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これは君の物語  作者: まぁまぁ
血の夜会事件
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第二十一話 天球儀の上

注意:流血・戦闘描写あり。

その光り輝く銀色の体躯はシルヴェストの屋敷よりなお高い。

鋭い爪は地面を容易く抉った。

吐く息は白く濁り、石榴が濁ったような赤い舌が見える。

首には銀の鞍が備え付けられており、その神獣にシルヴェストはごく当たり前のように乗騎した。

彼の漆黒のマントが風に揺られ、抜身の剣が鈍く輝く。



それこそ英雄の後ろ姿であった。


聖なる白光に包まれた、一人、戦場へ向かう騎士の姿であった。


*****


そして屋敷の中では目の前の光景に飲まれ、静かに貴族たちが感嘆の声を上げていた。

何しろ戦場に立ったことの無い貴族達である。

その反応は、以前からシルヴェストを貶している彼等だからこそ虫が良いと云えるものでだったが、命の危機に晒されれば人は力ある人間に縋るものである。ある意味、貴族たちはとても人間らしかった。

命の危機を前に、自身が抱えている不平不満を彼らは流していた。


そんな周囲に流されることなくレクトフィリアはまたしても清澄な鈴のような音を聞いて、首を巡らした。

聞いていて心が揺さぶられるような、だがどこかで聞いたことのあるような音。

高く、澄んだ、誰かを呼ぶような音で響く。

「この音はなに」

また頭に響くように音がしてレクトフィリアが耳を両手でおさえると一層高い音が響いた。


瞬間、絢爛な夜会の窓から姿を見せていた"銀灰狼"が跳躍した。

一足で伯爵邸の上空まで昇り、レクトフィリアが通った広大な庭をも抜ける。

銀灰狼は勇壮で、それに跨り剣をかかげて城下町上空の"竜厭"と向き合う漆黒の騎士の姿をレクトフィリアは屋敷の窓に張り付き、食い入るように見つめていた。

「大丈夫だよ」

心の中の不安に返事がして、レクトフィリアが顔を上げると丁度、右横にルフィス王太子が佇んでいる。

「ああ見えて強いのだから」

微笑む王太子が言葉を紡ぐだけで場の緊張がほぐれるのがわかった。

彼はそのままレクトフィリアの脇に手を差し入れるとひょいっと抱き上げてくれる。


ルフィスへの遠慮よりシルヴェストへの心配が勝り、レクトフィリアが甘んじてそれを受け入れると高さが変わった分、視界に城下町の上空で戦闘に入ろうとしている"竜厭"と、銀灰狼を繰るシルヴェストの姿が見えた。


*****


嗅ぎなれた戦場の臭気がした。

目の前の"魔のモノ"に相対するとシルヴェストの視界は真っ赤に染まる。

心臓が脈打つ感覚がひどい。

だが"銀灰狼"を繰りながらシルヴェストはこのまま戦いに突入は出来ないと理解していた。

もしもこのまま戦ったならば城下町が壊滅的な被害が出るだろう。

だが状況は最悪ではない。

時間を経てば"魔軍"が城下町になだれ込んでくるが、騎士団も応援に向かっているのは先程確認している。


そこでシルヴェストは凄絶に笑った。


(力を貸せ)


剣を握っていない左手を掲げる。


(お前が絶対的な力を持つというのなら、俺の声に応えろ)


風がシルヴェストの髪を乱し、漆黒の服が翻り、彼の掌に白銀の光が夜の闇を切り裂くように溢れ、そうしてシルヴェストは徐にその光を城下町へ落とした。

するとその光の雫は城下町の上空で水面を揺らす様に、銀色の湖面が広がる様に、波紋を震わす様に広がり結界が城下町を覆い尽くした。


その蒼銀に輝く天球儀のような結界に"竜厭"が厭わしげに吠えると炎がふき上がり、シルヴェストを襲う。だがシルヴェストは"銀灰狼"を繰りながら剣で薙ぎ払うと、はたして炎は見えない刃に切り裂かれ散々になる。

剣の大きさでは切れぬはずの炎であったが見えぬ刃があるらしい。


この夜、城下町の人々は流星雨のような真っ赤な降るような炎を見たが、その炎が彼等を焼くことは無かった。

全てが湖面のような結界に阻まれている。

「ちっ、結界を張っといて正解だ」

風と共に紡がれた言葉は誰に聞かれるでもなく、彼に光景を見る暇など無く、切り裂かれた炎の中を突貫する形になったシルヴェストの剣は"竜厭"の額ど真ん中を捕らえた。


ガガガガァァッという削るような音と共に耳をつんざめく咆哮が轟き、一瞬の後に生暖かい液体が飛び散る。

漆黒の影と白銀の影が交差して、シルヴェストが"銀灰狼"を繰ると狼は獣のような俊敏さで天球儀の結界に跳躍し、湖面を震わす様に方向転換し再び"竜厭"の背後から迫った。

血が空中に撒き散らされ、手負いの"竜厭"は先程の一撃で"銀灰狼"にも爪で抉られたようで左腕を捥がれていた。


ギャアアアアアアアアアアアアア


血反吐を吐きながら、人のような厭わしい咆哮をあげた魔のモノは、だがシルヴェストの予想に反して反転することなく。丘の上の屋敷へ向かって飛んだ。

「糞がっ」

口の中で吐き捨てるように言った、シルヴェストは右手の剣に魔力を集中させる。

"魔のモノ"の習性として自身を傷つけたものに固執するはずであるのに。

(どういうことだっ)

焦燥のまま魔力を操る。

なぜか過ぎる風の感覚に肌を泡立ったが"銀灰狼"を繰りながらシルヴェストは剣をかかげ、力を解放する。

夜空を切り裂くように銀の光が一閃。

流星のように伸びたそれは正確に"竜厭"を貫いたのである。


だが大きく傾いだその巨体は、放物線を描くようにヴァンハールの屋敷へと落ちていく。

その行方にシルヴェストは蒼の瞳を見開くが…

何かに気付くと、今度は余裕を取り戻し、夜空を背景にして悪童の様に笑った。

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