婚約破棄により国は滅ぼされる
初めて書いたファンタジー系の短編です。
若干のご都合主義感はありますが、暖かい目で見ていただけると幸いです。
「レフィーリア! お前ともこれで終わりだ! 婚約は破棄させてもらう!」
王室の間において衆人環視の中、私は婚約者であるセリウス王太子殿下に婚約破棄を宣言されていた。
そしてすでに彼の隣では、新たな女性の姿が。
こつこつと、優雅な振る舞いでセリウスの元へと歩み寄り、私及びこの場にいる人たち全員に見せつけるかのように既成事実として構築する。
二人の演出に出席者一同、熱狂的なまでの歓声を浴びせた。
邪魔者が排除される、彼らにとってはこの上ない喜びなのだろう。
地位も爵位もない辺境出身のくせに、自分たちよりも優遇され、挙句の果てには王太子セリウス様と婚約ぅ!?
とんとん拍子にレフィーリアの都合の良いように、物事が進んでいると感じた彼らは嫉妬の炎に身を焦がす。
私たちより高位になるなんて許せない。認めない——平民の分際で。
特にセリウスの隣を狙う同性からの視線は激しいものがあった。
そうして今現在、セリウスの新たな婚約者としての座を射止めた女もまた、見るに堪えない争いを勝ち抜いてこの場にいるのだろう。
さぞ気分が良さそうに、勝ち誇ったような嘲笑を浮かべ私を見下していた。
どうにも貴族と呼ばれる方々の価値観は、私には理解出来ない。
たとえ、この国にたった一人しかいない聖女であったとしても、彼らの向けてくる敵意の視線は変わらなかった。
干ばつになれば魔法で雨を降らせ、周囲に蠢く魔獣から国を守るために結界を張る。
ただ、これらの聖女としての貢献も、彼らからしてみれば無に等しい。
全ては己の権力ただ一つに固執する。
昔からそうだった。この国に初めて訪れた時からずっと——
「承知致しました。ですがその前に——」
元よりセリウスとの婚約も、先代の陛下の意思により結ばれたものだ。
それを次期国王が破棄したいと言うのであれば、願ったり叶ったりでもある。
私にはこの国においての地位も名誉も不要。寧ろ窮屈なしがらみとなって、邪魔にしかならない。
当人たち——主にセリウスが望まない以上、私が彼と添い遂げる理由は無かった。
「それでは、私が献上した杖をご返却願えますか?」
「はて、杖とは——? 何のことかな?」
「婚約を結んだ際に、献上した聖女の杖です。この身を捧げる意を込めまして、杖を納めたのですが、婚約を破棄されるのであれば返還していただきたく存じます」
「うーむ、俺はそんなもの知らんなぁ〜〜〜。誰かレフィーリアの言う杖の在処を知る者はおるか?」
セリウスが周りに尋ねるが皆一様に首を振る、ニヤニヤしながら両手を天に掲げて——やれやれと。
白々しい不愉快な演技を披露していた。
「いえ、そんなはずは…………確かに私はセリウス様に! それにあの杖は誰彼構わず扱えるものでは——」
「くどい! そうやってはお前はまた、誰かのせいにしなければ気が済まないのかッ! やはりレフィーリアに聖女を名乗る資格はないようだなッ!」
——私の中でブチッと、何かが切れたような音がした。
「フンっ! お前は地下牢行きだ。もう二度と日の目を見ることはないだろう」
地下と言いますと——あぁ、なるほど。
周囲の俗物たちも、セリウスの発言にざわつき始める。
その歪んだ笑みからは、これから起こるであろう私の最期を想像し、すでに楽しまれているご様子だった。
なら彼らを喜ばせないように、私はささやかな反逆として悠然と振る舞うことにする。
「セリウス様は——私が食されてしまうことがお望みですか?」
「さぁて、何のことかな? 俺は地下牢への幽閉を命じたまでだが————ただ、その減らず口もいつまで保つか見物だな」
野次馬として観に来るような度胸が、セリウスたちに無いことは分かっている——だからこそ。
捨て台詞を吐いて、王室の間から立ち去ろうとするセリウスに対して、最後の警告を行った。
「——本当によろしいのですね? どうなっても知りませんから」
忠告も最早相手にもされず、彼の返答は嘲笑だった。
婚約という私にとっての制約も無くなり、野に放つというご決断をなされた。
もう彼らの思惑通りの聖女を演じる必要もない。
さてと。殿下からのお許しが出たということで、好きにやらせていただきますわね。
そうして私は魔法によって、地下牢へと転送されたのだった。
魔法による転送は一瞬だった。
輝かしいまでの王室の雰囲気、空気感は一変し、急に暗闇の中に放り込まれたような感覚に陥る。
地下というだけあって、辺りは真っ暗で何も見えない——というわけではなかった。
「——うわぁ〜おッ」
どこからか光が差し込んだ影響による反射か、それとも独自に発光する術を持ち合わせているのかは分からない。
けれども無数の鉱石から連なる様々な光の発色が、この暗闇を照らす唯一の光となっていた。
セリウスの言っていた地下牢は、狭い空間の中で鉄柵により閉じ込められるような、一般的に知られているものとは違う。
どちらかというと牢屋というよりは、洞窟と称した方が正しいのかもしれない。
最も、一度この洞窟内に閉じ込められたら、一生陽の光を浴びることはない。
そういう意味では彼の言うように、地下牢と何ら変わりないのかもしれないけれど。
現状、私の身体に異変はない。健康体そのもの。
この広大な洞窟内では、割と自由に場所の行き来が可能ではあった。
「——それでは、食べられに参りましょうか」
私は内心ワクワクしておりますのよ?
止めどなく溢れ出る探究欲で私の心は満たされていく。
誰一人近寄ることの無いとされる、この地下洞窟内にはとある存在が封印されているという噂。
立ち寄った者は二度と地上に戻ることはなく、その存在は行方不明として処理される。
「私の問いにセリウスは否定しなかった——それは彼も、その者によって私の存在が消されることを期待しているからでしょう」
王族と一部の者のみだけが知る、生きる伝説の存在——噂の真偽をこの目で確かめずにはいられない。
「誰だ? 我が眠りを妨げる者は——」
鉱石の明かりを頼りに洞窟内を彷徨い続けていると、不意に低音を響かせズシリとした重い声が私を呼び止めた。
「出ましたわね。待っていましたよ滅竜さん」
鉱石に照らされ、とてつもなく巨大な体躯——それだけは理解出来る。
しかし全容は把握出来なかった。
上半身は鉱石の光が届かず、陰で黒く染まったまま。
世界を滅びに導く竜——どこまでも規格外な存在を目の当たりにして、私は目を細めていた。
「滅竜——懐かしき響きだ。そのような異名を付けられ、人間たちに恐れられていたのは数千年前だと記憶していたが、現代においてもその名が通っているとはな」
「私はレフィーリアと申します。つい先ほどまで国に支える聖女をやっておりました」
王族の元婚約者として、叩き込まれていた礼儀正しい挨拶を滅竜さんに披露した。
けれど私が滅竜さんの素顔を視認出来ない以上、この涙ぐましい努力も実際に彼の視界に映っているのかどうかも怪しいものではあるが。
「ではレフィーリアよ。聖女と見込んで頼みがあるのだが、聞いてもらってもいいか?」
「何でしょうか? 極力叶えさせていただきたいと存じますが——」
「それがだな。封印されてしまったこの身では、全くと言っていいほど楽しみがなくての——」
「——それで……?」
「久々の人間が現れたとあって、湧き立つ衝動が抑えられないのだ。時にレフィーリアよ——我に食されてはくれぬかの?」
じゅるり、と効果音が聞こえてきそうなくらい、息を荒立てる滅竜さん。
年代を感じさせる古風な語りで、図体に似合わず丁寧な頼み方ではあったが、中身は随分と物騒な内容だった。
「ふふっ。それは光栄ですわね。貴重な体験、ぜひこの身を捧げましょう——と、言いたいところではありますが、私にはやらなければならないことがありますの」
「ほーう、我が供物になる猶予として、少しの間だけ時間をやろう————とは言え、この何も無い空間で事を成すなど神に祈ることぐらいか?」
「——えぇ、是非とも祈らせてください。聖女として、ね?」
いかにも強者としての余裕、風格が滲み出ていた。
哀れな一人の人間が行う、余興の一つとしか思っていないのだろう。
嘲笑うかのように見下す滅竜さんに対して、私は祈りという名の力を捧げる。
鉱石の輝きではない、真っ白な光に包まれていった。
「——なッ……! そんなバカな……キサマ、ナニをした?」
「祈りを捧げるついでに、滅竜さんの封印も解いて差し上げただけですわ」
「この呪いは絶対に解けぬはず。たとえ一級の対魔導士ですら……」
「それにしても、これまで聖女の力を存分に振るったことは無かったものですから——良い封印でした」
ふぅ〜、と額の汗を拭う。
滅竜さんの反応が新鮮で、あまりにも驚いてくれるものだから、私も無理にでも疲労感を演出する。
封印そのものは存外に呆気ないものだった。
「キサマ。ただの聖女ではないな?」
「聖女に上も下もありません。聖女は聖女でしかありません——そして私はレフィーリア。以後お見知りおきを、滅竜さん」
訝しむ滅竜さんに、私は再度ご挨拶を申し上げた。
「良かったですね! 封印が解けて、これで滅竜さんは晴れて自由の身になりました」
ニコッとわざとらしく微笑んで見せても、滅竜さんにはより疑念が深まっていくだけのようで。
善意からの行いに対する追求が、止まることを知らなかった。
「何故だ、なぜ封印を解いてくれた?」
「理由はいくつかありますが、その前に——私と手を組みませんか?」
「——なに?」
滅竜さんから刺すような視線を浴びせられる。
一瞬だけギラっと、陰で黒く染まった頭部の辺りが赤く光ったような気がした。
そして少しの間、二人は睨み合いを続け膠着状態のまま向き合っていた——すると。
「——地震か…………? 我がこの地に封印されてからは始めてだ」
そうでしょうね。
滅竜さんのおっしゃる通り、この地で地震など起きるはずもないのですから。
「もうじき、この辺り一帯は災厄に見舞われる——魔杖の呪いによってね」
「魔杖? 何の話だ」
今も大地が揺れ動いている。
立っていられない、というわけでは無いが異常とも呼べる時間は続いていた。
「実は——私が所持していた聖女の杖を、奪われてしまいまして……」
セリウス殿下に取られてしまったあの杖。
聖女以外が扱うには少々厄介な代物だった。
セリウスとの婚約に際して、国の安定と平和のため献上した聖女の杖。
しかし聖女以外のものが所持及び使用すると、災厄をもたらす魔杖へと変貌を遂げる。
セリウスは杖さえ所持していれば、私がいなくても聖女の力を維持出来ると思っていたようだけど。
婚約が破棄されたのと同時に、完全に私の手元から離れてしまっている。
もう、災厄が起こるのも時間の問題なのだろう。
「——この場所に来られたのは幸運でした。本当に滅竜さんが存在するのであれば、貴方の助けになれると思って」
「助けになれる……だと?」
「初めから見返りなんて期待していません。滅竜さんがここで朽ち果てるのは惜しい、そう感じたから助けたまでです」
「ふざけるな。今まで我に接触を試みようとした人間全て、何かしらの思惑を秘めていた。答えよ——キサマは我に何を望む?」
「うーん? 強いて言うなら……ファン?」
「…………はぁ……?」
素っ頓狂な声を上げる滅竜さん。
ただ威厳があって怖いだけでなく、可愛らしい一面もあるのですね。
災厄に飲まれてしまうのならば、ファン心理として滅竜さんだけでも助けてあげたいと考えただけ。
だけど、最後に自らの過ちに苦しむセリウスの姿は拝んで見たかったけど。
「さあ、急いで脱出を……いずれこの洞窟は崩落してしまう。今の滅竜さんならこのような洞窟、突き破るのは造作もないでしょう」
災厄の内容までは聖女の杖の所有者であった私でさえも把握は出来ない。
ただ一つ言えることは、災厄と称される事象がこの程度で済むわけがないということだ。
本格的に始まるのはこれから。だけどその前に空中に逃げ延びれば生存の機運は高まる。
「——何をしておる? キサマは行かぬのか? レフィーリア?」
「ですが…………私は、その……ご迷惑に——」
「構わぬ。急を要する事態——だから許せ」
「——えっ…………」
滅竜さんのその言葉を最後に、私の視界は完全に闇に染まった。
不意に滅竜さんの首が伸びてきて、私をパックンちょ。
舌の上で転がされ、独特の生臭さを堪能しながら、されるがままに食される。
そして最後は口の中から唾を吐くように、上手い具合に滅竜さんの背中へと吹き飛ばされていた。
「ゴホッ、ゲホッ…………滅竜さんに食べられて、生還した第一号ですわねッ」
全身、ねとねとのヌッタヌタ。
正直言って生きた心地はしませんでしたが、ついに夢の滅竜さんの背中へと騎乗した。
「——フッ、まだこれで終わりではない。洞窟を突き破らねばな」
それってもしかして、滅竜さんの口内にいた方が安全なのでは?
私がいろいろと不安が過っていたことなどお構いなく、滅竜さんは岩盤をあっさりと突き破る急上昇を開始した。
※ ※ ※ ※ ※
王室の間での一件が片付いた。
「レフィーリアと婚約を結ぶ理由は無くなり、俺はジェシカと——」
これでもう目障りな婚約者はもういない。
聖女としての力は、すでに手中に納めたのだ。
「あんなやつなどどうでもいい。全てはこの秘宝、杖さえあれば婚約する必要など——」
セリウスは自室に籠って、聖女の杖を愛でていたのだが。
「——ん? これは……?」
突如、杖から怪しげな光を放ち始めた。
明滅を繰り返す杖に、セリウスは首を傾げていると、今度は部屋一帯が物凄い勢いで揺れ動く。
体験したことのない揺れ、建物の軋む音に不安を覚えるが——一体、次から次へと何だというのだ。
「——セリウス殿下!」
突然のことだった。
バタン、と扉が開かれ、そこには息を切らした衛兵の姿があった。
「なんだ! 騒々しい!」
無礼極まりない行為に、怒りを振り撒くセリウス。
しかし衛兵も、一歩も臆することなく、それどころではないと鬼気迫った表情をしていた。
「——大変です! ナリージャ山脈で噴火がッ! 」
「はぁ? 噴火だぁ…………?」
そんなわけないだろう。
何千年もの歴史の間、噴火が起きたことはただの一度も——
「——嘘っ、だろ……?」
眼前で繰り広げられている光景に、セリウスは絶句した。
自室の窓から外を見ると、この世の終わりと言わんばかりに煙が立ち昇り、頂上近辺は赤く燃え上がっていた。
これが噴火——じきに山頂から溢れ出したものが、この場所に届くのも時間の問題。
甚大な被害がもたらされることは容易に想像がつく。
「——この杖で……」
杖の力に頼ろうとするが、変わらず理解不能な明滅を繰り返すばかり。
セリウスは苛立ちを募らせた。
「こうなったら、レフィーリアを呼び戻すしか——」
あの何もない地下牢から戻れるのだ。レフィーリアも泣いて喜ぶに違いない。
まあ今も生きていれば——だがな。
苦渋の決断ではあるが、どういう算段でこちらに戻そうか思案——する間は無かった。
※ ※ ※ ※ ※
滅竜の背にしがみついて急浮上すると、もうすでに山の噴火は始まっていた。
だがそれだけでは無い。
私の目の前に広がる光景は、地下洞窟崩壊に伴う王城の倒壊だった。
「あらあら、宝石洞窟の地上はまさかお城だったなんて……これも魔杖の力なのかしら?」
あれだけ立派な建築物を一瞬のうちに瓦礫の山にしてしまうとは、さすが滅竜の異名を持つだけはある。
そんな滅竜さんには崩落の最中、私が起こした気まぐれに対して何か思うところがあったようで。
「良かったのか? 助けてしまって——彼奴はレフィーリアの敵なのだろう?」
「ええ、いいのよ——」
今後、落としてしまう命とはいえども、私の前で亡くなられてしまうのも目覚めが悪いというもの。
最後まで人々の苦しむサマを見て、災厄の終わりを見届けるなんて、仮にも聖女の私にそのような悪趣味は持ち合わせていない。
数日間は噴火による影響、その他厄災からも身を守れるように、国の全域に結界を施した。
どんなに石を投げつけられても、敵意を向けられようとも、私は聖女の端くれ。
完全に民を見捨て、立ち去ることは出来なかった。
その後の判断は、各々で決めて貰おう。
この国と運命を共にするか、はたまた命からがら逃げおおせるか。
私はというと滅竜さんとともに、どこか遠くへ旅に出ることに致しましょうかね。
時期に国家の存続すら危ぶまれる災いが、彼らの元に降り注がれるであろう。
災厄の完遂まで、残り○日——
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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