蒼の首飾りの君 4
暖かな日差しを浴びて、薬園の草花たちは葉脈のすみずみまで喜びに満ちていた。
必要な量を、必要なだけ。
ネルダは指示された薬草をひとつひとつ丁寧に摘み取っていく。
その手に迷いはない。
けれど、頭の中ではずっと同じ夜のことが繰り返されていた。
*
「本当にごめんなさい。わたくしが浅はかだったわ」
肩を落とすメアリーレインに、ネルダは首を振る。
これほどまでに元気のない王女を見るのは初めてのことだった。
「ちょうど私も、魔法とは距離を置くべきだと思っていたところだったんです」
ユリウスも肯定の意で軽く頷いていた。
ふと目が合い心臓が軽く跳ねる。
温室での時間が、まだ続いているかのようだった。
「でもユーリの研究が、まだ……」
「心配しなくていい。手がかりは充分掴めた。それより」
ユリウスの形の良い眉がかすかに歪む。
「……誰が女王の耳に入れたんだ」
メアリーレインは浅く息をのんだあと、自分を納得させるようにゆっくりと唇を開いた。
「お母様は、この本は魔法と関係ないものだと聞いていたそうなの。蒼の魔女にちなんだ童話集だって。だからわたくしに渡しても平気だとーー」
言いながら、次第に不安げに首を傾げる。
「……誰から聞いたんだろう」
女王も読めない古語で書かれた本。
それをただの童話だといい、それを女王が信じるほどの関係性を持つ者。
万が一礼拝堂への出入りを目撃されても、それと『魔法研究』との繋がりは誰にもわからないはずだ。
なにより魔力を検知できる者すらこの国にはいないはず。
ユリウスの中で渦巻いていた懸念が形を成し始めていた。
そしてそれはネルダも同じだった。
*
魔導書はメアリーレインが持ち帰り、女王の手元へと戻ることになった。
もう、廃礼拝堂で魔法を囲むことはない。
胸の奥がかすかに疼いたが、これでいいのだという思いの方が強かった。
ぷちり、と葉を付け根から摘み取った時、視界の外に誰かの気配を感じる。
顔を上げると、そこには見覚えのある金糸の少年が立っていた。
「奇遇ですね。こんなところで会えるなんて」
シオンの言葉には、やはりかすかに覚えのある訛りが含まれている。
手を止めて礼の姿勢をとりながら、ネルダは記憶の糸を辿っていた。
「顔を上げてください。僕自身にはなんの身分もありませんから」
「陛下の秘書官をされている御方です」
「まあ……それはそうですけど」
年の頃が近いはずのその秘書官は、やけに大人びた瞳を薄く細めた。
「里はネフィリア村ですよ。……どうです、親近感が湧きました?」
「ネフィリア……村……」
記憶の扉が開く音がする。
人里離れた蒼の魔女の里。
けれど生きていくために、ほんの限られた村とだけ交流があった。
あの夜、ネルダか遣いにやらされたのも、すぐ近くの村だった。
ネフィリア。
薬草と果物をよく取引していた村。
扉の向こうには焼け焦げた空が広がっていた。あの時蒼の魔女の里とともに、ネフィリア村もーー
「ずっとお話してみたいと思っていたんです」
メアリーレインと瓜二つなのに、微笑みの温度は驚くほどに違っていた。
「……あなたが物分かりのよい方でよかった」
驚くほどに……冷たくて遠い表情。
ネルダの心はあの炎の夜に放り出されていた。
赤い空には、懐かしい光も届かなかった。




