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プロローグ

蒼と白が、最後に交わった夜。

世界は、花と血のあいだで沈黙した。


焦げた空の下で、魔女は誰かの手を握っていた。

その手が離れた瞬間、世界が崩れた。


ーーごめんなさい


魔女はそう呟き、光の海に消えた。


焦げた空の下で、誰かの手を握っていた。

名前も、声も思い出せない。


ーーでも、あなたにもう一度会いたい


その願いだけが、焼け跡のなかで青く蒼く光っていた。

今度こそ、あなたをーー


目を覚ますと朝の光の中で、

少女はただ、ひとひら青い花を見つめていた。




プロローグ:数百年後、穏やかな丘のうえで




きらり、瞼を撫でる木漏れ日に混じった鉱物由来の光が、まどろみの底にいた私を引き上げた。


「ここだと思った」


耳慣れた声に甘えて、すぐには起き上がらない。ここで過ごすひと時は何事にも代えがたいのだ。


「そのままでいいから聞いてよ、此度のわたくしめの武勇伝を」


改まった語り口に思わず軽く吹き出す。次いで薄く目を開けて彼女の姿を見、我慢できずに大層派手に吹き出してしまった。


「ぼろぼろなんですけど……!!」

「でしょ」


でしょ、と小首を傾げる旧友は満身創痍だった。

無事なのは包帯の隙間から眼差しを向ける碧眼と、陽光をきらきらと跳ね返す首飾りくらいのものだろうか。


彼女の瞳とよく似ているパライバトルマリン。

いつだって私をこの世界に引き戻してくれる親友のお守りであり、たからもの。


もっともお守りにとっても彼女の守護は荷が重いに違いない。

これほどくまなく全身の骨を折り砕き、筋肉であらゆる打撲を受け止め、血反吐をはくことが日常茶飯事になるだなんて聞いていないだろうから。


「今回はなに? どうしたらこんなことになるの」

「ほらあれ。車輪が勝手に動くようになった」

「自動車」

「そう。そのでっかいやつ」


それは私たちが普通の人間であった頃には、まだ存在していなかったものだ。


それは見たこともない傷を得るはずだと想像し血の気が引くのを感じながら、勇気を出して問いかける。


「ということは今生の死は……」

「たぶん最初の死は回避できたんじゃないかな。でもいつも最低三回くらいはあるから、気張んなきゃね。これからっしょ」


そういうなり、ボロ雑巾のようになった彼女はそれでも満足げに大樹の根元に身を横たえた。


「……かーわいい女の子だったんだ。今回は」

「初めてだね」

「むさいおっさん守るより俄然やる気が出ちゃうよね」

「ふふ」


前回は屈強な兵士(ただしめっぽう弱い)だったのだ。


「将来の夢聞いたらさ、あいどるだって。あいどるってなんだろ。あとで調べーー……」

「……メイ?」


ぷつりと言葉が途切れた彼女の名を呼ぶと、深い寝息が返ってきた。


眠ることができたら幸いだ。

眠ることができたら、きっと数刻で傷は癒えるはず。


私たちは、そういうふうにできている。


「頑張ったね、メイ」


長い長い、気が遠くなるほど永い付き合いになる友人の、柔らかな金の髪を撫でる。


彼女は頑張ったのだ。いつだって頑張りすぎてしまうのだ。

命よりも大切な人を守るために。


寝苦しくないようにそっと体の向きを変えてやりながら、私たちを優しく包みこむ大樹を見上げる。


さらさらとした葉擦れの音が鼓膜を撫でる。


それだけで私は、細胞の隅々まで満たされるのだ。





「ーーここにいるからね、ユーリ」



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