された。