建国祭準備 1
王女の空色の瞳によく似た蒼の宝石。
やわらかな光を返すその首飾りのまわりに、乾燥させた星幻草の葉を並べていく。
順に火をつけ石を燻しながら唱文を声に出して読み上げる。
「光は記憶、風は祈り。秘めたる想いをその身に宿せ——」
ことばと煙を封じ込め、あとは待つ。
石が応えてくれるのを。
「……ネル、見て!」
メアリーレインが指をさす。蒼色の中心に鈍い光の点が生まれ、それが波紋のように広がる。
やがてそれが石の海いっぱいに満ち、鈍かった光が澄みわたる。
ひときわ大きく輝いて、そして――消えた。
「成功です。できるだけ早く、身につけてもらってください」
安堵の息とともにそう告げるネルダの手を、メアリーレインが握りしめた。
「ほんとう!? すごいわ! すぐつけてもらうんだから!」
やはりあなたは天才ね、とはしゃぐ王女に、こぼれかけた言葉を飲み込む。
星幻草を探すのにユリウスが同行したことは、彼との約束で秘密にしていた。
あのあとーー
ユリウスの話では、治癒魔法が成功した瞬間共鳴が起き、新しい光景を見たということだった。
我に返った時、ネルダは呆然としたまま瞳孔が開き、脈も弱くなり、まるで人形のようだったと。
ようやく意識を取り戻したネルダが見たものは、傷は治ったはずなのにすっかり血の気が失せたユリウスの顔で、魔法が失敗したのかと慌てに慌ててしまったほどだった。
ユリウスが見たのは、やはりネルダとは別のものだった。
玉座にすわる白の女王と、そのかたわらに立つ蒼の魔女らしき影。
話しぶりからすると、ユリウスの視界は白の女王のそれだった。
ネルダは蒼の魔女として、ユリウスは白の女王として神話の世界線の光景を見ている。
神話はあくまでも神話だ。伝聞録ではない。書きぶりと異なることは多分にあるだろう。
けれど。
――女王は白き花を王冠に飾り、魔女はその背に風を残して去った。
――しかし時は流れ、人は力を恐れ、魔女の名を封じた。
ネルダは、白の女王の亡骸を抱いていた。女王はまだ、若かった。
女王との別れと、魔女の名が封じられるまでの間に、なにか大きな秘密が隠されているのではないだろうか。
そして、あの獣の正体。
あれには魔法によく似た力の残滓を感じた。けれど魔法とは似て非なるものだった。
とてもいびつな、命の起源を歪める力。
なにかよくないことが起きているとネルダは思った。
もしかしたら、魔法を目覚めさせたことが原因となっているのではないか。
「ちょっと、そこ逆だよ」
同僚の声に、ネルダの意識は現実に揺り戻された。
青の白の布を交互に結ばなければならないというのに、青と青が隣り合わせになっていた。
「本当だ。起こしてくれてありがとう」
「寝ながら結んでたの!?」
器用だね、と笑うのは使用人宿舎で同室のイザベラだ。
よく寝て、よく食べ、よく笑う。一度眠ったらたとえ宿舎が爆発しても起きないほどに熟睡するので、夜こっそりと抜け出しやすくてネルダはとても助かっている。
「今年もこの時期がきたねえ。建国祭!」
布の海にまみれてイザベラが言う。
ネルダたちだけでなく、王都中皆が浮足だつ季節がやってきたのだ。
サファイリア建国祭。
建国を祝う一番大きな祭で、国の創始者である「白の女王」と「蒼の魔女」の誓いを讃える日であり、蒼と白が再び出会う夜とも呼ばれている。
国中がサファイリアの花と、サファイリア・アルバに見立てた白い花や青と白の布で飾られて、夜には王都全体が光の海になる。
慎ましやかな城下町も前後数日は出店や出し物でにぎわい、あまり騒がしいことが好きではないネルダもこの時ばかりは楽しい気持ちになるのだ。
けれど一番の目玉は王家主催の伝統劇。
神話の再現をし、国の健やかな繁栄を祈るもので、白の女王は代々の王女が演じることになっている。
「今年もお美しいんだろうなあ、白の女王役のメアリーレイン様!」
そうだった、とネルダはいまさらながらに驚く。
ともに魔法について語り合っているあの少女は、昨年の建国祭の夜、通称「白き花の夜」に、遠い舞台の上にいた御方だ。
人波をかきわけて前に出る気概はネルダに備わっていなかったため、本当に豆粒ほどに小さかった。
それでも、王女そのものが輝いて見え、とても美しく感じたのを覚えている。
「……あれ」
ふと、なにか違和感のようなものを覚える。
森で見た白の女王の面影がよみがえった。
あれは、誰かに似ていた――
「ネルダ、今の聞いた!?」
またもやイザベラに揺り起こされる。
「なにを?」
「もう、また寝てたの? 中庭で殿下が演劇の練習をなさってるって! 見に行こう!」
「でも準備が……」
「そんなのあとあと!」
いいのか、使用人がそんなゆるさで、と自分を棚に上げながら、なかば引きずられるようにして中庭に向かう。
中庭を覗くことのできる回廊には、すでに人だかりが出来ていた。
「すみません! とおりまーす! すみませーん! あ、あそこに空飛ぶ衛兵が!」
(なるほど……こうすると前に進みやすくなるのか)
大声でずけずけと大人たちをかき分けながら適当なことを叫ぶイザベラに彼女は感心する。
なんとか隙間にすべりこむことができた、ネルダたちは、王女の姿を探した。
「――空の声を聴きなさい、大地の息を感じなさい」
……凛とした声が響きわたる。金糸が陽光を浴びて夢のように輝く。
「この身は民の光、この声は国の祈り」
台詞をそらんじる王女は、首飾りを抱きしめ年相応の笑顔を見せた少女とは別人に思えた。
「我が剣は争いを断ち、我が手は命を育む――」
そう謳い、両の腕を大きく広げて舞う。
瞬間、胸のあたりで蒼い光がきらめいた。
「あれは……」
想い人の心に沁み込む魔法を込めた、首飾り。
見間違いではなかった。意匠も反射する光の色も、ネルダがあの時見たものと同じだった。
まだ渡していないのか、と思った。
けれど王女が舞いながら振り返ったとき、確信した。
表情も仕草も、そっくりなのに。
けれどあの眼差しだけは――メアリーレインのものではなかった。




