底辺配信者、うっかり20トンの『暴力』を召喚する
(マジで、ここで終わるのかよ……!)
薄暗いダンジョン第3階層。
俺、黒部巧は、迫り来る巨大な顎を前に、痙攣する足で必死に後ずさっていた。
「はぁっ、はぁっ……っ!」
手にしているのは、初心者用の安い鉄剣。
対するは、体長2メートルを超える『ゴブリン・アント』の群れ。ざっと見積もって50匹以上。
視界の隅に浮かぶ配信画面。同接(同時接続者数)は、現在「3」。
『あーあ、詰んだなこれ』
『素人が欲張って深層来るから……』
『南無』
(うるせえ……! こっちは親父が残した借金返すのに必死なんだよ!)
キチキチキチッ! と不快な顎を鳴らし、先頭の3匹が同時に跳躍した。
回避不能。確実な死。
ギュッと目を閉じた、その瞬間だった。
『致死レベルのストレス閾値を超過しました』
『ユニークスキル【重機召喚:Lv1】がアンロックされました』
脳内に響く無機質なアナウンス。
直後、目の前の空間が、目に痛いほどの「警戒色」の光に包まれる。
ズズンッ!!!
ダンジョンの硬い岩盤が爆発したように揺れた。
飛びかかってきたアリどもが、空中で「何か」に激突し、無様に弾き飛ばされる。
「……は?」
土煙の中に鎮座していたのは、剣でも魔法でもない。
キャタピラを備えた無骨な鉄の塊。
実家の倒産処理で手放したはずの、20トンクラスの油圧ショベル(バックホー)だった。
「キチィッ!?」
突如現れた巨大な異物に、アリの群れが警戒して足を止める。
俺は吸い寄せられるようにキャビン(運転席)に這い上がり、ドアを閉めた。
防音ガラスが外界の音を遮断し、オイルと鉄の匂いが鼻を突く。
その瞬間、俺の中で張り詰めていた「恐怖」が、すっと冷たい「凪」へと変わった。
(……このシートの感触。現場なら、俺の領域だ)
操縦桿を握る。
同時に、フロントガラスが高度なARディスプレイへと切り替わった。
『System Boot... Object Detection Activated.』
視界に群がる50匹のアリ。そのすべてを、赤い四角形の枠が瞬時にロックオンする。
枠の横には「Target_Ant: Confidence 98%」という認識スコア。
敵の骨格、装甲の脆弱な結合部が、リアルタイムのワイヤーフレームで可視化されていく。
(凄いな……。生体構造をリアルタイムで解析してやがる。なら、お前らはもうモンスターじゃない)
キーを回す。
腹の底に響くディーゼルエンジンの咆哮。
「ただの『解体対象』だ」
右手のジョイスティックを、滑らかに倒す。
唸りを上げる油圧シリンダー。巨大な鉄の腕が、まるで俺の右腕の延長線にあるかのように動いた。
ブォンッ!!
先端のバケット(鉄の爪)が、群れのど真ん中を横薙ぎに一掃する。
剣で斬るのではない。数十トンの圧倒的な質量とトルクで、物理的に『轢き潰す』。
グチャッ、という鈍い音。強固な外殻ごと、数匹のアリが一瞬で粉砕された。
『ファッ!?』
『え? は?? なに今の鉄の塊!?』
『魔法!? いや、建機じゃねーかwww』
過疎っていたコメント欄の空気が、一変する。
(装甲の硬さはコンクリート(圧縮強度30N/mm2)程度か。なら……)
左のレバーで旋回し、右のレバーでアームを引き寄せる。
迫り来る後続の群れに対し、今度はバケットの角度を鋭角に調整し、上段から振り下ろした。
どれだけ外殻が硬くても、20トンの衝撃を装甲の「継ぎ目」の1点に集中させれば、構造力学的に耐えられるはずがない。
ガァァァンッ!!
岩盤ごとアリの群れを圧し潰し、ダンジョンの脅威が単なる「土砂」へと変わっていく。
『おいおいおいおいwww』
『同接急激に増えてて草。切り抜きバズってるぞ!』
『てかコイツ、ただ振り回してるだけじゃない! 爪の入れ方が完全にプロの"職人"だぞ!』
コメントの滝が加速する中、1つの異質なコメントが固定表示された。
『【名無しメカニック】:信じられない……あの旋回トルクで機体がブレない!? どんな重心計算してやがるのこのマスター!?』
(なんだこいつ、やたらマニアックだな)
わずか3分。
50匹以上の群れは、跡形もなく平たく『整地』されていた。
同接はすでに2000人を突破している。
「ふぅ……よし、作業終了。現場の安全確認、ヨシッ」
無意識に指差し呼称をして、息を吐いた。
その時だった。
ビーーーッ!! ビーーーッ!!
突如、ARディスプレイが真っ赤なエラー警告に染まった。
足元の岩盤全体を囲むように、巨大なバウンディングボックスが出現する。
『WARNING(警告):足場直下に、規格外の巨大オブジェクトを検知。
地盤の崩壊確率:99.9%』
「……は? 嘘だろ」
ズズ……ズズズズズズッ!!!!
整地したばかりの第3階層の地面が。
俺を乗せた重機ごと、丸ごと底なしの闇に向かって崩落を始めた。




