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引きこもってる場合じゃない③

「すまない、忙しいところ、わざわざ集まってもらって。」


エフィに使用人を集めるよう指示を出したイラン。

自分の口から伝えたいことがあり、集められたものだった。


すまない、忙しいところ、わざわざ、

自分達のことを慮るような言葉。

今までのイランを見て来た使用人達にとっては違和感でしかなかった。


だがそんな程度では今までの行いは払拭されない。

心根に絡みついたイランに対する負の感情は根付いたままだ。


警戒が薄れず猜疑の目を向けられ、緊張したままのイランは続ける。


「今日はおま…いや、貴方達に伝えたい事があり、集まってもらった。どうか聞いて欲しい。」


すぅーっ、と深呼吸。

覚悟を決める。



「貴方達にはこれまで本当に悪いことをして来たと思う、今まで本当にーー


両膝をつくイラン。


「ッ?!」

何をしようとしてるのか気づき、


「坊ちゃんそれはダメです!それだけは!」

止めに入るエフィ

だがもう遅かった。




「申し訳ございませんでした。」




イランは両手と額を地面に付かせながら深い謝罪の姿勢をとっていた。

今までイランが使用人達に幾度となく遊び半分でとらせてきた姿勢。

それを今度は自分が使用人に向けて行った。

だが使用人が主人にするのとは訳が違う。


「ダメです坊ちゃん!公爵家の人間が使用人に頭を下げるなどあってはなりません!早く頭を上げなさい!」

怒鳴りつけるように指摘するエフィを無視してそのままイランは続ける。


「こんな……こんな程度で許されるなどと思っていない。もう今までみたいなことはしない。それも当然だ。だが俺には、情けない事に金銭での解決方法しか知らない。それ以外にもし何かあるなら、言って欲しい。辞めたいなら、辞めてくれてもいい。次の働き口の紹介もする。

俺にできる事なら何でもする。今すぐとは言わない……から、いつか許してもらえるように、努力する。だから…自分勝手だけど、この謝罪だけは、受け取ってほしい」


その姿を受け、皆一様に動揺が走る。

何が起こってるのか理解がなかなか進まない。

ざわめく声が広がっていく。

そんな中、一歩、踏み出したものがいた。


「坊ちゃん、顔をあげてください」


その言葉を聞いて、少し経ってたからゆっくりと顔を上げるイラン

そこには男性使用人、レオンが前に立っていた。

「あんたが言ったように正直俺は許せねぇ……許せやしねぇよ。……多分みんなもそうだ。」


レオンが出した一歩に乗じて声が上がる

そうだそうだ!許せる訳ねえ!

自分が今まで何をして来たか考えろ!

様々な声が上がる。


クレアを筆頭にイランに恩があるもの達は何も言えなかった。

だがそれ以外の者はそう簡単に謝罪を受け入れられなかった。


この屋敷に配属されてからの日々を思い出す。イランから侮辱を受ける日々。


「だが俺は頭を下げてるガキ相手に罵倒を浴びせ、拳を振るうほどクズじゃない」

お前と違ってな。と付け加える。

「だから………エフィさん、あんただ。」

その言葉にざわつき止まる。

「あんたが許すのなら、俺もコイツを許す。数えきれないほどあんには助けられた。あんたが一番苦労したはずだ、だからあんたが許すのなら俺も溜飲を下げる。」


名指しを受けエフィはレオン、そして他の使用人達に目を配っていく。

その視線に対し、皆それぞれ頷きで返していく。

最後にイランに視線を向ける。



イランとの思い出が蘇る。



イランが生まれた日、体の弱かった母親は負荷に耐えれず帰らぬ人となった。



悲しんでばかりはいられなかった。

子供の世話というのは存外激しいもので、

よく泣き、よく動き、何でも口にしようとする。振り回される日々。


泣けばあの子をあやしてあげた。

オムツを変え、ミルクをあげた。



ーーエフィ、もし私がダメだった時、お腹の子、貴方にお願いしたいの、きっと私に似てわんぱくだから迷惑かけちゃうだろうけど、お願いね。ーー



最後の言葉を胸に世話をし続けた。

他の使用人の手は借りなかった。

借りたくなかった。

自分への最後のお願いを、守りたかった。


初めて立って歩いた時は使用人達とまるでお祭りかのように騒いだ。


初めての言葉に、卑しくも自分の名前を呼ばせようともした。


そんな慌ただしくも幸せな日々が続いた。


その間ゼイブルは忙しく、顔を出さなかった。

妻の死から現実逃避する為に業務をこなしているようにも見えた。



まだ5歳だと言うのに稽古が始まった。

終わった後はいつも顔を腫らし、手も血豆だらけ、打撲による発熱もあった。

それなのに涙ひとつ見せず、ただただ悔しそうな顔をしていた。誰にも縋らず、とてつもなく強い子だった。


怪我の手当をしているとそのままよく眠っていた。

幼い頃から甘えることを自分で戒め、努力をする子。

その姿を見ているとつい愛おしくなり、眠ってる間はよく頭を撫でていた。


愛おしかった、まるで我が子のように。


だがどこで曲ってしまったのか、日に日に使用人への態度が悪くなり気が付けば手がつけられなくなっていた。


その態度を叱れば余計に悪い知恵をつけ、言葉を返して来た。

自分に隠れて更に立場の弱い使用人が狙われた。


どうしてこうなったのか。

母親のいない影響なのか。

厳しい鍛錬のせいなのか。

自分が不甲斐なかったのか。

託されたのに、

最後の願いすら守れないかのか。

酷く自分を責めた。

ずっと諦めずにイランに言葉を投げ続けた。



そして今は使用人達に許してもらえるように力を尽くすと頭を下げている。

その姿を見てエフィは


「私は……」

目を瞑り、逡巡する。

みんなのこと、イランのこと、そして、亡きイランの母クロナのこと。


深呼吸。



「私は坊ちゃんを許します。」



いくら考えても、エフィは許す以外の選択肢は見つけられさうになかった。

甘いと言われるだろうか。


「皆、これで良いですか?」


だがこれがエフィの答えだ。

それぞれ思うところはあるだろう。

だが長年、イランのこととなると一番に前に立ち、一番の苦労を自ら被った。

故に彼女の言なら納得できる。

それほど彼女には感謝をしていた。


エフィからの問いに一様に頷きで返す。


それに安心しイランへと目を向ける。


「だから坊ちゃんも早く立ちなさい。いつまで

もそんなみっともない姿を晒すのはやめなさい。」

ひれ伏したままのイランに声がかかる。


「貴方は……私たちの主人なのですから」


その微笑みは、昔クロナに見せていたものと同じだった。


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