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建国祭準備 2

風が冷たくなった。

王都は建国祭の準備に沸き、昼も夜も人々の声と笑いが絶えない。

けれど城の奥、ネルダの胸の中だけが静かにざわめいていた。



あれはメアリーレインではない。


声の抑揚。眼差しの奥の温度。小首の傾げ方。

どれもほんのわずかずつ、けれど確かに違っていた。

けれど、周囲の誰も気づいていない。


「本当にお綺麗ね。女王陛下によく似ていらっしゃるわ」


隣のイザベラが見惚れたまま呟く。


「ね、ネルダもそう思うでしょ?」

「え、ああ、うん。そうだね」


上の空で答えながら、舞い踊る『白の女王役』から目を離せなかった。

イザベラの言うとおり、本当に綺麗だ。


自分の感覚がおかしいのだろうか。

寝不足のせいだろうか。

ネルダはそう思いながらも、どうしても胸の奥に棘のような違和感が残った。




「聞いてちょうだい! あれを身につけさせることに成功したわよ」


礼拝堂の奥。

割れたステンドグラス越しの光が不規則に床を染める。

ネルダは香を焚いた燭台のそばでメアリーレインから報告を受け、持っていた薬瓶を取り落とした。


「ネル、大丈夫? 怪我はない?」


空色の瞳が心配そうに瞬く。胸元で輝く首飾りのことを思い出し、ネルダは動揺を隠せなかった。

やはり、すでにあれは想い人の手に渡っていたのだ。


「申し訳ありません。つい手が……」

「ネルって意外とうっかりさんなところがあるわよね」

「うっかりさん……」


初めて言われたその言葉を反芻する。

あまりよい意味ではなさそうなので精一杯気をつけようと、ネルダは思うのだった。


「それでね、魔法の効果なんだけれど。やはりゆっくりなのかしら?」


言いにくそうに口を開くメアリーレインに、ネルダは魔導書をなぞりながら答える。


「そうですね……ここにも、焦ると遠のくと書かれています。もう少し待ったほうがいいかも」


メアリーレインは唇を噛んだ。

なにかを言いかけて、飲み込むような仕草。

それから微笑みを取り戻して、いつものように明るく言った。


「待つのは得意よ。王女たるもの、いつだって悠然と構えていなくてわね」


蒼の首飾りをかけたその人に、今こうしている間も少しずつ王女の想いは染み込んでいるはずだ。

秘めたる想いを知ったそのあとの振る舞いは、魔法の領分ではない。

その人は一体、どうするのだろうか。

湧き上がったありとあらゆる感情をなんとか飲み込み、魔導書を閉じた。


その時だった。

礼拝堂の歪んだ扉が、きい、と音を立てて開いた。


「殿下、失礼いたします」


澄んだ声が響く。

振り返ると、そこに立っていたのは見慣れぬ少年だった。

黒に近い濃紺の衣をまとい、金糸の徽章が胸に光る。


「……どうして、ここに」


メアリーレインが小さく息を呑む。

その声にほんのかすかな焦りが混じったのを、ネルダは聞き逃さなかった。


「陛下よりお伝えがあります。至急、執務室へお戻りくださいとのことです」


少年が一歩前に出た。

細い月光が彼の髪を照らし、淡い青が揺らめく。

その横顔に、既視感が走る。


(まさか……あの時、舞っていたのは……)


声。立ち姿。

——少年は、メアリーレインに瓜二つだった。


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