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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
人を試み人を誑す。人を練り人を還す
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耐えられない程の試練はない③


アナティマの隙をついた背後からの一撃。

その黒い左腕は悪魔の体を貫いていた。


「うふぅ、そ、そこにいたのですね……愛しの……あ、な……た……」

アナティマは優しそうに微笑む。悪魔という存在がするにしては不気味すぎる表情だ。

だが、その言葉を最後に、その悪魔は霧散して消えていった。



「…はぁ、…はぁ、」

(身体が怠い、瘴気を吸い込みすぎた)


イランの体は限界を迎えていた。

エドラの魔力と瘴気。

悪魔という存在は瘴気の塊とも言える。故にそれらと相対するということは常に身体異常を伴いながらの戦闘となる。


「……だが、これで……」

瞼が重く微睡む。身体の力が抜け、立っている状態を維持できない。



「少し、眠い……な」

意識を保てなくなり、彼の身体は地面に吸い込まれるように倒れていった。





**





「あ、お、起きた?」

目を開けるとそこには彼の望んだ光景があった。

風に靡く艶やかな黒い髪。片方だけ耳にかけた髪の束が揺蕩う。

吸い込まれそうな深い黒の瞳が、こちらを見つめ返す。

頭の下には柔らかい感触と暖かい体温。

風に揺られる長い黒髪が頬を擦り、くすぐったくさせた。




「あ、勝手にごめんね?く、首、痛くない?」

「ルノ……」

「う、うん。ルノだよ」

「目を…覚ましたのか?」

「…………」

「なぜ、ここに…?」

「ミャルルガウルさんが…教えてくれたの。『もう一度行かないと』って呟きながら姿を消したって……来るならここかなって……私のために、無茶させちゃったね」

「この程度、たいしたことない」



『ふふ、いーくんっていっつも強がるよね』

そう言いながら彼女はあどけなく笑う。


「初めて会った時も、絶対大丈夫じゃないのに『平気です』なんて言ってすぐに鍛錬に戻ろうとしてたし」

「昔の話はやめてくれ、恥ずかしい」

そう言いながら彼は拗ねたように彼女から顔を背ける。


「そのくせ負けず嫌い。盤上遊戯ボードゲームで遊んだ時も、一回負けたら勝つまで同じゲームをしてたよね」

「……みっともない姿を見せた。人と遊ぶのは初めてで…あの時はつい夢中に…」

「いつもと違って、すっごく子供っぽくてびっくりしちゃった」

イランの照れた顔を見ながら『可愛かったなぁ〜』と昔を懐かしむ。



彼女の口からポツポツと思い出が溢れてくる。

それらを語る彼女の表情はとても優しく、とても愛おしそうだった。

イランにとってもその時間は、恥ずかしくも幸せと呼べるものだった。



「頑固で、ちょっと強引で…自分が納得するまで止まらない……だからいつも無茶ばっかり」


彼のキズだらけの肌をなぞりながらつぶやく。

『ごめんね、私のために』そう言いながら彼女の瞳から雫が落ちる。

それはイランの目元に落ち、傷口についた血を混じらせ、一筋の赤い線を描いて流れてゆく。



彼女の白い頬を手で包みながら、流れた涙の跡を辿るように親指を沿わせてゆく。


「俺は君のためならなんだってする。君を救うためなら、なんだって……。俺は君を失わない。何があっても必ず取り戻す」


これは決意だ。必ずやり遂げる為の誓いだ。

それを違うことは決して許されないと、彼の心に戒められた楔だ。


「ダメだよ…あんまり無理しちゃ…他の人も心配するよ?」

「誰に何を言われようとも君を手放す気はない。俺の中から君がいなくなるのは耐えられない」


「いーくん…」

彼女の顔が近くなる。視界に収まりきらないほどに。


唇に柔らかい感触。

あの日、あの時のものとは違う、慈愛に満ちた、くすぐったくなるほどの優しいキスだった。


イランの視界が歪んでゆく。



「大好きだよ……愛してる。だから…()()()()()。もう大丈夫…私はもう大丈夫だから…」



それは…涙のせいなどではなく、



「……ッ、ルノ!」



瘴気により()こされたモノ(混濁)だった。





**





「あ、起きましたか?」

目を開けるとそこには彼の憎むべき悪魔の顔があった。

甘ったるい薄桃色の髪が風に靡かれ、魔を象徴する角へと絡みつく。

人とは違う異形の瞳がこちらを呑みこむように覗いている。

悪魔の掌が顔を掴み、自分の体ごと宙に浮かせている。

吹き荒れる風が傷口をより一層敏感にさせるが、今の彼にはその感覚は脳まで到達していない。



「どうでしたか?いい夢は見られましたか?アイからのちょっとした祝福(プレゼント)なのです」

『気に入ってくれましたか?』そう微笑む彼女の表情は邪悪そのものだった。



「はっ、実にいい出来だった。褒美に塵も芥も残さず、完全に消し去ってやろう」


「うふ、その不撓不屈の気高い精神。やはり貴方様はアイの運命の人……」

陶酔した表情のまま彼女はイランを乱暴に放り投げ、ゆっくり近づいてゆく。



「さぁ!」

「……ぐぅっ、」

彼女の蹴りがイランの腹に減り込む。

イランの脳はこの悪魔に支配されつつある。通常のダメージよりも強い痛みが脳に直接 再現される。


「さぁさぁさぁさぁ!」

イランに暴力の雨が降りそそぐ。その度に強烈な痛みが襲いかかる。体を支配され、抵抗することすら縛られる。

蹴られた勢いのまま地面を転がり土と泥に塗れる。


「ここからどうやって乗り越えるのですか?!このアイをどう踏破してくださるのですか?!」


その悪魔の瞳がこれでもか近づく。以上の瞳に魅入られる。



「見せて見せて見せて見せてぇ!魅せてくださ……おや?」


エドラの魔力を吸った木々たちがイランの意思を汲み取りその悪魔の自由を奪っていた。

だが、先ほどと同じように彼女はそんなもの意に返さない。


「またこれなのですか?確かにこれはアイの権能を封じることができるのですが……それはアイ自身を捉えられればの話……アイはこう見えてシャイなのです。本当のアイはまだ貴方様の前に姿を晒していないのですよ?」



「……お前は先ほど、俺に触れていたな。その手と足で俺に触れた。俺がそう感じたのだから、そうなんだよ」

「……?どういう意味––––っ?!」


その悪魔に違和感が生じる。

幻影の類として映し出したその身体を感じる。



「な、なぜ?!どうして?!こ、こんなこと…ッ?!」

不備エラーが生じたと言わんばかりにアナティマはその現象に焦りを見せる。


「貴様が言ったんだ」



その幻影で形作られたその姿に、血と肉を感じる。本来、悪魔には有るはずのない脈動すら感じる。

内臓が動く感覚に気持ち悪さを覚え始める。



()()()()()()()()()()()()のだと」

「ま、まさかッ?!」



アナティマのその虚構でできたその身体は、現実を帯び、()()()()()()



「あ、アイをアイのことを信じてくれたのですねッ?!アイがここにいると、強く強く信仰してくださった!?」



イランにとって、痛みとは何よりも生の実感を得ることのできる感覚だ。その相手も同様だ。

それらを強く感じることでアナティマの存在を強制的に確定させた。



アナティマはイランへ幾度となく《試練と祝福(権能)》を行使してきた。

『相性が良い』故にイランからの影響も多大なものとなっていた。

そのことはアナティマ自身もわかっていた。故に何度も何度も見せつけるように虚構の姿を晒し、『実態の無い存在』という想像(イメージ)を植え付けていた。それを……


「それを……そのイメージを…!まさか、まさかまさかぁっ!痛みによって書き換えるなんて!なんて!なんっってっ!あぁ、あぁ、あぁあぁぁあッッ。……なんて美しいのでしょう」

その頬からは涙が流れていた。黒く濁った混沌の涙。



『ですが……』彼女はその瞳を暗闇の中で爛々と輝かせながら続ける。


「お忘れですか?貴方の体はもうアイの支配下にあるのです」

イランの身体が掌握され、行動を制限される。


「あなたの身体はもう動か––––

「なぜ、お前の瘴気が俺の体を支配できている」


だが彼は彼女を遮り自らの言葉を話す。

その表情には余裕が見てとれる。まるで先ほどまでのアナティマのように。


「あの化け物の魔力は悪魔の瘴気を退ける。なぜその魔力を受け入れているはずの俺の体を、瘴気で操れる」


アナティマその質問に答えられない。


「お前のその支配のやり方は、脳に作用するものだということはわかっている。だからお前は気づけない」


「……アイに貴方様のことで、まだ知らないことがあると?」


「俺は普段から左腕自体は動かしていない。左腕に纏った《黒鉄クロガネ》を操作して動かしている。それはもはや無意識下でも可能となった。その動かし方に、俺自身ですら違和感は無い。直接体を操作していないのなら、それに気付けるはずがない。お前はその異変に気づかない。」



左腕を模った黒鉄が徐々に剥がれてゆく。


「今お前は身体の支配しか行っていない。そして、虚構の幻影故に、背を刺されたあの時もお前は気付かなかった。」


その中身は……


「エドラ・ルヴ・アーフィリアの左腕がここに無いことに」



……空洞だった。



何が起こっているのか、何をしようとしているのかやっと理解できたアナティマ。だがもう遅かった。


「ゴフッ」

彼女の背に、黒の金属が突き刺さる。

それはすぐに魔素へ還元され空気へ溶けてゆく……



内包していたエンシェントエルフの左腕だけを残して。



「うふ、うふふ。あれだけしつこく血を振り撒き、エドラの魔力を木々に宿したのも…!エドらの魔力を体に循環させ続けていたのもッ!全部全部このための布石!……隠していたのは貴方様ではなくこの左腕だった!」


アナティマを貫いたままのその腕には、封印魔術(セジョルナ)の術式が施されていた。

あの化け物から唯一教えられた対悪魔の封印魔術。

薄緑の光を発しながら術式達が次々と紋様として浮かび上がる。

それはその悪魔の肌を這いずるように体を光で埋め尽くしてゆく。



「うふ、うふふふ。あぁ、貴方様の糧になれるこの喜び。これが、これこそが祝福……」



悪魔を包む神聖な光。それが強くなってゆく中、彼は最後の問いを投げる。


「最後に答えろ。『ルノは戻らない』あれは本当か?」


その光は徐々に悪魔を焼き、その左腕の中へ存在ごとと押し込めてゆく。


「……うふ。わかっているくせに…わかっていながら、立ち向かったくせに。だからこそ、アイはそんな貴方様が––––




その続きを言い残すことなく、その悪魔は封印された。


拝読ありがとうございます。


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