物理無効のスライム? 『パスカルの原理』で圧縮破壊(プレス)します
ビーーーッ!!
『System Alert:新たな敵対オブジェクト【アシッド・スライム】を検知。
特性:物理衝撃の99%を吸収・無効化。』
「了解。これより、障害物の撤去作業に入る」
俺はブルドーザーのギアをトップに入れ、アクセルを踏み込んだ。
キャタピラが毒沼を埋め立てた土砂を蹴り上げ、数十トンの鉄の塊が、少女に迫る巨大なヘドロの化け物へと突進する。
「ひっ……!? な、なにあの鉄の塊……っ!」
少女が尻餅をついたまま悲鳴を上げる。
だが、俺のターゲットは彼女ではない。その背後にそびえ立つ、体高3メートルはあるスライムだ。
(物理攻撃が無効? だろうな。流体を殴っても力は分散するだけだ)
フロントガラス越しのARディスプレイが、スライムの内部構造を高速スキャンする。
緑色のワイヤーフレームの中心に、赤く発光する『核』がロックオンされた。
「なら、逃げ場をなくして『圧縮』するまでだ」
ドゴォォォンッ!!
ブルドーザーの巨大な排土板が、スライムの巨体を真正面から捉える。
衝撃は吸収される。しかし、俺はそのままアクセルを緩めず、スライムごと強引に押し込み、後方の強固な岩壁へと叩きつけた。
「アームロック! 油圧出力、最大!」
『Pressure Rising... 密閉空間における流体圧縮を開始します』
岩壁と、ブルドーザーの分厚い鉄のブレード。
その間に完全に挟み込まれたスライムは、逃げ場を失った「水風船」と同じ状態になる。
(密閉された流体の一部に圧力を加えると、全体に等しい圧力が伝わる。中学の理科で習う『パスカルの原理』だ)
ウィィィン……ガチガチガチッ!
油圧シリンダーが限界まで駆動し、数十トンの圧力がスライムの全身に均等にのしかかる。
流体であるスライムは圧力を逃がせず、その負荷は最も脆い内部の『核』へと集中した。
パキンッ!
乾いた破砕音。
耐えきれなくなった核が砕け散り、スライムの巨体がドロドロのただの液体となって崩れ落ちた。
『うおおおおおお!!』
『スライム相手に物理無効を無視した!?』
『壁に押し付けて水圧でコア割ったのかよwww エグいwww』
『同接5000人突破!!』
コメント欄の熱狂を横目に、俺はシフトをニュートラルに戻し、アイドリング状態にする。
「……現場の安全確認、ヨシッ」
ふぅ、と息を吐いてキャビンのドアを開けた。
先ほど助けた少女が無事か確認するためだ。
「おい、怪我はな——」
「ちょっとアンタ!!」
俺が声をかけるより早く、油まみれのツナギを着たドワーフの少女が、目をキラキラさせてブルドーザーのブレードに張り付いていた。
さっきまで死にかけていた人間の顔じゃない。完全に「オタク」の顔だ。
「信じられない……! 魔力駆動なのに、この油圧シリンダーの滑らかさ! それに、あの重い機体を支えるサスペンションの構造……どうなってんのこれ!?」
「……は?」
「アタシはリーゼロッテ! リゼって呼んで! ねぇマスター、この美しい鉄の塊、アンタのスキルなの!? 最高すぎない!?」
興奮気味にまくしたてるリゼ。
そして彼女は、ブルドーザーのブレードの一部が、毒沼の酸でわずかに変色しているのを見逃さなかった。
「あーあ、せっかくの装甲が酸で焼けちゃってる。ねぇマスター、アタシがこれの表面処理、直してあげよっか?」
「直せるのか?」
「当然! アタシを誰だと思ってるの? 元アイドルで、今は世界一の機工士よ!」
リゼが工具箱を掲げて得意げに笑った、その瞬間。
ズズン……ッ。
ダンジョン全体が、先ほどの崩落とは比にならない規模の地鳴りを起こした。
ARディスプレイが、視界全体を真っ赤な警告色で埋め尽くす。
『EMERGENCY(緊急事態):第4階層『主』の覚醒を検知。
対象:腐毒竜。生存確率:0.2%』
毒の沼地の奥深くから、5つの巨大な首が、ゆっくりと鎌首をもたげた。




