第七話 予感
白亜の教会の中も白の大理石で統一され、それは美しかった。
丁寧に細工された柱、天井を彩る極彩画は建国の物語を描いたもののようだ。
金や宝石も品よく使われ、それを魔法の紅の光が照らし出し、荘厳な教会の雰囲気を作り上げている。
この空気の中だと、敬虔な気持ちが自然と湧くから不思議だ。
皆も私と同じなのか、教会騎士に案内されながら呆け、辺りを見回しながら歩くものだから、私たちは隣りの仲間の足を踏んづけたり、前をゆく騎士にぶつかりそうになったり、とにかく酷い状態だった。
騎士さんは、そんな私たちを笑うでなく、それとなく歩く速度を落としてくれて、少しほっこりした。
スラムの人間でも見てくれる人はいるから…私は両手に繋がれたカイルとお転婆クルガの手をぎゅぎゅっと握る。
そして一つの部屋の前まで案内された。
*****
「教会の司教様の部屋だよ」
そういって騎士さんは簡素で清潔なドアノブを開けた。
そこは思ってたより簡素で、木の机と長椅子が二つ、そして本棚とベッドがあるだけの部屋だった。
けどそこに居る人は、本当に昼下がりの陽だまりを集めたような人でとても若い。
目じりが少し下がって温和な空気を醸し出している大柄だけど全然怖くない。
「ようこそ小さなお人達」
声も低く静かで染み渡るような安心するような声だった。
騎士さんが「喜捨服を貰いに来たようです」と言う言葉に司祭様は微笑む。
そして奥にあった机の引き出しを何やらゴソゴソと漁ると、水晶のような丸い玉を人数分出してきた。
そのまま私たちのところまでくると、それをコロンと私たちの掌にのせてくれる。
「これを握って願ってごらん」
願う?思わず司祭様を見ると、優しげな鳶色の瞳とかち合った。
ふわりっと目元を和ませて、私の掌が司祭様に包まれる。
ガサガサの手なのに触れてくれるのが嬉しいと思う。
そのままポワンと光が溢れだして、
「わああっ」
風がさらさらと頬を撫でる。
光の粒子が集まってくる、そして金糸の衣が私の肩にかけられていた。
驚きに見開く私に司祭様はフフッとまた微笑んだ。
「目をあけて世界を見てごらん…未知のものが世界には溢れている。
そしてそれはきっと君の心を映した鏡のようなものだから。」
それは、とても深い意味のある言葉のような気がした。
にっこりと笑う司祭様に私も笑顔を返す。
「ありがとう」
また明日も頑張れる、そう思えた。
司祭様は笑って私の銀髪をくしゃりとその大きな手で撫でた。
白亜の教会の夕闇の中、魔法の紅の明かりが蛍のように飛んでいる。
幻想的なこの世界で、私が知らないことは溢れている。
そして子供たちは金糸の喜捨服を肩に羽織るように身にまとって、教会を後にした。
その後ろ姿を教会の一室で見送る司祭は口を微かに動かす。
「見つけた」
彼の頬を雫がつたって、それを教会の紅の光が淡く照らした。
*****
教会の喜捨服を貰って上の階層に行く許可を貰い、カイルと私たちは当初の予定通りにヴァンハール伯爵領へ「道ゆく樹」をのぼって足を踏み入れた。
その間層は全てが、広大な大都市になっていた。
教会のあった層とは規模が違い遠くには湖も見える、もはやスラムとは文化水準が違うのが肌でわかる。
尖塔が立ち並ぶ街並み、整然と中央に聳えたつ城へ通じる煉瓦造りの道は、日本で知っているヨーロッパのよう。
これで伯爵領というのだから、王族が住まうという最上階はどうなっているのか。
迷い児の様に心もとなさが急に私を襲った。
貴族に喜捨をもらうって言葉にするのは簡単で、実際に進もうとすると足が竦んで怖い。
自分の非力さに項垂れると、ぽんっと私の背中を軽く叩く手があって…振り返ると、皆がいた。
前歯の欠けたお転婆クルガも、そばかすを散らしたシュカも、妹思いのルンも。
そして夜明けのような菫の瞳の中に私を映す、カイルも。
「皆いるから、大丈夫だ。」
決意の色を秘めた瞳で笑っていた。
カイルが手を伸ばして、ぎゅっと私の手を握ってくれる。
それだけで私は笑うことが出来た。
「うん!」
それだけで良かった。
願ったのは素朴なことだった、それで良かった。
そして私たちは行きかう荷馬車の後ろに乗っかってゴトゴトと揺られて、屋敷というより城と呼ぶ方が相応しいヴァンハール伯爵家へ向かったのである…そこでの劇的な再会をまだ知らないままに。