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ということで。
「あっ、お帰りなさい、夏雪君」
きょとん、としてこちらを見返したお顔も美しくて、もじもじしてしまう。
「あの、雀女さん、それは」
「おーい、雀女、こっちの最後の配膳の手伝いも頼む。お、帰ったか、夏雪」
ひょこっと、月弧さんが顔を出す。
「月弧?! お客さんになんて格好をさせている?!」
ふふん、と月弧は自慢げな顔をする。
「どうだ、可愛いだろう。客の失せもの猫が置いていった宿代のコスプレメイド服が活用できていなかったからな」
「宿代って服でもいいんですか?」
素朴な雀女の疑問に月弧が答える。
「使う用途があれば、交渉次第だ。姿のない客もおるからな。食事や体験型の観光を楽しむために、かりそめの姿が必要な時もあるから、服を依り代にしたり一時的に人形に移ったりする時もある」
「ほえー」
「そういうことじゃなくてっ」
「なんだ、不満なのか、夏雪」
「似、似合ってなかったかな……?」
黒茶×ピンク基調のメイド服のひらひらしたスカートの端をつまんで、シュンとする。
「乙女心のわからんやつめ、けなげに宿の手伝いを申し出て張り切っているというのに」
「え、いや、とても可愛いですけど、問題はそこではなくて」
「ホント?! 可愛い?! やったー! 残りは〈若芽の間〉の雛人形さんたちだよね、任せて!」
夏雪の言葉に舞い上がった雀女がるんたったと駆けていく。
「転ぶでないぞ」
「はーい」
「……、月弧」
なにか言いたげな夏雪。
「目の潤いであろ。わらわに感謝せよ。男ばかりの学校に、怪しげなあやかしばかりの日々には華がなくていかん。宿代は労働対価との申し出じゃったが、意外に手先も器用でな、彫刻家を目指しておったそうな。家を継ぐ事情で学びは断念したそうだが、デザートを任せたら芸術的で客にも好評だったぞ」
「そう、なんだ。だから鏡を覗いていたのかな……」
考え深げになる夏雪を引き立てるように月弧が明るい声を出す。
「ま、誰しも色々ある。正直あの格好だけで元が取れたな。お主はちっっとも着てくれんし」
「うん、それは無理。普通に無理。月弧の趣味に合わせられなくてごめんね。それより宿の手伝いって、他の部屋にもいれたの? 雀女さんをおやつと勘違いするお客様もいるのに」
「わらわがついておってそんな間違いはあらぬ。それに見てみい」
雀女の後ろから、柱の影にいたニット帽の地蔵が後をついていく。
さらにその後をまるっこいひよこの幽霊が続く。
「〈ひな咲の間〉にいる塞の神様?」
「ほほ、部屋のひよこを手懐けた上で、ストーカーよろしく雀女の後をくっついてまわっておるからな、滅多なことも起きまいよ。それにしても眼福じゃのう、わらわは獣神じゃからか、あのひよこたちは近づいて来んし」
「ずっと部屋から出て来なかったのに。そういう契約だったのかな? 『宿の人間を守る』、とか」
宿の主と客は個々に逗留契約をとり結ぶ。
先代である母親が病んで、彼女の迎えた客との契約内容が分からず、無理に追い出すこともできずに支払いも曖昧なままという状態で塞がっている部屋がいくつかあった。
先代の守りを務めていたあやかしも、彼女が夫を失った時死んでいて、契約がわかるのが彼女本人しかいない。
「そう言われれば、わらわをやたら毛嫌いするのもそなたには既にわらわがおって、役目を果たせなかったらか? あやつめ、話が出来るそうだから、後で詰めてやるがよいぞ、夏雪」
「え、そうなんだ」
「ところで雀女はなんとかなりそうか? わらわとしては、いつまでいてもらっても構わぬが。部屋に困るなら、相部屋でもいいぞ」
月弧は夏雪の守り神として〈緋の間〉を占有している。
「うん、骨董屋さんに頼もうかと思ったけど、今日は留守だった。途中で巡査さんの奥さんと一緒になったし、お店に伝言だけ残してきたよ。真贋寺の和尚さんはアバウトだから、浦島太郎みたいなことになっても雀女さんがかわいそうだし。深淵さんが連れてくるお客様がどんな方かわからないから、できるだけ急ぎで連絡が欲しいとは頼んだよ、鉢合わせしないに越したことはない」
「それについては同意するしかないな。深瀬のやつを完全に信用しているわけでなくて安心した」
夏雪はふわんと透明な笑みを浮かべる。
「必要な人だよ、未熟な今の僕にとっては。あの人には、あの人なりの思惑があるのかもしれないけど、誰だってそういうものなんだから、そこまで嫌わなくていいのに」
「虫が好かん。それにあいつは、可愛くない。最悪、宿が乗っ取られでもしたらどうする」
「また一から始めるしかないかな?」
「なにをのんきな。借金もあるのだぞ」
「いざとなったら売るもの売って払えなくもないし、月弧は人の事情なんて心配しなくていいよ」
「お前、それはっ」
「この話はおしまい。それにしても雀女さん、あんなに足だして寒くないのかな?」




