第八話 蹲ってる場合じゃない。
「せぇいれぇええぇええぇぇえつッ!!」
女性から発せられる怒号にも近い力強い声が空気を振るわせ、その場にいる人間すべての鼓膜を震わせる。
その声に合わせ、ビシッと整列が組まれる。
だが上手くそれができたのは正規で所属している者達だけであり、まだ幼さの残る5人の少年少女達は着いていけず後を追いかけるように見よう見まねで続いていく。
建物に入るや否や何の説明もなく用意された制服に着替えさせられ、急に集められたのだ、無理もなかった。
そんな彼らに険しい目つきを向ける女性。
軍服のような黒い制服に身を包み、険しい表情で木剣を地面に突き刺し柄を右の掌で抑えつける。
輝くような金の髪は風に揺れ、その度に陽の光を反射させキラキラと輝いていた。
右目の周辺から額まで覆うような眼帯をつけている。
服の左裾は空中をもがくように風に靡いている。
隻腕隻眼の女性。
「私はヘレン・ソル。貴様らの上官であり指揮官だ。この場では貴族もなにも関係ない。私の命令は絶対だ。口答えは許さない。わかったかゴミ共!!」
「「「「ハッ!!」」」」
ビシッと揃って敬礼をする彼等。
その姿を見てまた後を追うようにそれぞれ敬礼のポーズを取る。
「おい貴様らぁ・・・何だその腑抜けた返事はは・・?」
木剣を担ぎ自分の肩を軽く叩きながら新人達の前までゆっくり歩いていく。
わけがわからないまま緊張だけが張り詰める。
ガタガタと震える彼等の姿を1人ずつ1人ずつ品定めでもするかのように睨め付けていく。
そして突如1人の少年の腹にヘレンの木剣がめり込む
「げほぉぇっ?!」
ヘレンはそのまま振り抜き、その少年は腹を押さえながらその場で痛みに悶え丸まっている。
「ふんっ、軟弱ーーだなぁっ!!」
次の標的に選ばれたイランへと木剣が襲いかかる。
「っ!!」
が、先ほどの少年のように痛みに悶えることはなかった。
漏らした声も最小限。
この一連は洗礼の儀式の一つ。
自分の矮小さを教え込み、ヘレンに逆らえないようにする為の恐怖による洗礼だった。
だが元々厳しい鍛錬の日々を過ごしていたイランには他のメンバーほど効果があるとは言えなかった。
『木剣を受けた程度で蹲るな』
『真剣だともっと痛いぞ』
『敵はいちいち待ってはくれない』
『そんなに弱くてどうする』
そう教えられ容赦なく剣を振るわれたイランにとっては手加減されてるであろう一太刀程度なぞで根を上げる訳もなかった。
その事にほんの少しだけ驚いたような顔をするヘレン
「ふぅん・・・?お前ーーー
だがすぐにその表情はと邪悪な笑みへと形を変えた。
ーー生意気だなぁ、気に入った。」
そう言うと、くるりと踵を返し、元の位置まで戻る。
「全員ちゅうもぉおおおおく!」
その声に反応し全ての視線がヘレンへ向けられる。
「前々から言っていたとおり、このガキ共は今日から入隊した新人共だ。せいぜい歓迎してやるといい。名前は後ほど各々で聞いておけ。まぁどうせ短い付き合いだ。さほど意味はないかもしれんがな。
では、いつものように準備運動のランニングから始める。ガキ共は先輩に倣い、その後を金魚のフンのように着いていけ。遅れることは許さん。因みに、強化魔術は使用禁止だ。わかったな!!」
「「「「ハッ!」」」」
ちらっといまだに蹲っている少年へ目線をやるヘレン。
「おいガキ、いつまでそこで無能を晒しているつもりだ。さっさと立て、殺すぞ」
その声に反応しはいぃ!!と腹を痛めながら何とか立ち上がる。
内心来るんじゃなかったもう帰りたいと、後悔で一杯になり、すでに心が折れかけている。
だが洗礼の効果はすでに大きく、たった20分程でヘレンへの恐怖が根付き、逆らったら恐ろしいめに合うと印象つけられた。
故にさヘレンの言葉に逆らえる訳がなかった
だがここタロンの洗礼はまだまだ始まったばかりである。