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蒼の首飾りの君 4

暖かな日差しを浴びて、薬園の草花たちは葉脈のすみずみまで喜びに満ちていた。

必要な量を、必要なだけ。

ネルダは指示された薬草をひとつひとつ丁寧に摘み取っていく。

その手に迷いはない。

けれど、頭の中ではずっと同じ夜のことが繰り返されていた。



「本当にごめんなさい。わたくしが浅はかだったわ」


肩を落とすメアリーレインに、ネルダは首を振る。

これほどまでに元気のない王女を見るのは初めてのことだった。


「ちょうど私も、魔法とは距離を置くべきだと思っていたところだったんです」


ユリウスも肯定の意で軽く頷いていた。

ふと目が合い心臓が軽く跳ねる。

温室での時間が、まだ続いているかのようだった。


「でもユーリの研究が、まだ……」

「心配しなくていい。手がかりは充分掴めた。それより」


ユリウスの形の良い眉がかすかに歪む。


「……誰が女王の耳に入れたんだ」


メアリーレインは浅く息をのんだあと、自分を納得させるようにゆっくりと唇を開いた。


「お母様は、この本は魔法と関係ないものだと聞いていたそうなの。蒼の魔女にちなんだ童話集だって。だからわたくしに渡しても平気だとーー」


言いながら、次第に不安げに首を傾げる。


「……誰から聞いたんだろう」


女王も読めない古語で書かれた本。

それをただの童話だといい、それを女王が信じるほどの関係性を持つ者。


万が一礼拝堂への出入りを目撃されても、それと『魔法研究』との繋がりは誰にもわからないはずだ。

なにより魔力を検知できる者すらこの国にはいないはず。


ユリウスの中で渦巻いていた懸念が形を成し始めていた。

そしてそれはネルダも同じだった。



魔導書はメアリーレインが持ち帰り、女王の手元へと戻ることになった。

もう、廃礼拝堂で魔法を囲むことはない。

胸の奥がかすかに疼いたが、これでいいのだという思いの方が強かった。


ぷちり、と葉を付け根から摘み取った時、視界の外に誰かの気配を感じる。

顔を上げると、そこには見覚えのある金糸の少年が立っていた。


「奇遇ですね。こんなところで会えるなんて」


シオンの言葉には、やはりかすかに覚えのある訛りが含まれている。

手を止めて礼の姿勢をとりながら、ネルダは記憶の糸を辿っていた。


「顔を上げてください。僕自身にはなんの身分もありませんから」

「陛下の秘書官をされている御方です」

「まあ……それはそうですけど」


年の頃が近いはずのその秘書官は、やけに大人びた瞳を薄く細めた。


「里はネフィリア村ですよ。……どうです、親近感が湧きました?」

「ネフィリア……村……」


記憶の扉が開く音がする。

人里離れた蒼の魔女の里。

けれど生きていくために、ほんの限られた村とだけ交流があった。

あの夜、ネルダか遣いにやらされたのも、すぐ近くの村だった。

ネフィリア。

薬草と果物をよく取引していた村。


扉の向こうには焼け焦げた空が広がっていた。あの時蒼の魔女の里とともに、ネフィリア村もーー


「ずっとお話してみたいと思っていたんです」


メアリーレインと瓜二つなのに、微笑みの温度は驚くほどに違っていた。


「……あなたが物分かりのよい方でよかった」


驚くほどに……冷たくて遠い表情。


ネルダの心はあの炎の夜に放り出されていた。

赤い空には、懐かしい光も届かなかった。




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