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はじまりの日のお話 1

最初は、眩しいほどの赤だった。どこもかしこも燃えていて、駆け寄りたくても、飛び込みたくても、本能がその衝動を押し留めた。


この赤は今まさに家族を、友を、優しい村の人々の命を糧として輝いている色なのだ。


私だけ、赤じゃない。


おつかいを頼まれて、たった半日、村を離れていただけなのに。

暖かな家に戻ったら、おつかいついでに手に入れた新鮮な食材で、母さんと一緒に料理をするつもりだったのに。

弟たちも楽しみにしていたのに。


膝から下の骨が抜けてしまったみたいに急に立っていられなくなって、焼けこげた地面に崩れ落ちる。


全部全部ひとかたまりの炎になってしまっていてはっきりとはわからないけれど、目の前で赤く染まっているのは私の家だった。


見えていなかったわけではない。見ようとしていなかっただけだ。

燃えているのではない、燃やされたのだ。そして燃やされる前に、


……ゆるゆるとそこまで考えが至り、悲鳴をあげるよりも先に嘔吐した。


私の存在すべてがそれを否定していて、理解をしたくなくて、一生懸命に拒絶反応を見せている。


見なくちゃ、見てはだめ。探さなくちゃ、もういない。助けなくちゃ――もう遅い。

蝋燭が消える直前みたいに頭が明滅して、まともでいられない。


十になったばかりの私には、すべてを嚥下して立ち上がるのは難しかった。


だからそのまま丸くなって、炎のほうから手を伸ばしてくれるのを待つことにした。


きっと視界の端で動かなくなっているのは家族かもしれないけれど、近寄ることすらできなかった。


薄情な娘でごめんなさい。冷たいお姉ちゃんでごめんね。


一緒にはいけなかったけれど、すぐに追いかけるから。追いついたら、たくさんごめんなさいするから。

だから許してね、と、幼い少女なりに、自分の物語に一区切りをつけた時。


まるまった私に手を伸ばしたのは炎の赤ではなく、同じ年頃くらいの小さな手のひらだった。


「立てるか」


弟たちと同じくらい可愛くてあどけない声色なのに、言葉としての音は凛としていた。


例えるならば念入りに研いだ刃。

まだ一度も刃こぼれしたことはない、真新しくて、澄んだ水面のような。


顔をあげようとしてはじめて、自分の全身が震えていることに気がついた。

差し伸べられた手をとることも叶わない。

それでもその子は、辛抱強く待っていてくれた。


「立てないのか」


答えたいけれど、声も音も息も、喉の奥で焦げ付いてしまって、どうしたって出てきてくれない。


するとその子が立ち上がる気配がした。


ああ、いってしまう……そう思った次の瞬間、私の足は宙に浮いていた。


「……!」

「い……いく、ぞ……」


自分がその子に抱え上げられていると気づいたのは、その一瞬あと。


その子と自分の身長が、さほど変わらなそうだと思ったのは、その一瞬のもう少しあと。


ほとんど同い年くらいの少年が、村を焼かれた見ず知らずの私を必死に助け出そうとしていることを知って、私は本当に驚いた。


「く……っ」


ああ、本当に苦しそう……。


私はといえば布袋みたいに肩に引っ掛けられているおかげでその子がどんな子かまでわからず、声をあげることもできないせいでお礼も言えない。


ただ、腰にさした鞘にあしらわれた紋章には見覚えがあった。


その子が懸命に進む先に、たくさんの松明があるのも見えた。


その夜の記憶は、そこで途切れている。



それは例年になく冷え込んだ冬のことだった。

すべてが色褪せて見えた。進めども進めども灰色で、はじめから世界はこうだったのかもしれないと思えるほどだった。


降りしきる雪の真白と、炎の中から救い出してくれた小さな手を、私は今でも覚えている。

ーーあの夜、世界の唯一の光だった手のひらを、私はまだ夢で探している。







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