空間消去? 壊れた世界は『薬液注入』で補強します
「……マスター、逃げて! 今すぐこの階層から脱出しないと、消されるわ!」
リゼの声が、かつてないほど激しく震えていた。
王都の空に浮かぶホログラムが乱れ、俺たちの周囲の空間が、パキパキとひび割れるような音を立て始める。
見れば、広場の端にあった岩や木々が、ドットの欠片となって虚空へ吸い込まれ、そこには「何もない暗黒」が広がっていた。
「エリアデリート……階層の強制初期化よ! シークフリートの奴、バグを利用してこの座標の『存在権限』を書き換えたんだわ! このままじゃ、アタシたちもデータごと消去される!」
探索者たちが絶叫し、出口へと逃げ惑う。
だが、俺はクレーンのレバーを戻し、静かに新たな重機を呼び出した。
「リゼ、落ち着け。世界が消えるだの初期化だの、大げさなんだよ」
「……え?」
「地面が沈むなら土を盛る。壁が崩れるなら支柱を立てる。空間が欠けるなら、そこを『補強材』で埋めれば済む話だろ」
俺が召喚したのは、巨大なブームを備えた『コンクリートポンプ車』と、背中のドラムを回す『コンクリートミキサー車』のコンビだ。
「重機換装。空間補強工事――『グラウチング』を開始する」
俺はミキサー車のホッパーに、アイテムボックスから取り出した大量の『高純度魔石の粉末』と『粘土質の触媒』を放り込んだ。
ドラムが唸りを上げて回転し、リゼの解析した「世界の欠損」を埋めるための特殊な魔力スラリが練り上げられていく。
「リゼ! 消えかかってる空間の境界線を特定しろ。そこにこの『パッチ材』を叩き込む!」
「……そうか、欠損したデータ(空間)を物理的な質量で強制的に上書きして、削除処理を物理的に中断させるってこと!? 正気じゃないわ、でも……やってやる!」
リゼが端末を狂ったように叩き、空中に現れた暗黒の「穴」の座標を次々と俺に転送する。
「座標確定! 注入開始!」
俺はポンプ車の長いブームを空へと伸ばし、先端のホースを空間の「割れ目」へと向けた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……!
強力な油圧ピストンが、練り上げられた銀色の液体を空中に向かって勢いよく吐き出す。
本来なら虚空へ落ちるはずの液体は、リゼの魔力固定によって空間のひび割れに吸着し、瞬時に結晶化して「穴」を塞いでいく。
『う、嘘だろ!? 空に空いた穴を、生コン……じゃなくて魔法の液体で埋めてるぞ!』
『「世界のバグ」を物理的に修理してやがるwww』
『同接二十五万人突破! 神の業を「工事」で上書きする男!』
空から降ってくる紫色の「消去の光」が、俺たちの頭上で銀色の結晶体に弾かれ、霧散していく。
シークフリートが放った最強のデリート命令は、俺が流し込んだ『空間補強材』という名のパッチによって、処理を完了できずに停止した。
「……ふぅ。現場の安全確認、ヨシッ。ひとまず、雨漏りは止まったな」
俺がタバコ(のようなアイテム)をくわえて一息つくと、空のひび割れは完全に塞がり、紫色の雲は行き場を失って霧散していった。
その直後。
リゼの端末が、王都ギルド本部から漏れ聞こえる「絶望の悲鳴」を拾った。
「ば、馬鹿な……エリアデリートが『物理的に遮断』されただと!? そんな、そんなデタラメがあるかぁぁぁ!!」
シークフリートの叫び。
俺は空に掲げたポンプ車のブームを、勝利の凱旋のように高く突き上げた。
「デタラメじゃねえよ。これが『現場』の意地だ。……さて、リゼ。修復が終わったら、次は『解体』の時間だな」
俺の視線は、すでに王都の空の向こう、震えているであろう宿敵の喉元を捉えていた。




