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これは君の物語  作者: まぁまぁ
血の夜会事件
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第八話 夜会

貴族の屋敷に行くのに正面からでは勿論ない。

こういったのは裏口から使用人さんにお願いして喜捨してもらうのが普通だ。


私たちは伯爵家の使用人が使う裏扉の前まで来ていた。

屋敷全体は見上げても視界に収まりきらないぐらい大きく、使用人用の扉は木製の頑丈なつくりで清潔だ。


とっても羨ましい。

そばかすのシュカなんか気になるのかドアノブをジロジロ見てる。

そうだよね、スラムにはドアなんてものないから、当然かもしれない。


「このまま裏口で色々貰うか?」


お転婆クルガが欠けた前歯を手でいじりながら聞いたとき、私の手を握ってたカイルの口の端がニィッと持ち上がるのを私は見てしまった。嫌な予感しかしない。


「パーティーやってるんだろ?そこまで行って沢山貰おうぜ」


果たして私の予感は当たった。

こうなったカイルを止められるのは、誰もいない。


*****


別世界のように光が溢れていた。

教会の時の様に光が蛍のように飛び交い、夕闇の落ちたヴァンハール伯爵家の庭を幻想的に照らし出す。

見事に手入れされた広大な庭は煌びやかな夜会服を身にまとった貴族の人たちが溢れ、立食でご馳走が長テーブルに並んでる、お肉もパンもスープもチキンもお菓子も夢の様に並んでいた。

匂いだけでお腹が減る。


「すごいね」

「ああ」


私はカイルと二人でヴァンハール伯爵家の広大な庭にこそこそと紛れ込んでいた。

クルガ達は裏口から無難に喜捨を貰うことにして別行動だ。

体が小さいから夕闇が落ちた庭の木の下に紛れれば、見つかる心配はあまりない。

でも忍び込んだ訳じゃなくて、貴族から喜捨をふんだくる!のがカイルの予定だからいつまでもこうしている訳にはいかないのは分かりきっている。けど思わぬところで、想定外のことが起こった。


ぐうううぅぅきゅるるっ


私のお腹が鳴ってしまった。

カイルが驚いたように私を見る。

聞こえてたよね、そうですよね、凄い恥ずかしくて顔を俯かせる。

けどカイルは私の髪をクシャッとかき回す様に撫でて優しく笑ってくれて。


「お腹減ったよな、ここで待ってろよ」


そして茂みから出て、すぐ目の前で夜会を楽しんでいる、仮面で顔を覆い隠す貴族たちの前へ向かっていった。

カイルの金髪が揺れてる、その背中になんか分からない気持ちが溢れて泣きそうになった。


守られてる。


でも決してカイルの背に守られてるだけの子になりたくなくて私も茂みから飛び出す。


「カイルッ!!」


カイルの驚いて振り返った菫色の瞳に私が映ってる。

そしてカイルは目元を和ませて仕方ないと言いたげに笑って、私の手を握ってくれた。

でもそんな私達はすごく目立ってしまって。


「おやおや何だい君たちは?」


周囲を仮面をつけた貴族たちに囲まれてしまった。


「お前達どこから入った」


一人の煌びやかな青年貴族が声をかけてくる。

喜捨服を着てるから無体なことはされないとは思うけど、こんな風に貴族の夜会に喜捨を求める人間が現れることは無いだろうから、周りから聞こえてくる囁きは悪い雰囲気を纏っている。


「礼儀も知らぬ子供が入り込むなど、貴族の品位が疑われますな」

「汚らしい服」


サァッと心が冷えるのが分かった。

だが先ほど声をかけた貴族がパンパンッと手を二、三度叩くと場は少し静まる、そして彼は腰を少し屈んで私たちに声をかけてきた。


「おちびちゃん達、喜捨を求めに来たんだろう?今日は夜会だお腹一杯食べて持ち帰ると良い。」


紡ぎだす内容は優しいはずなのに、仮面をかぶったその人が手を伸ばすのが、恐ろしかった。

カイルと繋いでる手を上から力任せに掴まれて、庭の中央へ引きずり出される。

手袋ごしのその握力が痛い。

青年貴族はまるで荷物でもあるかのように私たちを地面にほおって、すぐ側にあったテーブルの肉料理をその大皿ごと手に取った。


「これでもお食べ」


言葉とともに、ビチャッと食べ物が嫌な音を立てて地面に落とされる。

地面に転んだままの私たちを睥睨する仮面の向こうの酷薄な表情がわずかに見えた。


食べて良いというのも、持ち帰っていいというのも口から出ただけの言葉なのだ。

アハハハと周りの貴族が楽しそうに笑っている。


「汚いこと」

「テーブルマナーなど知らぬだろうから、そのまま食べると良い」

「それでもその身に過ぎた物であろうよ」


なんだろうこの世界は。

なんだろう。

頭があまりの衝撃でぐるぐる回る。


そんな中でスラムでの食事を思い出した。

一切れのパンをかじった、一日で一回だけだった昔の食事を思い出した。

この人たちが地面にぶちまけた食事で助けられた命もスラムにはあった。


笑い声があふれる、この世界はなに?

光にあふれている、この世界はなに?


耳に入ってくる声に私は体が震えだした。

するとギュッとカイルの私の手を握ってくれて、その暖かさに意識が浮上して、横を見るとカイルは上を向いていた。唇をかみしめて、けど決して顔を俯かせずに上を見ていた。その意志の強い夜明けの菫色の瞳に勇気が湧く。

いつもカイルは私に勇気をくれる。

戦っている。

私も一緒に戦う。


キッと視線を目の前の青年貴族に向けると、

それが気に入らなかったのだろう彼が仮面の奥で表情を歪めたのが分かって、貴族が動いた。


「レクトッ!」


次の瞬間にはカイルが私に覆いかぶさって、その肩越しに貴族がカイルを足蹴にするのが見えた。

ドンッという衝撃がカイル越しに私に伝わって、「ぐっ」と呻くカイルに、彼が暴力を振るわれてることだけが分かった。


「折角施してやってるのに、なんだその目は!?」


意味が分からない、これだけで何で暴力を振るわれるのかが分からない。

でもそんな中でカイルが何度も何度も容赦なく蹴り続けられて、私は耐えきれなくなった、


「やめっ!カイルっ!いいよ私はいいよ!」


覆いかぶさって私を守ってくれてる、カイルの苦痛の声が耳朶を打つ。


「いいからっッ」


守られてろ、と間近で微かに笑う姿に耐えていた涙が溢れる。

周りの笑い声が大きくなる。

なんで誰も笑っているの!?嫌だ!カイルが傷付けられるのは嫌だ!


誰も味方がいないと愕然とする中で…


「どのような趣向ですか、これは」


人の輪を切り裂くように一人の漆黒の夜会服に目元だけを仮面で隠した貴族が現れて、私たちへの暴力は唐突に終わりを迎えた。

現れた青年貴族の瞳は冬の空を切り取ったかのような蒼。

どこかで見た、鮮烈な瞳。


「伯爵・・・」


呻くようにカイルを蹴っていた青年貴族が後ずさる。

私とカイルを庇うかのように貴族たちの前に立ちふさがる凛とした後ろ姿、はためく漆黒のマントにデジャブを感じた。


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