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望むことができなくても

零れ落ちたもの

作者: 釉亜
掲載日:2026/01/01

ガチャリと扉を開けると、中にいた数人がこちらを振り返る。

それに目線を合わせることなく、軽く頭だけ下げた私は部屋の後ろ、扉近くの人のいない空間を選んで座る。

部屋の前側に大きな窓があり、大半の人はそこからパレードを見ているため、後ろ側には人がいなかった。

他の人と違い先輩に誘われて来ただけで、とくにパレードを見に来たわけではない私にはそれで十分だった。

それでも居心地は悪く、膝を両腕で抱えてそこに顎を乗せる。

ひたすらに畳を眺めるだけの時間に、どうして来てしまったのだろうかという後悔しかない。


毎年開かれているこのパレードの存在を知らないはずもなく、かといって来るつもりなんてなかった。

誘われることすらなかったこのパレードに、珍しく少し話をしたことがあるだけの先輩が、たまにはどうかとわざわざ私のもとを訪れて誘ってくれたのが少し前。

垣間見えたその気遣いに申し訳なくなり、「行きます」と答えてしまったあの日の自分に思わず悪態もつきたくなる。


はあ、とため息をついて膝に顔を埋める。

今さら帰ろうと思ってもパレードで道は人が溢れかえり、身動きも取れないだろう。今ここでできるのは諦めることだけだ。

自棄になりぎゅっと縮こまった状態で、ただ時が過ぎゆくのを待った。




ふと人が動く気配を感じて徐に顔を上げる。

どうやらパレードは終わったようで、ここからはダンスタイムのようだ。

窓の外の人たちがばらばらと動き始めているのが見えて、部屋にいた数人も立ち上がって話をしている。

そろそろ帰れるかなとその様をぼんやりと見ていると、こちらへひとりの女の子が寄ってきて

「パレードすごかったね」

なんて言いながら私の左隣へと座った。

正直、名前すらも覚えていないくらいのクラスメイトだ。

なぜ私に話しかけてきたのか疑問でしかないが、ぺらぺらとパレードの感想なんかを話しているのを見るに、お祭りの熱にあてられて浮かれているのだろうと好きにさせる。

とくに相槌を打つこともせずにぼんやりと窓の外を眺めていても、気にも留めずに話し続けていた彼女がふと動く気配を感じてそちらを見やれば、思わず顔を顰める。

彼女よりも奥側にある扉からひょっこりと顔を出している男がいたのだ。


私はその男が苦手だった。

いや、むしろ嫌いといえるほどに同じ空間には居たくない存在だった。もはや表情も取り繕えないほどに。

そんな男が、隣の彼女となにやら二言三言交わした後、彼女が腰を浮かせて男が部屋に入ろうと身を乗り出しているのが見えた瞬間


「入ってこないで!あっちへ行って!!」


と鋭く叫んでいた。

しまったと思えど、口から出た言葉は取り消せない。

私はぎゅっとまた自分の膝を抱いてそっぽを向く。

きっと良い人なのだろうとは思う。けれど、私にとってはどうしても嫌いな人なのだ。


しばらくして、隣の彼女がまた同じ場所に腰を下ろすのが視界の端に映る。

ちらりと横目で見ると、男はいなくなっていた。そのことにほっと息をつく。

そんな間にも、何人かが誰かに誘われて外へと出ていくのが見えた。誰も先ほどのことは気にしていなさそうで、はじめてお祭り事に感謝をした。


このダンスタイムではあるジンクスがある。

想い人を誘い、頷かれて踊りきることができれば晴れて恋人になれる...だとか、まあ端的に言うと恋愛成就の類で、多くの人の間で好きな人を誘って踊るもの、という認識があった。

あの男からは以前に好意を伝えられたことがあったために、まさか誘いにきたのではという思いから強く身構えてしまった。

自意識過剰だっただろうか......

もしかしたら他の人を誘いにきていたのかもしれない、と憂鬱になってまた顔を膝に埋めた。


どれくらいそうしていただろうか。

ばたばたと騒がしい足音と、バンッと勢いよく開かれる扉の音が聞こえたかと思えば頭上から「いた」とよく知った声が聞こえて顔を上げる。

目の前にはかわいくて仕方がないいつもの少年が立っていた。

なぜここに、と不思議に思っていると


「ん」


と目の前に手のひらが差し出される。

それに首を傾げれば、そんな私の様子に焦れたようにさらにずいと手が差し出された。

訳が分からず困惑しながら少年を見上げて、その瞳と目が合った瞬間。


あぁ、なるほど


と心が冷えゆくのを感じた。

そして、私たちの関係もここできっと終わるのだと、終わらせなければならないのだと悟った。


「ごめんなさい」


動揺に揺れるその瞳を真っすぐに見つめ返す。

ずっと前から本当は知っていた。この子が私に向けてくれる想いが、姉のように慕ってくれている以上のものが混じっていることに。

けれど、私は見て見ぬふりをしていた。

弟のようにかわいくて愛おしかった。だけど、いつしかこの子の瞳に私が向ける愛情とは違うものが見えて苦しくなった。

気づいていながらこの関係を壊したくなかった私は、気づかぬふりをしていれば大丈夫だと思っていた。


「ありがとう。私をいっぱい外に連れ出してくれて。

 ありがとう。いつも手を引いて笑いかけてくれて。

 君のおかげで私は日の下を歩くことができるようになったんだよ。ひとりで居ることの寂しさも知った。なにより君が大好きで大切だった。」


差し出されていたその手を、ギュッと両手で包み込んで自分の額へと導く。

懇願をするように、祈りを捧げるように。

同じ言葉を、もう一度口にする。


「ごめんなさい」


どれくらいそうしていたのだろうか。

するりと離れた手に気づくこともできずに、いつの間にか目の前からあの子は消えていた。

息が詰まり、目頭が熱くなるのをぐっと瞼を閉じて耐える。


あの子を傷つけてしまった。


ただその事実だけが胸に重くのしかかる。

あの手を取ればよかっただろうか。いつものように姉と弟のような関係で。またその瞳に気づかぬふりをして。

結局は私が耐えられなかったのだ。ずっとこの関係でいたいと願って知らぬふりをしてきたのに、熱を宿したその瞳で見つめられたその瞬間に、自分勝手にも悲しくなってしまった。

この子が私と同じ気持ちではないことに。

なんて身勝手で、愚かで最低なのだろう。


胸に穴が開いたように虚ろでなにも考えられなくなる。

そうしてまたぼんやりと時が過ぎゆくのを待っていた時に、隣ではっと息を飲む音が聞こえた。

どうしたのだろうかと思い瞼を持ち上げれば、目の前に人の足が見えた。今はもう誰の相手もしたくないのにと思いながら顔を上げれば、そこに立っていたのは思いがけない人でわずかに目を見張る。

そして、その人もまた私に向けて手を差し出した。

ポカンと見上げていた私は一気に現実へと引き戻されて、ごめんなさいと言わなければと口を開こうとする。けれどもそんな私を遮るように、その人は「ついてこい」とだけ短く言い放つ。


......ついてこい?


言われた言葉の意味が処理できずにフリーズする。

その間にも、目の前の人は早々に扉の外へと出て行ってしまう。

突然のことについていけずに、言われるままに慌てて立ち上がり後を追う。


外に出ると、彼は腕を組んで私が来るのを待っていた。

相変わらずこの人は...と呆れていれば、私が来たのを確認した彼がすぐに歩き出してしまい、急いで靴を履いてまたその後を追った。

明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

この物語はいったんここで区切りとさせてください。続きは、また書きたくなったときにお届けできればと思います。

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