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自伝小説  氷点下のアンビエント part5

作者: だぶのー
掲載日:2026/06/07

一話完結のお話です。


小学校五年生から高校三年生まで。


約八年間、僕は一人の女性を想い続けた。


Kちゃん。


中学の三年間は同じクラスだった。


頭が良くて、美人で、誰にでも優しかった。


高校進学の時、彼女は地域で一番の進学校へ進んだ。


僕はというと、なんとか名前だけは進学校と呼ばれる高校に滑り込んだ。


それでもKちゃんのことを忘れた日はなかった。


高校生活は特に何もなかった。


友達とくだらない話をし、授業を受け、部活もせず、ぼんやりと毎日を過ごした。


相変わらず僕は女子と話すのが苦手だった。


同じクラスのAちゃんによく話しかけられた。


活発でボーイッシュな女の子だった。


ある日、Aちゃんが興奮気味に言った。


「こないだCちゃんがさ、水泳のあと水着を変なヤツに触られたんだって!」


「マジかよ! ヤベーな変態は!」


そう言いながら、僕の頭の中には別の感想が浮かんでいた。


Cちゃんの水着か……。


ちょっと触ってみたいかもしれない。


高校生男子なんてそんなものである。


Kちゃんへの想いは本物だったが、煩悩まで消えたわけではなかった。


そんな感じで、日々は過ぎていった。


そして高校卒業の日が来た。


僕は音響関係の専門学校へ進学することになった。


風の噂では、Kちゃんは関西の大学へ進むらしかった。


その話を聞いた時、胸がざわついた。


このまま終わるのか。


八年間好きだった人に、何も伝えないまま。


小学校五年生から高校三年生まで。


八年間。


人生のほとんどすべての青春時代だった。


このまま片想いのまま終わっていいのか。


何日も悩んだ。


考えた。


眠れない夜もあった。


そしてある夕方、意を決してKちゃんの家へ電話をかけた。


受話器を持つ手が震えていた。


「はい、Kです」


懐かしい声だった。


「あ……」


声が出ない。


「もしもし?」


「ひっ……久しぶり! Jです!」


「Jくん? 久しぶり。どうしたの?」


「あの……話したいことがあるから、明日の三時、~公園に来てくれない?」


ムードも何もない、近所の古びた公園だった。


「わかった」


それだけ言って電話は終わった。


受話器を置いた瞬間、心臓が破裂しそうになった。


翌日に備え、母親との買い物のついでに口臭スプレーまで買った。


人生で初めての告白だった。


頭の中はそれだけだった。


地面を歩いているのに、足が浮いているような感覚だった。


そして当日。


ニューバランスのスニーカー。


リーバイスのジーンズ。


黒いシャツ。


自分なりの精一杯だった。


公園に着くと、Kちゃんはもう来ていた。


三年ぶりだった。


少し大人びた雰囲気。


柔らかそうな髪。


相変わらず綺麗な顔立ち。


胸が苦しくなるほど鼓動が速くなった。


周囲の道路から丸見えの公園だった。


通り過ぎる車。


犬の散歩をする人。


夕方の風。


すべてが妙にはっきり見えた。


そして僕は口を開いた。


「あ、あの……」


喉が渇く。


言え。


今しかない。


「あの……三年間、ずっと好きだったんだ。その想いだけは伝えたくて」


Kちゃんは少しうつむいて、


「うん……ありがとう」


と言った。


沈黙が流れた。


何秒だったのか。


何分だったのか。


覚えていない。


ただ一つだけ覚えている。


あの時、本当は続きがあったことだ。


喉元まで来ていた言葉があった。


人生を変えるかもしれない一言が。


付き合ってください。


たったそれだけだった。


たった七文字だった。


だが僕には言えなかった。


断られるのが怖かった。


笑われるのが怖かった。


今の関係さえ壊れる気がした。


そして僕の口から出た言葉は、


「それだけ伝えたかったんだ。じゃ!」


だった。


じゃ。


たった二文字。


人生を変える七文字の代わりに、僕は二文字を選んだ。


そして逃げた。


本当に逃げた。


公園の出口へ向かって歩いた。


振り返れなかった。


足を止めることもできなかった。


背中にKちゃんの気配だけを感じながら、僕は公園を後にした。


家に帰る途中、


これでよかったのか?


という思いが何度も頭をよぎった。


だがもう遅かった。


あの日は終わった。


そして青春も終わった。


それから何年も経った。


ある同級会でKちゃんと再会した。


昔話になり、僕は笑いながら言った。


「高校三年の時、俺、告白して振られたよな」


するとKちゃんは不思議そうな顔をした。


「振ってないよ」


「え?」


「だって付き合ってって言われなかったもん」


僕は言葉を失った。


Kちゃんは続けた。


「言われてたら、付き合ってもいいかなって思ってたよ」


その瞬間、全身を電流が走り抜けた。


驚愕した。


戦慄した。


そして理解した。


あの日の僕は、振られたのではなかった。


逃げたのだった。


人生を変えるかもしれない一言から。


付き合ってください。


その一言から。


もちろん、もし言えていたとしても、その後どうなったかは分からない。


すぐ別れていたかもしれない。


遠距離恋愛で終わっていたかもしれない。


結婚していたかもしれない。


そんなことは誰にも分からない。


だが一つだけ確かなことがある。


人生には、たった一言で未来が変わる瞬間がある。


そしてその一言は、言わなかった瞬間に永遠に失われる。


僕にとって、それは高校三年生の春の夕方だった。


あの日、公園で言えなかった七文字。


付き合ってください。


人生で最も重かった七文字だった。


そんなKちゃんも、今では三児を育てる肝っ玉母さんになったと聞く。


そして僕は今でも時々思う。


人生を変える一言は、言える時に言わなければならないのだと。

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