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サファイリア魔法研究会・再結成 2

祈りを繋ぐように、目の前の光に意識を集中させる。


花が、ひと呼吸ぶん、濃くなる。

か細いけれどたしかに根が土に触れ、するすると茎が伸び。

白銀の花弁は三人の眼差しを受けて、見たこともない輝きを放ち、そしてーー幻のように、溶けて消えた。


「……今のが、サファイリウム・アルバ……」


惚けたようなメアリーレインの声に、ネルダは肩を落とす。


「……成功とは言えません。これではただ“置いた”だけ。水と影の配分、土の質——調えることが多い。それに……」


動揺の名残が消えないユリウスに向き直る。


「ユリウスさまもご覧になったのですね?」


問うと、肯定の意味なのか蒼が揺れる。

あの光景が何を意味するのか、まだわからない。

けれどサファイリウム・アルバが咲くたび、なぜかネルダとユリウスの間で誰かの記憶が再生されるのだ。


おそらくは、見ているものは同じ。

二人は目配せをして、口開いた。


「遠乗りをーー」

「抱擁をーー」


音が合わず、思わず同時に続きを飲み込む。


「……抱擁?」


メアリーレインが弟を覗き込む。


「……ほお……う。遠乗りとはな。なんの示唆だろうか」


流れるような仕草で片手を顎にあて何やら考え込み始めたユリウスの眼差しの先に、メアリーレインが回り込む。


「ねえあなた今抱擁って言ったわよね?」

「言っていないが」


苦しい言い逃れをするユリウスを気にかけることなく、ネルダはなるほど、とひとりごちる。

共鳴が起きた際に見えるものは、必ずしも同じとは限らないらしい。


「魔法は失われた力のはずでした。成功しかけるたびに何かが見えるのだとしたら、それはある種の鍵かもしれません」


そう言い、姉弟を見て、軽やかに告げた。


「これからも見た内容は共有するようにしましょう」


押し黙るユリウスを横目で見、姉は悪戯っぽく微笑むのだった。


実験はここまでだ。

本題に入ろうと、ネルダは魔導書を手に取った。


「メアリーレインさまの求める魔法を発動させるには、やはり私がお相手の名前と、声を知らなければいけません」


メアリーレインの顔色からわずかに血の気が引く。


「……それは……それだけは、本当に難しいの。ごめんなさい、困らせてしまって」


いつもの快活さが嘘のように弱々しく目を伏せる王女に、ネルダは優しくかぶりを振った。


「それならば、もうひとつだけ方法があります」


夜毎ひとりで魔導書の研究を続けていたネルダは、もう一段効果は弱いが同じ目的の魔法について読み解いていたのだった。


それは持ち物に願いをこめる魔法。

相手の心に直接囁く魔法ではないので即効性はないが、想いをとじこめた物を毎日相手に身につけてもらうことで、少しずつ心に染み込んでいくというものだった。


「これならば何も知られることなく、こ……あの、あれをあれすることができます」

「あれをあれね。できちゃうわね、それなら。ありがとう! やっぱりネルに相談して大正解だったわね!」

「待ってくれ」


ユリウスが割って入る。


「何かものすごく人道に反したことをやろうとしていないか」

「誤解を招く言い方やめてちょうだい。そんな物騒なものではないわ。それに、魔法に関わってしまうという点ではあなただって同じでしょ」

「同じではない。俺は植物学としてサファイリウム・アルバに興味があるだけだ」


同じ金の髪を揺らして牽制しあう二人を横目に、ネルダはもう一度魔導書の頁を指で追う。


「……やっぱりそうだ。この魔法は、声律を破るだけでは完成しない」


顔を上げ、研究員二名に告げるその姿はすでに魔法研究会の会長として堂にいったものだった。


「他に何が必要なの?」


メアリーレインが前のめりで問う。すぐにでも調達に向かいそうな勢いだ。


「媒介にする物ーー毎日身につけられる物がいいです。それと、星幻草」


その名に一番に反応したのはユリウスだった。


「星幻草……温室では育てていないな」

「知っているの?」


メアリーレインが驚く。


「ああ。多年草で、花の中心が星の核のように光って見えるからその名がついた。花期は極めて限定的でーー」


と、そこで二人の眼差しが自分に注がれていることに気がつき、心地悪そうに咳払いを一つ。


「……基礎知識だと思うが」

「そんなことないわ。本当に詳しいのね、ユーリ」


えらいえらい、と頭を撫でそうな勢いの姉から全力で距離をとるユリウスに、ネルダは何事か思案しながら尋ねた。


「敷地内の森に生息しているでしょうか」

「どうだろうか。昔はよく見かけたが……」


そう珍しくはない種類の植物だが、やや気まぐれなところがあるという。


「わかりました。私は隙を見つけて星幻草を探してみます。メアリーレインさまは媒介となる物を見繕ってください」

「常に身につけられる物がいいのよね」


わかったわ、と王女は笑みをこぼす。


「私とユリウスさまはーー消えない花を咲かすにはどうすればいいか、調べてみましょう」

「……ああ」


魔導書から顔をあげ、真っすぐに見つめる銀灰色の瞳にたじろぐ。

理由はわからないけれど、この瞳に捉えられると、ユリウスは体の重心がぶれるような不思議な感覚に襲われるのだった。


「素敵。サファイリア魔法研究会の研究科目は二本立てね。“消えない花”と“心に染み込む物質”。議事録はわたくしがつけるわ」


てのひらを合わせ華やいだ声でそう宣言すると、弟に一瞥をくれてやる。


「今日はなぜか遅れをとったけれど、第一助手はこのわたくし。あなたは二番手。新人よ。いいこと?」

「構わない。魔法成功の知らせを先に受け取ったのは俺だがな」

「なんですって!」

「順番が前後してしまい申し訳ございません……」


廃れた礼拝堂に賑やかな声が満ち、礼拝堂の天窓に雲がゆっくりと流れた。



ユリウスはふと、礼拝堂の出入口に目をやった。

誰もいない。だが、風の向きが変わった気がした。

気のせいかもしれない。

ーー気のせい、で済むならそれでいいのだが。




乾いた風が落ち葉と戯れ抜けていく。

礼拝堂の外、崩れた窓の影がわずかに動いた。

光の縁で、一瞬だけ金の髪が煌めく。

癖の違う笑みが、その口元に浮かんでは消えた。


——その日、研究会は“再結成”された。

幻の花は目覚めたくないとむずかり、秘密のまじないはいまだ形にはならないけれど、三人は形容しがたい高揚感を胸のうちに抱いていた。



そして、見えないところで、もうひとつの鍵が音を立てた。

扉の向こうへ、誰かがそっと手をかける。

外側から、世界を少しだけ、動かすために。

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