プロローグ いざ聖法国へ
彼らは聖法国へ向かうため、馬車に乗っていた。
「………」
「………」
「ねぇ〜もうちょっと仲良くしたら〜?」
『ね〜おねえーさんもなんか言ってよ〜』とクレアに話をふるが、彼女はイラン絶対主義なので、イランと同じようにダレクに鋭い視線を送っている。
(こんな調子で大丈夫かな〜?)
そう思わずにはいられない。
意外にもこの中で今1番まともなのはシータだった。
用意された馬車は二つ、一台につき最大4人乗りだ。
イランの馬車には、ダレクとシータ、イランとクレアが乗っている。
イランとダレクは険悪な雰囲気を漂わせている。ファーストコンタクトがアレだったのだ、無理もない。
因みに、もう一つの馬車にはネプト、ヘレン……そしてエフィが乗っている。
なぜエフィがいるのか、それはイランの母が関係している。
クロナ・オルギアスは聖法国出身だ。そして今回、彼らはクロナの両親、イランの祖父母の邸を拠点に活動させてもらえることとなった。
エフィは元々クロナのお付きだった為、クロナの実家へ近況報告と挨拶も含め、今回はイランたちと随行することになったわけだが……
「……獣のような振る舞いをしていた貴女が、今では国立魔術学園の教師ですか。随分と人間のモノマネが上手くなったようですね」
「あれから数年経ったにも関わらず、まだ私への妬みで噛みついてくるか……昔からずっと変わらんな。良い加減、成長したらどうだ?ゼイブルの金魚のフン」
『私が慕っていたのはクロナだ』そう言いエフィが体から電流を立ち上らせる。
今にも爆発……もとい電撃と電撃が弾けそうな一触即発の空気にネプトは体をガタガタと震わせている。
(ひ、ひ、ひぇぇえ、助けてくれよ主様ぁ〜メンバーどう考えてもおかしいだろぉぉおお)
こちらもこちらで険悪な空気を張り詰めさせていた。
その間に挟まるネプトは馬車で揺られている間、ひたすら怯えていたという。
**
数時間後、無事聖法国ノーヴァテオラへ到着する。
馬車が止まった瞬間すごい勢いで飛び出したネプト。『帰りは絶対違うメンバーが良い!』とイランに懇願していた。
検問を受ける際、クロナとダレク、黒髪の2人にはローブを着せフードを深く被らせた。
黒髪は入国できないというわけではないが、聖法国の『黒』への忌避感と差別意識は強すぎる。わざわざ見せ物にする必要もないし、余計なリスクを増やす必要もない。それ故の対処だった。
「エフィ、おばあ様の屋敷まで案内してくれ」
「かしこまりました」
「イラン、俺はその辺で寝泊まりする、シータを頼む」
自分が黒髪であることを気にしているのだろう。ダレクの中に染み込んだ聖法国での黒髪の…それも闇属性の扱いの酷さは彼の身体と記憶に深く刻まれている。
だがそんな彼を諭すようにエフィが返す。
「大丈夫ですよ、今から向かう場所には、髪の色や魔術の属性で差別する者はおりませんよ。こんな私でさえ雇ってくれた方なんですから」
昔を懐かしむように、優しく微笑むエフィを見て『なら、お言葉に甘えてお邪魔させてもらう』とぶっきらぼうに答える。
「……頼むからその優しさを少しでも良いからヘレンさんにも向けてくれ」
「…?坊ちゃん、何か言いましたか?」
「いや、何でもない。行こう」
**
「あらあらあらあら、こんなに大きくなっちゃってぇ〜」
「おばあ様、客人の前です。おやめください」
『何言ってるの〜昔はあんなに甘えてたじゃない』そう言いながらイランを抱きしめ続ける老婦。
彼女は『シトリー・センラント』イランの母方の祖母だ。祖父はもう他界してしまっている。
彼女はとても気さくな性格をしており、それは身内に対してだけではなく、初対面の客人相手でも発揮される。
「はーい、皆さんいらっしゃーい」
そう言いながら順番にハグしていく。
「あらー、クレアちゃんも大きくなって〜」
「あ、あ、あのお久しぶりで……あっ、」
クレアは幼い頃に母を亡くしており、父は見たことがない。天涯孤独の身。
今でこそイランのことを家族の1人として認識している部分はあるが…このように自分を甘やかしてくれる相手は実に久しぶりだ、つい挙動不審な態度になってしまう。
それでもその暖かさに心が満たされてゆく。
「貴女は初めましてね〜イランがお世話になってるわ〜」
「いやいや〜そんなそんな、楽しくお世話させてもらってます〜」
ネプトも基本、物腰が柔らかい。似た者同士、初対面にも関わらずしっかりとハグをする。
『あなたは素直ないい子ね〜モテるでしょ〜』という言葉に『お孫さんほどじゃないですー』といつものおちゃらけた態度で返す。
2人の相性は良いようだ。
「あらあら、あなたとっても逞しそうね〜」
「あ、いや、私は大丈––––
『まぁまぁ』そう言いながら強引にヘレンへと抱きつく。
(さすがあのクロナの母親だ)
ヘレンはそう思わざるを得なかった。
「あら〜綺麗なお嬢さんね〜」
「はーい!綺麗なお嬢さんでーす!わ、はふぅ〜…お日様のいい匂いするぅ〜」
シータはとろけるように身体の力が抜けてしまう。
『あらあら』と言いながら転けないようにエフィに渡し、シータは身体を支えてもらう。
「あら〜あなたも黒髪なのね〜」
その言葉にダレクは身構える。だがそんな彼の心配を杞憂だと報せるように彼の体は優しい温もりに包まれる。
「エフィと一緒ね〜」
「あ……」
その慈愛に、彼は我慢ができず少しだけ、抱きしめ返す。
『大丈夫大丈夫』そう軽く呟きながら、優しく背を撫でられる。
この国で生まれたはずの彼が、初めてこの国で触れた優しさだった。
「……エフィ、よく帰ってきたわ」
「あまり顔を出せず、すみません」
『本当よ?親不孝な子なんだから』と言いながら例に漏れず抱きしめる。
もちろん、エフィとシトリーに血縁関係はない。だが、クロナがエフィを連れてきた時から、シトリーは2人を姉妹のように扱い育ててきた。
今でこそエフィは使用人として振る舞っているが、シトリーはエフィのことを本当の娘だと思って接してきた。
皆それぞれ心が温まり、ふわふわと気分が安らいでいた。
シトリーの手腕により、ものの見事に皆全てリラックスの状態へ持って行かれた。
恐るべき母性と言えるだろう。
彼らはこの日、シトリーのもてなしに心をほぐされたまま一日を終えた。
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